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番外編
夏祭りデート化計画
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映画の後一旦家に戻り、夕方再び集合した。
川の近くの広場で行われる夏祭り。すでに大勢の人が集まっている。
小学生の頃から毎年来ているが、並ぶ屋台はさほど変わらない。だが飽きたという印象はなぜかなく、その場だけで味わえる独特の空気感が毎度心地いいと感じる。のだが。
「わぁー、人いっぱいだね。面白そうな屋台ないかなー」
「……そうだな」
キラキラと目を輝かせる戒を、隣からぎこちない目で一瞥する。
なぜ俺が周囲の賑やかな雰囲気に反してこうも微妙な心境になるに至ったかというと……。
遡ること数分前。
「ゆき。先に言っておくけど、今から僕達デートしに行くから」
祭りの会場に向かう道中、戒が突然そう宣言した。
俺はちょうど道端に転がった小石を蹴飛ばそうとしたタイミングだったため、不意の発言に思わずたたらを踏む。
「いきなりどうした」
「だって、ゆきが例のごとく全っ然自覚してないんだもん」
「何のだよ」
「恋人の自覚」
ふてくされた顔で言う戒。
一瞬何を言っているのか理解できず、脳内に疑問符が流れる。
「今朝、僕と今まで通りでいられて安心したみたいなこと言ってたけど、それって結局僕のことを幼馴染として見続けてるってことじゃないの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「じゃあどういうわけ。好きだって言っておいて、僕とはこれ以上の関係は望んでないっていうこと?」
鋭い目つきで詰め寄ってくる。
近い。
「これ以上って言われても、俺には誰かと付き合った経験なんてないし。よく分からないっていうか」
「ふーん。これが恋愛経験値ゼロってやつかな」
「お前はあるのか」
「ないよ?全くの未経験」
「なら人のこと言えてないだろうが」
「でも、僕はこのままは嫌だって思ってるよ。……だって、せっかくこれまで見たことないゆきのあらゆる面が発掘できそうなんだから」
だから近い!
それに妙に意味深っぽく囁くのをやめろ。ぞわぞわして落ち着かないんだよ。
暴風雨のように荒れた心中を見透かしたのか、戒はニヤっと笑って歩き出す。何だよと無言で毒づきつつ後を追う。
「というわけで、僕は思ったんだ。お互い経験のない身だけれど、分からないなりに意識して過ごしてみれば、何か変化が起きるかもって」
「意識するって何を」
「最初に言ったでしょ。今からデートだからねって。それが念頭にあれば、これまでとはちょっと変わった夏祭りになるかもよ」
要するに戒は、これから行く祭りの中で何か恋人っぽいことをしたいということらしい。もしかしたら今朝映画館に行った時もその思惑があったのかもしれない。上映後の戒のテンションが若干低かったのは、俺が別れ際までひたすら映画の感想について語っていたせいなのか。
「それじゃあ、今のうちにどうやったらデートっぽくなるか考えておいてね」
そう無茶を言い残し、上機嫌でスキップしていく。急に考えろと言われても。
デートって、何だ。
そして現在。
「すごいねー。どれから回る?」
「あぁ……どれでもいいぞ」
ずらりと立ち並ぶ屋台を眺める戒に、上の空の返事しか返せない。
考えておけと言われてからずっと悩んでいるが、未だ何も浮かばない。時折すれ違う男女の2人組をちらっと観察してみたりもしたが、何をどう参考にすればいいか分からなかった。
