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第9話

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 食事をごちそうになり、一泊するように勧められたが俺はお礼を言って帰った。

 ガランとしたアパートに帰り、少し寂しい気もしたが、きゅうの機嫌はいい。
 降りて俺の周りを走る。
 動きにキレがある、いや、元に戻ったか。

 痩せていた体重もすぐ元に戻るだろう。

 きゅうチャンネルを開き、コメントを見てすぐにスマホを閉じた。
 一旦忘れよう。
 バズろうが炎上しようが画面の向こう側の話だ。
 実際の人間関係がおかしくなるよりはまだマシだろう。

 今は身の回りを整理する。

「たまにはお風呂に入るか」
「きゅう♪」

 いつも忙しくてシャワーで済ませていた。
 浴槽を掃除してお湯を溜める。

 きゅうがお風呂に飛び込んだ。

 バシャン!

「まだ溜まってないぞ」

 きゅうは元気に泳ぎ回り、修行のように水道から出るお湯を浴びて遊ぶ。
 
「ちょっとだけ掃除をしてくるな」
「きゅう♪」

 俺はワイパーで床を拭いた。
 本当に軽い掃除だが、少し心が変わった。

 お湯が少し足りないけど、溜めながら入ろう。
 お湯で体を流そうと桶にお湯を入れるときゅうが入って来た。

「洗うのはお湯に浸かってからな」

 俺は体を流してお湯に浸かる。
 きゅうは俺を見つめて洗われるのを待っている。
 
「よし、洗うぞ」
「きゅう♪」

 俺は風呂に浸かったまま桶にきゅうとお湯を入れて石鹸で泡立てる。
 きゅうの泡立ち力は高い、泡立てスポンジを遥かに超える力を持っている。
 もこもこと泡がどんどん増えていく。
 全身をくまなく洗い、シャワーで流してお風呂に入れるときゅうがまた桶に飛び込んだ。

「……」
「……」

「きゅう、次はマッサージにしようか」
「きゅう♪」

 きゅうをお風呂の湯舟に浸けながらきゅうの口だけを出して、マッサージする。
 ヘッドスパのようなイメージできゅうをマッサージするときゅうの目がとろんとする。
 マッサージを続けるときゅうが眠った。
 だが手を放すとまたすぐに起きる。
 俺はきゅうが飽きて満足するまでしばらくマッサージを続けた。

「俺の体を洗ったら今度はドライヤーで乾かすから」

 きゅうはお湯に入ってぷかぷかと漂った。
 体を洗って少しだけ湯船に浸かってから風呂を出た。
 きゅうをハンドタオルで包み待機してもらった。
 俺は素早く着替えて頭にタオルを巻き、きゅうを膝に置いてドライヤーを用意する。

 優しくハンドタオルで体を乾かして、その後にドライヤーを使い丁寧にブラッシングしていく。
 きゅうが目を閉じてドライヤーとブラッシングを受け、体が渇くと水とナッツを食べさせた。
 食べ終わるときゅうはすうすうと寝息を立てた。

「……きゅう、お休み」

 これからは、たくさんマッサージをしよう。
 稼ごうと思えば大穴と配信で稼げる。
 もう、きゅうをさみしくはさせない。
 それだけは決まっている。



【次の日】

 きゅうはたくさん食べてたくさんマッサージをしたせいかまだ気持ちよさそうに眠っている。
 身の回りを整理しよう。

 今、貯金は500万円以上あり、換金できる魔石はかなり厳しめに考えても1000万円以上分はある。
 多分億を超えているだろう。
 平日になったら役所に交換レートを確認をしに行こう、実際に行ってみるのが一番正確にわかるのだ。
 やることが多くなりそうだ。

 出来ていなかった掃除を終わらせたら、やることリストを作ろう。


 掃除を丁寧に済ませるとやることリストを作っていく。
 役所などの手続きは平日になってからか。
 気分を変える為に引っ越しをするのもいいが、それは他が終わってからっと。

「消耗品の買い出しと、今やっておくのは」

 ぱんにゃんにお礼に行く準備をする。
 やっておかないと落ち着かないのだ。
 早くお礼を終わらせて、関係を終わらせておきたい。
 一瞬だけ2人と話して心が温かくなった事を思い出した。
 だが、俺は1人の方が向いている。
 ……早く済ませよう。


 コンビニでお金を下ろし、封筒を買う。
 お金で解決するのがいいだろう。
 ただより安いものは無いのだ。

 帰ってからお詫びの文章が必要だと思い、パソコンで文章を何度も書き直す。
 きゅうが起きたので洗面器で洗い、乾かした後コーンフレークを食べさせる。
 パソコンの前に戻るときゅうは頭の上に乗って佇んだ。

 封筒に10万円を入れて入り口に両面テープを貼った。
 きゅうを乗せたままコンビニに向かい、コンビニ前のポールに待機してもらって素早く文書を印刷して封筒に入れ、封をしてコンビニを出た。

