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第36話 市長の悪行

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【A市市長・小池太一視点】

 ワシは人口が減少し続けている市を訪問した。
 ギルドの前で冒険者に訴えかけた。
 目的は落ち目の市から冒険者を奪い取る事だ。

「皆さま!この市は人口が減り消滅する危険があります!A市では冒険者を受け入れております!Eランク以上であれば出来る限り冒険者を受け入れます!」

 ワシは満面の笑みを浮かべて力説した。

「移民して頂ける方には、A市へのバス移動、一か月分のホテル宿泊券、更には移民の手続きサポートすべてを無料で用意させていただいております!今は日本の危機!人々は集まり、結束して共に生きていく時なのです!」

 冒険者が集まって来る。

「無料?後で負担させたりはしないのか?」

「後で負担を強要する事はありません!A市へのバス移動、一か月分のホテル宿泊券、移民の手続きサポートすべてが無料です!ここにいては危険です!冒険者が減り、被害が出れば少ない人員で無理をしてこの市を守っているあなた方に!あなた方に!批判が集まります!苦しい思いをしているのではありませんか!?」

 食いついてきた冒険者に話す振りをしつつ他の冒険者にも聞こえるようにメリットをアピールする。

「今は時代が変わりました!冒険者の住みやすい街、A市に引越して頂き、共に生きていこうではありませんか!A市ならここより多くの冒険者がおります!ここより良い環境でモンスターを倒す事が出来るのです!」

 今日は90人の冒険者を手に入れた。



 ホテルで酒を飲みながら取り巻きと話をする。

「見事な演説でした」
「ふ、アピールはワシの得意技だ」

「今回もA市に冒険者を引き入れられましたね」
「そうだ。ワシのA市はじわじわと人口が減り続けている。だがこうして定期的に落ち目の街から冒険者を奪い取る事でモンスターと闘う駒を手に入れる事が出来るのだ」

「熱心に冒険者を呼び込んでいますね。もし良ければ市長自ら前に出て行わなくても我らが代わりに動きますよ」

「うむ、話していなかったな。ワシが自ら冒険者を勧誘する意味を」
「理由が、あるのですか?」

「ある、こうしてワシ自らが冒険者を街に呼び込むことでワシが頑張って仕事をしている印象を与える事が出来る」
「市の行政を改善していく方法もあると思いますが?」

「分かっていないな、何かを変える事で必ず批判を受ける。市民の為になる行政を行ったとしても軋轢が生まれ、批判が起きる。ではどうするか?答えは行政をあまり変えずに、ワシが働いている事をアピールする、これが最も効果的なのだ」

 そう、異界発生前の日本、その政治を見れば答えは出ている。
 賢者は歴史から学ぶのだ!

 日本の未来を思い改革を進めた者の支持率は低かった。
 だが何もせず現状維持を続けた総理の支持率は何故か高かった。
 日本では行動した者が叩かれる!

 改革を進めるとすれば誰からも反対されない批判の来ない改革でなければいけない!

「ですが、それでは市民の為にならないのでは?」
「そうだ!ワシの政策に注目する頭のいい市民は街から離れている!だが問題は無い、政治に関心が無く、いい条件の市に移り住もうとしない都合のいい市民だけが残るのだ!」

「それではA市が茹でガエル状態になりますよね?」
「かまわん!市民には家畜のように何も考えずにいつもの日常を続けて貰えばワシが死ぬまでは安泰なのだ!国に意見を言う振りをして、政治を進めている雰囲気を醸し出し、国にボールを投げたまま何も進めない!これだけで仕事をしている雰囲気を醸し出せる!」

「さすが市長!勉強になります!」

「ぐふふ、政策を変えず、落ち目の街から冒険者を吸い上げ、仕事を頑張っている雰囲気を醸し出し続ける、これだけで後は何もしなくていいのだ!異界発生前の日本ではこの方法で多くの政治家が当選していた!要は選挙に強く、市が潰れなければ市民の生活などどうでも良いのだ!」
「市長、さすがです!これで私の懐も潤います!」