戒は何か思いついたんだろうか。
「あ、ゆき見てあそこ!射的だって。やろうよ!」
少し奥の店を指差して叫ぶ。どうやら遊び探しに集中していたらしい。悩んでいた自分が少し阿呆らしくなった。
「ほらゆき、早くっ」
「危ないから走るなよ、っておい!」
一旦引き止めようと伸ばした手を、戒が掴んで走り出した。
人の話を聞けよと内心溜め息を吐きつつ、強く握られたその感触に思わず頬が緩んだ。
「それじゃあ僕が先攻ね。交互に一発ずつ撃って、先にあの一番でかい的を倒した方が勝ち」
「いいぜ。負けないからな」
銃を構え、棚の中央に置かれた的目掛けてコルク弾を発射する。
土台がしっかりしているのか、弾が当たってもグラグラと揺れるだけ。
だがついに、戒の放った最後の一発がうまく命中し、的が背後に倒れた。
「やったぁぁ!」
「すごいな」
大喜びの戒とハイタッチする。
景品は何かというと……。
「うわすごい。マスクライダーヒーローズのレッドMAXアルティメットバージョンのフィギュアだ」
「何の呪文だ」
「この前ネットで見た。かなりのレアものだって。嬉しいなー」
「ならよかったな」
勝負には負けたが、戒がこれだけ喜んでいるならそれで十分だ。
早く次へ行こう。そう笑顔で告げる戒にまた手を引かれて祭囃子の中へ飛び込んでいく。
「ゆき、ヨーヨー釣りだって!」
「走るなって言ったの聞いてなかったのか」
「ねぇゆき、型抜きあるよ」
「1回だけな。きりないから」
「見てゆき。けん玉大会やってる!」
「やってこい。ここで見てるから」
「次は金魚すくい勝負するよ、ゆき」
「お前んちの水槽もう満員だろ」
目についた遊びに休みなく参加していき、広場中を回った。その間戒のテンションと体力が下がる気配はなく、後半はついて回るだけで精一杯だった。
「なんか、いつもと変わんないね」
ようやくベンチで一息ついたところで、ぽつりと戒が言った。
「何が」
「今まで通りはしゃいだだけだったなと思って」
「お前がな」
俺からすれば、常時手間のかかる子供のお守りをしている気分だった。今はもう全身疲労感に包まれている。
「んー、どうも遊びモードから抜け出せないんだよね。祭りってなると」
「自分から言い出しておいて何だよ」
「だってこういうイベントってさ、すごく居心地いいんだ。みんな楽しいこと考えてるから、オーラがきれい」
「感情のってことか」
「そ。だから学校は最悪。授業とかテスト中とかどんよりしまくり。ゆきが一緒じゃないとあんな所行きたくない」
「だから俺が風邪で休んだ時いつも家に来てたのか」
「僕の母さんにはめっちゃ怒られたなー。何サボってんだ!って」
ケラケラと笑う戒。
俺は周囲を見回し、そばに人がいないのを確かめて尋ねる。
「……なぁ、戒。お前の正体って、ほんとに俺しか知らないのか」
「え?あぁうん。怪異なんだって言ったのゆきが初めて」
「バレたこともない?」
「さぁ。今まですれ違った中に霊感ある人間がいたら、その人は気付いたかもね」
「霊感……。お前の言う、オーラみたいなのが見えんのかな」
「かもねー。あ、もしかしてさっきのかき氷屋のおじさんに睨まれたのはそういうこと?」
「それはお前がシロップ3色かけてとか変な注文したからだ」
「だって気になったんだもん。どんな味になるのか」
「どれも同じだ。色と香料が違うだけ」
「そうなの?えー。ずっとブルーハワイっていう果物があるのかと思ってた」
「ねぇよそんなの」
まぁ俺も最近知ったけど。
だったら詐欺じゃんと戒はぶつぶつ呟いていたが、すぐ何かに思い至った顔になって、
「じゃあ、僕も詐欺してるってことかな」
「いつの間に犯罪に手染めたんだお前」
「犯罪かどうかは知らないけど。でも僕は、戯堂戒という名の人間だって嘘を、ずっと吐き続けている」
枯れた蕾のような目が、ぼんやりと宙を見ている。
「死んだ人間へのなりすまし。あぁ、身分コショウって言うんだっけ」
「詐称な。故障させてどうする。……あのな、戒」
「なに」
「俺にとって、戯堂戒という存在はお前だけだ。本物も偽物もない。だから、……嘘なんて言うな」
「……そっか。うん、もう言わない」
よっこいしょと戒は立ち上がって、
「そろそろ花火始まる時間だね。行こっか、ゆき」
「ああ」
重い体を立たせて後を追う。
人混みをぬって歩きながら、ふと空を見上げる。
今日は晴れだが、地上の眩い明かりにわずかな星の光はかき消されていて、ただ黒い天蓋があるだけ。
……何だかモヤモヤする。
あちこち回って疲れているというのに、この物足りない感じは何だ。
広場の隣に位置する広い川原。そこが花火大会の会場となっている。
