妹、異世界にて最強

海鷂魚

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八話

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「——ちゃん」
 灯の声が聞こえる。
「——兄ちゃん!」
「うお、なんだ、灯」
「もう夕飯時だよ、いつまで寝てんの」
 僕はいつの間にかソファで眠ってしまっていたみたいだ。何か夢を見ていた気がするけれど、思い出そうとしたら忘れた。忘れる程度の夢なんて、大した夢ではない。このまま忘れてしまってもいいのだ。
 時計を見ると午後六時半。宿で解散したのが三時半くらいだったか。結構寝たな。よほど疲れていたんだろう。
 もう自暴自棄の気もなくなっていた。
 ある程度諦めたと言うか。
 よく言えば覚悟が決まったとも言える。
 仲間が集まりそうなのだ。
 希望が見えれば、死にたくもなくなる。人間、単純にできている。
「そういえば、テレパシーとかは?」
「いや、なかった。もしかしてギルド名とかダメだったかな」
 ギルド名もそうだが、説明文だったりも、もう少し他の募集を見て学べばよかった。
 あの汚い字からなにを学ぶのかといえば疑問に思いそうだが、例えば流行りの誘い文句だったり。
 流行りは大切である。なににしても。
 カリスマ性を秘めているから流行るのであって、それに乗っかることで自分にもカリスマ性を宿すのである。
 それを少し見ておけばよかった。
 あとは灯の字体。
 丸い、いかにも女子中高生が書きそうな字で書かれていても、男社会の中生きている冒険者にはちっとも響かないだろう。
 なぜ男社会だと思うのかといえば、集会所にいる人間は、受付の女性以外皆男だった。
 ていうか、男女比で見ても筋力の劣る女性が冒険とか、厳しすぎだろう。
 オリンピックに出れば必ずメダルを取るレスリング選手とかでなければ、歩いてるだけでもへばってしまうのではないだろうか。
 それは僕か。
 まあともかく、あれでは人も集まらないということがわかった。
「ギルドは一つにしか所属できません。なので、ギルドをいくつも携えて何枚も募集をかけるということはできません。募集の用紙も一枚限りとさせていただいております」
 と、受付の女性もそう言っていた。
 くそう。もう少し募集に関しては考えとけばよかった。ちょっと浮かれていた。
 集会所だからといって、必ずしも人が集まるわけないよなぁ……。
「ダメでも仕方ない。もう少し待つしかないよ。用紙は一枚だけだし——あ」
「なに? なんか思いついた? 兄ちゃん」
「なんか思いついたよ。ギルドそのものを放棄して、また作り直すんだ。一つのギルドに紙一枚なら、そうしたことでまた用紙をもらえる。次はもう少し作り込んだ募集をして、人を待つ。そうすればきっと——」
「だめー。バイオレットは気に入ってるの。初めてのギルドを無駄になんかしたくない」
「……じゃあ人が来るまで待つか?」
「それしかないね……。でも待つよ。そうすれば必ず誰か来てくれるはず。その人こそ運命の人だよ。大事な仲間になるはずだよ」
 灯の言うことは占いとさほども変わらないが、しかし灯はギルド長。命令には従うべきだし、兄としての助言はもうしたので——した結果却下されたので、なにも言うまい。
 待つしかないか。
 なんかそれはそれで、旅が延期されたような気がして、安心感がある。
 所詮は逃げの考えだが。
 魔物も、魔王も殺さずに済む。
 それは魔物や魔王を思っての思考ではなく、僕が何かを殺さなくて済むと言う、罪悪感を逃れての考えだ。
 この世界では、魔物も魔王も、殺しても罪にはならないが。
 しかしそれはシュバルハの主観であって、アルハ側からしたら大きな迷惑である。巨大な迷惑。
 僕は、気持ち的にはどちら側の味方でもないので、そうするとどちら側の気持ちにもなれてしまうのだ。
 シュバルハの人は魔物に殺されたら可哀想だな。魔物も人に殺されたら可哀想だな——魔物に至っては、文字通り魔の物なので、見た目的に同情できるかはわからない。魔物を見て、その見た目の醜さによっては、完全にシュバルハ側の人間として僕は戦争できる。
 まだ魔物自体見たことないので、今は魔物側の気持ちにもなれると言うだけの話だ。
 自分勝手な理屈だが。
 それが戦争だと思う。
 僕の世界でも肌の黒い人種は差別されていたし、不細工な顔の奴はいじめにあっていた。
 人は見た目で戦争できるし、人を殺せる。
 単純な生き物である。
「じゃあしばらくこの宿に宿泊するか。高級宿っぽいし、長居してもストレスにはならないだろう」
「紋章様様だねー」
「勇者様様だよ。お前のおかげだ」
「そんなことないよ、紋章がなければ勇者じゃないでしょ」
 ひねくれた妹だ。
 ひねくれるように育てられたのだから当たり前か。
 両親もわざと灯がひねくれるように育てられるとは思わないが。
 そこまでの技量があったら兄妹を差別しない。
 贔屓されていい思いしていた僕からいえば、説得力がないかもしれないが、元の世界にいた僕も僕で、勉学に必死だったのだ。
 妹に構ってられなかった。
 僕がもう少し勉強をサボって、両親に呆れられて諦められたら、贔屓も差別もなかった。
 なんて今言っても仕方ない。
 とにかくこの世界で僕は、このひねくれた妹を愛してやらねばならないのだ。
 異世界に連れてこられた時は殺してやろうかと思うほど憎みそうだったが。
 憎まれて当然なのは僕なのだ。
 今度は、憎み合いをなしにして、愛してやらねばならないだろう。
「愛してるよ、灯」
「え、なに気持ち悪っ」
 当然の反応である。普通恋人にしか言わないよな。しかし、
「でもありがとう」
 なんて灯は言う。それだけで僕は、灯に愛してるといえてよかった。そう思うのだった。
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