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第113話

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 アサヒが満面の笑みを作り俺の前に立った。
 この時のアサヒは怒っている。
 自分の酷い顔を覆い隠すための笑顔だ。
 俺には不気味な顔にしか見えないし、その事は他の者も気づいているだろう。

 しかもヒメが出て行ったことを確認してから俺の前に立った。
 自分をよく見せたいけど、俺に何か言わずにはいられないってところだろう。

「ハヤト、君は無能の癖に調子に乗っていないかい?美女を隣にはべらせているけど、ここは学びの場だよ!」

 ヒメを犯そうとしたアサヒがおかしなことを言っている。
 俺は心を無にしてすべての言葉を受け流した。
 だが、シスターちゃんが怒り出す。

「アサヒの言っている事はおかしいのです!今から訓練場に行って私と勝負するです!ぶっ潰してやるです!!」
「い、今はそういう話じゃないんだ!」

 シスターちゃんはレベルが高い。
 アサヒと闘えば勝てるだろう。
 アサヒは自分より弱い者としか相手をしたがらない。
 露骨に焦りだしたか。

 俺はシスターちゃんの口を塞いだ。
 シスターちゃんはおとなしくなるが、その事でアサヒはさらに怒り出す。
 俺が女性に触れるのが許せないのだろう。
 エリスにも黙っているよう目で合図する。

 アサヒは俺を責め続け、俺はアサヒの言葉を受け流した。



 ◇



 アサヒがうっぷんを晴らし帰っていくと俺達は食堂に向かった。

「どうして言い返さないですか!!ハヤトは女神に守られているです!」
「俺が挑発してアサヒに殴らせてもアサヒは俺を守る結界で手を痛める位にしかならない。それより、アサヒの言う事を受け流しながら考えていた」

「何を考えていたんだい?」
「アサヒ対策の会議を開きたいんだ」

 俺はレベルが低い。
 でも、出来ることはあると思う。
 矢面に立ってでもアサヒのような者は対策しておきたい。
 アサヒだけではない。
 スティンガーの息子、ドリルもいる。

 アサヒのように厄介で癖の強い人間は1人じゃないのだ。

「そう、だね。話し合いは必要だと思うよ」
「ファルナに相談してみる」



 こうして会議が開かれた。
 忙しいはずのファルナだが、政務を中断して会議を招集し、転生組のクラスメートとヒメ、エリス、シスターちゃんも参加する事になった。
 カムイとそのヒロイン2人は魔物狩りの為不在だが、こんなに早く段取りを済ませるファルナの行動はこの世界の人間より、IT企業の敏腕経営者をイメージさせる。

 俺達が元居た世界はある意味異常だと思う。
 世界の歴史の中で最も時代の変化が激しく、親のアドバイスが古くなり時代にマッチしなくなるほど世の中の動きが早い。
 インターネットにより高速で情報が行き来し、5年や10年スパンで時代が変化する。
 例えばスマホが急速に普及し、多くの者がインターネットにアクセスできるようになり、その環境の変化がトリガーになって人の意識さえも変容させていく。

 その時代に暮らす俺としては当たり前の事ではあるが、そういう情報をネットで知って元の世界が異常であるとようやく認識できた。
 元の世界は時代の流れが激しすぎる。
 異常なのだ。

 俺達は変化の激しい特殊な時代に住んでいたからこそ、この世界に召喚されたのかもしれない。
 カムイも元の世界は情報科学が発達した珍しい世界みたいに言っていたと思う。
 この世界にいる多くの者はファルナのように素早く行動に移せないし、停滞が続いているらしい。

「アサヒ対策会議を始めますわ」

「ファルナ、アサヒを暗殺できないか?今ならあいつは弱い。亡き者にして、魔物に殺された事にすれば平和になる」

「ダメですわ。女神の啓示でそのような事は禁止されていますわ。それに1人殺せば10人殺すようになり、その次は100人、1000人とエスカレートしますわ。それではアルナと変わりませんのよ」

 もしファルナが名君だとしても、次の代で大量虐殺をする王が現れるかもしれない、か。
 エスカレートして王が暴君になれば国が衰退して人類は滅びるかもしれない。

「アサヒはいる意味が無いのです!」

 シスターちゃんが怒った。

「殺すのはダメですわ」

 殺すのは駄目か。
 考えてみよう。
 それ以外の方法を。
 アサヒは日本では人を殺していない、と思う。
 日本で人を殺せば一生まともな人生を歩めない。

 アサヒが日本で人を殺さないのは、監視カメラと警察組織が発達し、法整備も進んでいるからだ。
 でも、本来アサヒは人を殺すような人間だ。

 殺せないならどうやって縛るかという選択肢に絞られてくる。
 監禁もファルナが許さないだろう。
 残念ながら今人材不足で治安維持の人員すら不足している。

 アサヒの行動を考えると、プライドが高い。
 日本にいた時はスポーツでも、授業の成績でも常にマウントを取っていた。
 
「学園でドロップ品の納品数をランキング形式で壁に貼りだしたい。筆記試験のランキングも壁に貼りだしたいんだ」

「ランキングですの?ですがそれでは成績下位の者がいじめられ、自信を無くしますわ」
「全部啓示する必要は無いだろ?成績上位トップ10とかそういうのでいいんじゃないか?」

「目に見える形の優劣に目を移させるという認識でいいですわね?」
「そうなる」

 本来人間の価値は『戦闘力』『試験の成績』だけではかれるものではない。
 それは1つの基準に過ぎない。
 ファルナはその事を分かっている。

 でも、アサヒはそこに目を奪われ、上にのし上がろうとするだろう。
 そしてアサヒの成績が悪かった場合『トップ10に入っていない者は今回参加できない』と言って一蹴することも出来る。

 アサヒが強くなってしまう可能性はある。
 デメリットはあるが良い効果もあるはずだ。

 アサヒをランキングに目を向けさせ悪さをする暇を無くさせる。
 アサヒは無理やり行動を強要させれば反発する。
 アサヒが自分からランキング上位を狙うよう誘導し、自分が行動を決めたと思わせれば勝手に動いて魔物を狩ってくれるだろう。 

「何かあったら俺が言ったことにしていいから案を出してくれ」

 俺の発言で皆から意見が出てくる。
 なんせ日本には手間をかけず人を押さえつける仕組みがすでにある。

 それをこの国に合わせて実現できる形に変えて提案すればいいのだ。

 すぐに方針は決まった。

・ランキング制度の導入
・停学3回で学園の退学
・成績アップクエストの導入

 簡単に言うとアサヒにはランキングに目を向けてもらい、暇があれば報酬の低い成績アップクエストを受けてもらう。
 そしてこれから3回停学を食らえば退学になるようにし、手足を縛るのだ。

 ただ、アサヒはこれから3回停学にならないと学園から排除できない。
 前回の停学はカウントされないのだ。

 法の基本ではあるが、例えば俺がダンジョンに行き、帰ってきたら『ダンジョンに行ったものは死刑だ。そういう法になったのだ』と言って殺せるなら権力者の都合の良いように人を殺せるようになってしまう。

 これを許せば権力者は後出しじゃんけんで人を殺せる。
 法が変わる前に行った事はノーカウント、これが法の常識だ。





 変化が早すぎる異常な世界から俺達は召喚された件。
 アサヒを殺してはいけないと言った女神の啓示。
 色々考えると、女神は癖の強い人間がいても狂わない国を作りたかったのかもしれない。
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