「お待たせ」

 きゅうがぴょんと跳ねて俺の頭に乗るとぱんにゃんを目指した。
 日の光を浴びて優しい風が吹く。
 頭の感触できゅうがあくびをしたのが分かった。
 リラックスしている、いい事だ。

 ぱんにゃんの前にたどり着くと、お客さんの行列が出来ていた。
 ネコノママが基本ワンオペで店を回しているが今日はネコノも手伝っている。

「今日は休日で天気もいい、こうなるか。きゅう、終わったら大穴にでも行くか?」
「きゅ!」

 きゅうが俺の頭を触って合図を送った。
 外に出て予約の札を渡すネコノが数人の男に絡まれていた。

「昨日のきゅうチャンネルとの絡みについて取材をお願いします」
「握手して欲しいです。それと連絡先をお願いします」
「可愛いね。遊びに行かない?」
「こ、困ります。行きません!」

 ええええ!
 別グループの数人から同時にナンパされるってあるか?
 しかもネコノは丁寧に対応し過ぎだ。

「あ!カケルさん!」
「ネコノ、逃げるぞ!いちいち丁寧に対応するな」

 俺は強引に手を引いて走った。
 ネコノもスキルホルダーだ。
 一般人がついてこれないほど速く走る事が出来る。


 逃げ切りネコノを見ると顔が赤い。
 俺は咄嗟に手を放した。

「ありがと」
「いや、それよりもあんなに丁寧に断らなくてもいいんじゃないか?チャンネル登録者数が急に増えて、変な人はこれからもっと増えると思うぞ」

「……そうかも」
「丁度良かった。お詫びの品をお持ちしました。お忙しいと思いますのでお詫びは文章で、では失礼しました」

 俺は言葉を終わらせる前に反転してすっと離れる。
 こうすると決めていたのだ。

「ちょ、ちょっと待って」

 ネコノが俺の服を掴んだ。
 ネコノは勘がいい。
 今俺が反転するアクションを起こす前に動かなかったか?

「一旦中身を見せて……え!10万円も!謝罪、文?……ちょっと待ててね。お母さん……」

 おかしい、ネコノがスマホを取り出し、ネコノママと審議が始まった。
 額は十分誠意ある金額で謝罪文もきっちりと文書を整えた。
 
「……お待たせ。10万円は返すね」
「いやでも」
「これは駄目だよ。とりあえず、今日は一緒にいて」

「謝罪はお金で済ませず、誠意を持って済ませて欲しいと」
「そうじゃなくてね……お母さんがね、私とカケルさんは性格が違うからたまにでもいいから一緒に行動した方がいいって」

 俺は昨日言われた言葉を思い出した。

『カケル君はもっと人に頼った方がいいと思うわ。そうね、リコとカケル君の中間位が丁度いいと思うわ』

 俺が変わらないと思ったんだろう。
 そして、俺の行動はネコノから距離を取るアクションでもあった。
 リコママは勘がいい。
 多分俺は、このままでは変わらないだろう。
 ネコノと一緒にいても変わるかどうかは分からない。

 ぱんにゃんでパンを買った時からそう思っていた。
 俺は小さい時から両親の顔色を窺っていたせいか、少なくとも高校時代の他の男子生徒よりは人の性格を見極める事が出来る、自分ではそう思っている。

 俺だけじゃない、ネコノにも変わって欲しかった。
 ネコノが今ぱんにゃんに戻ってもナンパをされて戦力にならないだろう。

「チャンネル登録者数が多いと変な人が来るだろ?しかもぱんにゃんの場所は調べれば誰でもわかる。今まで変な人に絡まれなかったのか?」

 俺は咄嗟に話を前に戻していた。

「前から高校でも登下校でもお母さんのお手伝いでも声はかけられてたけど……ネコリコチャンネルは最近始めて、登録者数が増えてからは、また増えたかも」

 どんだけナンパされてんだ!
 この田舎でそんなにナンパされるって異常だぞ!
 いや、でも、顔、スタイル、柔らかい笑顔、ひたすら言葉が出てくるトーク力、ネコノは配信の才能を持っている。
 しかもスキルホルダーだ。

 人気が出ないわけがない。
 ネコノと一緒に行動した方がいいと言われても、ネコノと何をすればいいか分からない。
 俺はいつも1人で行動して出来る事は全部自分でやる、そういう生活をしてきた。
 人と関わる事は苦手だ。

「一緒にと言っても、やる事が無いんだ」
「街を歩くとまた声をかけられるから、大穴に行ってみよ?カケルさんがいれば安全だよ?駄目かな?」
「きゅう♪」

「きゅうも行きたいか。決まりだな」
「家に戻って着替えてくるね」

 2人でネコノの家に歩いた。
 ネコノの家に行く自分に不思議な感情が湧いて来た。

 自分のイメージとは違う行動を自分でしているせいか?
 夢のような、ゲームをしているような現実感のないふわふわとした気分に戸惑う。





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