着いてすぐ打ち上げが始まり、真っ暗な空にいくつもの光の花が咲いては消える。
「わぁー。きれーい」
左隣に座る戒が歓喜の声を上げる。
確かにきれいだ。何度見ても心惹かれる光景で、ずっと眺めていたいと思える。
でも……。
そっと視線を横に向ける。
色鮮やかな夜空を夢中に見上げる横顔。ふと、花火を見た時とは違う感覚が胸の中に生じた。
__好きだって言っておいて、僕とはこれ以上の関係は望んでないっていうこと?
__分からないなりに意識して過ごしてみれば、何か変化が起きるかもって
変化を望むか。恒常を望むか。
どっちが正しいのかは分からない。でも、どっちが情けないかは明らかだ。
あいつは前に進もうとしてるのに、俺だけ意気地なしのままでいいのか。
やっとの思いで伝えた気持ちが、嘘になってもいいのか。
自覚してないからなんて言い訳はもう通用しない。戒じゃなくても分かってるはずだ。他ならぬ自分自身のことは。
「戒」
「なに。ゆき」
「その…………急に、悪い」
聞こえるか聞こえないかの小声で言い、両手を伸ばして戒の頬に当てる。
そしてそっと顔を近付け、唇に唇を重ねた。
「……これで、デートっぽくなったかよ」
手を離し、ほぼ自棄になった口調で言い放つ。
「え……ゆ、ゆき……?」
すると、目の前のきょとんとした顔が薄暗い中でも分かる程見る見る真っ赤に染まった。
完全に予想外だったその戸惑った表情が、ストライクに心臓を貫いた。
「っっ、なんでお前が動揺してんだよっ」
「えぇっ、だって、まさかゆきからしてくるとは……。そりゃあ、さっきから花火よりも眩しいくらいの想いのオーラだなと思ってたけど」
そうだった。こいつには丸分かりだった。
今になって猛烈な羞恥心が襲ってきて、首が取れそうな勢いで顔を背ける。
「こんな時に、いきなり迷惑だったよな。悪かった」
ぼそぼそと呟く。
くそ。もう目合わせられない……。
すると、戒は肩に腕を回し、ぎゅっと身を寄せてきた。
「ゆき。前にも言ったでしょ、勝手に決めつけないでって」
優しい声がじんわり染み込んでくる。
「すごくびっくりしたし、すごく嬉しかった。さっきはゆきなりに色々考えてたんだよね。ありがとう」
「…………ん」
「拗ねないでよ。おかげで分かったこともあるし」
「何がだ」
「ゆきのデートの基準が、キスするかどうかってこと」
「んなっ…………それは、別に、他に思いつかなかっただけで。てか、そういうお前はどうなんだ」
「知りたい?じゃあ顔をこっちに向けて、じっとしてたら教えてあげる。あ、目は開けてていいよ今回は」
「それって……ちょ、待て戒っ」
俺の精神が盛大にパニックに陥る中、頭上では最後の花火が一際大きく鮮やかに弾けた。
川の近くの広場で行われる夏祭り。すでに大勢の人が集まっている。
小学生の頃から毎年来ているが、並ぶ屋台はさほど変わらない。だが飽きたという印象はなぜかなく、その場だけで味わえる独特の空気感が毎度心地いいと感じる。のだが。
「わぁー、人いっぱいだね。面白そうな屋台ないかなー」
「……そうだな」
キラキラと目を輝かせる戒を、隣からぎこちない目で一瞥する。
なぜ俺が周囲の賑やかな雰囲気に反してこうも微妙な心境になるに至ったかというと……。
遡ること数分前。
「ゆき。先に言っておくけど、今から僕達デートしに行くから」
祭りの会場に向かう道中、戒が突然そう宣言した。
俺はちょうど道端に転がった小石を蹴飛ばそうとしたタイミングだったため、不意の発言に思わずたたらを踏む。
「いきなりどうした」
「だって、ゆきが例のごとく全っ然自覚してないんだもん」
「何のだよ」
「恋人の自覚」
ふてくされた顔で言う戒。
一瞬何を言っているのか理解できず、脳内に疑問符が流れる。
「今朝、僕と今まで通りでいられて安心したみたいなこと言ってたけど、それって結局僕のことを幼馴染として見続けてるってことじゃないの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「じゃあどういうわけ。好きだって言っておいて、僕とはこれ以上の関係は望んでないっていうこと?」
鋭い目つきで詰め寄ってくる。
近い。
「これ以上って言われても、俺には誰かと付き合った経験なんてないし。よく分からないっていうか」
「ふーん。これが恋愛経験値ゼロってやつかな」
「お前はあるのか」
「ないよ?全くの未経験」
「なら人のこと言えてないだろうが」
「でも、僕はこのままは嫌だって思ってるよ。……だって、せっかくこれまで見たことないゆきのあらゆる面が発掘できそうなんだから」
だから近い!