「もっと言っておくと、今日確保した冒険者のように自分では動かず、流れに身を任せる家畜のような者がワシの市民にふさわしい!そう言った者は簡単に引っ越しをしない!生活を変えるような面倒なことはせず、毎日モンスターを狩る生活を続けてくれるだろう!」

 自分で決断し、行動する者は落ち目になる前にこの街から引っ越しをしている。
 つまり、落ち目の街に残っている冒険者はいつもの生活を続けるナマケモノでワシの市民としては都合がいい。

「他の街では絶対にやらない落ち目の街から冒険者を奪い取りに行くその度胸、尊敬します!」
「がはははは、褒めるな褒めるな!照れるではないか!」

「更に文句を言って来たこの街には、その街の弱点を大声で言って撃退する!その話術も見習いたいです!」

 落ち目の街には必ず悪い部分がある。
 自分で自分の首を絞めているのだ。
 そこを事前に調べ上げ、何を言い返すか決めておくのだ。

「がはははは!そうだろう!ワシは家畜となってくれる市民を愛している!ワシに富を運び、選挙ではワシに票を入れるか無関心を貫いてくれる都合のいい家畜が愛おしい!がはははははははははは!」
「さすが市長!一生ついていきます!」



 A市市長・小池太一は腐っていた。
 そしてその取り巻きも腐っていた。

 人口減少により苦しくなった地域から大事な冒険者を吸い上げ、小池太一はA市に帰った。



 ◇



「なぜユキナを逃がした!それでもAランクか!」

 ワシが帰ると狙っていたユキナは異界に入り、そのまま姿を消した。
 ユキナは街に現れ、異界に入るとすぐに姿を消したらしい。

 Aランク冒険者は寡黙な雰囲気を持った男で、表情を変えずに言った。

「連絡を受けて異界に向かったがその時にはもういなかった」
「ユキナは中々日本に来ない!異界に入った時が攫うチャンスではないか!」

 異界に入り、奥に進んだ瞬間は人目が無く、誘拐するのに都合がよい。
 そして、行方不明になったとしてもモンスターに殺された事に出来る。

「取り逃がした事は事実だ。だが」
「Aランクなら出来るはずだ!何をしていた!」
「連絡を受けて異界に向かった時には姿が無かった。向こうには足の速い奴か気配を消せる者がいる。そう考えておくべきだ」

「今から亜人の村に向かって攫ってこい!」
「正確な場所が分からない。あのダンジョンは迷路になっている。村に着くまで時間がかかるだろう。現に市長の部下はユキナがいる村にたどり着けなかった」

「Aランクならたどり着けるではないか!」
「時間を掛ければ出来るとは思う。だが、その隙に入れ違いでユキナが日本に来る可能性もある。そうなればまた取り逃がす事になる。それと、足の速い相手か気配を消せる相手がいて、取り逃がした場合国に密告される可能性もある」

「ぐぬぬぬ!」
「もっと言うと数を集めるべきだ。異界に入ったタイミングは人の目が少なく攫うチャンスではあるが、魔道スマホの通信圏外でもある。連携を取りにくくなる分数で補う事が望ましい」

「ジンに人を出させる!」
「市長の家に地下室を作る前にそうしておくべきだった」
「うるさい黙れ!」

「異界に繋がる魔法陣に監視カメラか見張りを付けるのもいいだろう」
「分かっている!今からやる!下がれ!」

 Aランクは出て行った。

 すぐにユキナを手に入れられんか!
 せっかく仕事を終えて楽しみにしていた所を!
 
 ……この市を出る受付嬢、奴にするか。
 2番目に狙っていたが、ワシの市を出て行こうとするとは、体で分からせてやる必要がある!

 くっくっく、ユキナは後回しだ。

 市長は口角を釣り上げて笑った。




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