それに妙に意味深っぽく囁くのをやめろ。ぞわぞわして落ち着かないんだよ。
暴風雨のように荒れた心中を見透かしたのか、戒はニヤっと笑って歩き出す。何だよと無言で毒づきつつ後を追う。
「というわけで、僕は思ったんだ。お互い経験のない身だけれど、分からないなりに意識して過ごしてみれば、何か変化が起きるかもって」
「意識するって何を」
「最初に言ったでしょ。今からデートだからねって。それが念頭にあれば、これまでとはちょっと変わった夏祭りになるかもよ」
要するに戒は、これから行く祭りの中で何か恋人っぽいことをしたいということらしい。もしかしたら今朝映画館に行った時もその思惑があったのかもしれない。上映後の戒のテンションが若干低かったのは、俺が別れ際までひたすら映画の感想について語っていたせいなのか。
「それじゃあ、今のうちにどうやったらデートっぽくなるか考えておいてね」
そう無茶を言い残し、上機嫌でスキップしていく。急に考えろと言われても。
デートって、何だ。
そして現在。
「すごいねー。どれから回る?」
「あぁ……どれでもいいぞ」
ずらりと立ち並ぶ屋台を眺める戒に、上の空の返事しか返せない。
考えておけと言われてからずっと悩んでいるが、未だ何も浮かばない。時折すれ違う男女の2人組をちらっと観察してみたりもしたが、何をどう参考にすればいいか分からなかった。
戒は何か思いついたんだろうか。
「あ、ゆき見てあそこ!射的だって。やろうよ!」
少し奥の店を指差して叫ぶ。どうやら遊び探しに集中していたらしい。悩んでいた自分が少し阿呆らしくなった。
「ほらゆき、早くっ」
「危ないから走るなよ、っておい!」
一旦引き止めようと伸ばした手を、戒が掴んで走り出した。
人の話を聞けよと内心溜め息を吐きつつ、強く握られたその感触に思わず頬が緩んだ。
「それじゃあ僕が先攻ね。交互に一発ずつ撃って、先にあの一番でかい的を倒した方が勝ち」
「いいぜ。負けないからな」
銃を構え、棚の中央に置かれた的目掛けてコルク弾を発射する。
土台がしっかりしているのか、弾が当たってもグラグラと揺れるだけ。
だがついに、戒の放った最後の一発がうまく命中し、的が背後に倒れた。
「やったぁぁ!」
「すごいな」
大喜びの戒とハイタッチする。
景品は何かというと……。
「うわすごい。マスクライダーヒーローズのレッドMAXアルティメットバージョンのフィギュアだ」
「何の呪文だ」
「この前ネットで見た。かなりのレアものだって。嬉しいなー」
「ならよかったな」
勝負には負けたが、戒がこれだけ喜んでいるならそれで十分だ。
早く次へ行こう。そう笑顔で告げる戒にまた手を引かれて祭囃子の中へ飛び込んでいく。
「ゆき、ヨーヨー釣りだって!」
「走るなって言ったの聞いてなかったのか」
「ねぇゆき、型抜きあるよ」
「1回だけな。きりないから」
「見てゆき。けん玉大会やってる!」
「やってこい。ここで見てるから」
「次は金魚すくい勝負するよ、ゆき」
「お前んちの水槽もう満員だろ」
目についた遊びに休みなく参加していき、広場中を回った。その間戒のテンションと体力が下がる気配はなく、後半はついて回るだけで精一杯だった。
「なんか、いつもと変わんないね」
ようやくベンチで一息ついたところで、ぽつりと戒が言った。
「何が」
「今まで通りはしゃいだだけだったなと思って」
「お前がな」
俺からすれば、常時手間のかかる子供のお守りをしている気分だった。今はもう全身疲労感に包まれている。
「んー、どうも遊びモードから抜け出せないんだよね。祭りってなると」
「自分から言い出しておいて何だよ」
「だってこういうイベントってさ、すごく居心地いいんだ。みんな楽しいこと考えてるから、オーラがきれい」
「感情のってことか」
「そ。だから学校は最悪。授業とかテスト中とかどんよりしまくり。ゆきが一緒じゃないとあんな所行きたくない」
「だから俺が風邪で休んだ時いつも家に来てたのか」
「僕の母さんにはめっちゃ怒られたなー。何サボってんだ!って」
ケラケラと笑う戒。
俺は周囲を見回し、そばに人がいないのを確かめて尋ねる。
「……なぁ、戒。お前の正体って、ほんとに俺しか知らないのか」
「え?あぁうん。怪異なんだって言ったのゆきが初めて」
「バレたこともない?」
「さぁ。今まですれ違った中に霊感ある人間がいたら、その人は気付いたかもね」
「霊感……。お前の言う、オーラみたいなのが見えんのかな」
「かもねー。あ、もしかしてさっきのかき氷屋のおじさんに睨まれたのはそういうこと?」
「それはお前がシロップ3色かけてとか変な注文したからだ」
「だって気になったんだもん。どんな味になるのか」
「どれも同じだ。色と香料が違うだけ」
「そうなの?えー。ずっとブルーハワイっていう果物があるのかと思ってた」
「ねぇよそんなの」
まぁ俺も最近知ったけど。
だったら詐欺じゃんと戒はぶつぶつ呟いていたが、すぐ何かに思い至った顔になって、
「じゃあ、僕も詐欺してるってことかな」
「いつの間に犯罪に手染めたんだお前」
「犯罪かどうかは知らないけど。でも僕は、戯堂戒という名の人間だって嘘を、ずっと吐き続けている」
枯れた蕾のような目が、ぼんやりと宙を見ている。
「死んだ人間へのなりすまし。あぁ、身分コショウって言うんだっけ」
「詐称な。故障させてどうする。……あのな、戒」
「なに」
「俺にとって、戯堂戒という存在はお前だけだ。本物も偽物もない。だから、……嘘なんて言うな」
「……そっか。うん、もう言わない」
よっこいしょと戒は立ち上がって、
「そろそろ花火始まる時間だね。行こっか、ゆき」
「ああ」
重い体を立たせて後を追う。
人混みをぬって歩きながら、ふと空を見上げる。
今日は晴れだが、地上の眩い明かりにわずかな星の光はかき消されていて、ただ黒い天蓋があるだけ。
……何だかモヤモヤする。
あちこち回って疲れているというのに、この物足りない感じは何だ。
広場の隣に位置する広い川原。そこが花火大会の会場となっている。
着いてすぐ打ち上げが始まり、真っ暗な空にいくつもの光の花が咲いては消える。
「わぁー。きれーい」
左隣に座る戒が歓喜の声を上げる。
確かにきれいだ。何度見ても心惹かれる光景で、ずっと眺めていたいと思える。
でも……。
そっと視線を横に向ける。
色鮮やかな夜空を夢中に見上げる横顔。ふと、花火を見た時とは違う感覚が胸の中に生じた。
__好きだって言っておいて、僕とはこれ以上の関係は望んでないっていうこと?
__分からないなりに意識して過ごしてみれば、何か変化が起きるかもって
変化を望むか。恒常を望むか。
どっちが正しいのかは分からない。でも、どっちが情けないかは明らかだ。
あいつは前に進もうとしてるのに、俺だけ意気地なしのままでいいのか。
やっとの思いで伝えた気持ちが、嘘になってもいいのか。
自覚してないからなんて言い訳はもう通用しない。戒じゃなくても分かってるはずだ。他ならぬ自分自身のことは。
「戒」
「なに。ゆき」
「その…………急に、悪い」
聞こえるか聞こえないかの小声で言い、両手を伸ばして戒の頬に当てる。
そしてそっと顔を近付け、唇に唇を重ねた。
「……これで、デートっぽくなったかよ」
手を離し、ほぼ自棄になった口調で言い放つ。
「え……ゆ、ゆき……?」
すると、目の前のきょとんとした顔が薄暗い中でも分かる程見る見る真っ赤に染まった。
完全に予想外だったその戸惑った表情が、ストライクに心臓を貫いた。
「っっ、なんでお前が動揺してんだよっ」
「えぇっ、だって、まさかゆきからしてくるとは……。そりゃあ、さっきから花火よりも眩しいくらいの想いのオーラだなと思ってたけど」
そうだった。こいつには丸分かりだった。
今になって猛烈な羞恥心が襲ってきて、首が取れそうな勢いで顔を背ける。
「こんな時に、いきなり迷惑だったよな。悪かった」
ぼそぼそと呟く。
くそ。もう目合わせられない……。
すると、戒は肩に腕を回し、ぎゅっと身を寄せてきた。
「ゆき。前にも言ったでしょ、勝手に決めつけないでって」
優しい声がじんわり染み込んでくる。
「すごくびっくりしたし、すごく嬉しかった。さっきはゆきなりに色々考えてたんだよね。ありがとう」
「…………ん」
「拗ねないでよ。おかげで分かったこともあるし」
「何がだ」
「ゆきのデートの基準が、キスするかどうかってこと」
「んなっ…………それは、別に、他に思いつかなかっただけで。てか、そういうお前はどうなんだ」
「知りたい?じゃあ顔をこっちに向けて、じっとしてたら教えてあげる。あ、目は開けてていいよ今回は」
「それって……ちょ、待て戒っ」
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