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第1章 闇を孕む者達の邂逅
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翌日。昼休憩。
机上に置かれた2段の弁当箱。片方に白飯、もう片方に魚や卵焼き、野菜など彩り豊かなおかずが詰まっている。それらに箸を入れつつも、弥央の目線が注がれているのは別の手元だった。
「一夜、それ何パン?」
「サンドイッチ」
「学校の売店ってそんなの売ってんだ」
「コンビニで買ってきた」
机の角を挟んで右側に座る一夜は、音声読み上げ機能のように返しつつ白い三角形を口に運ぶ。
「いいなー。おれもたまにはシンプルなメシが食べたい」
「弥央の弁当っていつもおかずが充実してるね」
真向かいに座る累人の弁当には、具の混じった飯が入っている。ヤキメシとか言ったっけ。
1組の教室に一夜を誘い、3人で昼食を囲むのがすでに日課になっていた。通う学校すら別だった昔はできなかったことで、自然と頬が緩むのを弥央は感じた。一夜は相変わらず不動面だが、累人いわくこれが通常運転らしい。
「今日はパンがいいなーって日あるだろ。でもかーさんがちゃんと栄養とれとか野菜残すなとかいつも言ってよ。げ、ゴボウ入ってる」
「それだけ弥央のこと考えて作ってくれてるってことでしょ」
だから文句言うなよ、と累人が目で訴えてくる。それに対し弥央はうんざりした口調で、
「そうだろうけど心配性すぎなんだよ。もしかして野菜食わなかったら死ぬのか、人間って」
「死にはしないだろうけど、でも極端に栄養が偏ったら病気になるんじゃないの。何とか欠乏症みたいな」
「真面目に答えなくていいだろ」
食べ終わった一夜がぼそっと呟く。
「おれはマジメに話してるけどー。じゃあ一夜、おれの代わりにゴボウ食べて」
「じゃあって何と繋がってる」
「残したらかーさんに怒られんの。いつまでもおれをかよわい病人扱いしてるから、ちょっとしたことですぐぶったおれると思ってる」
「病人って、大きな怪我でもしたの?」
「ん。ちょっと前にな。もう何ともないってのに」
累人からの問いに答えを濁し、やれやれというように首を振る。
これでは埒が明かないと思ったのか、一夜が溜め息を吐いて手を出してきた。
「一度だけもらってやる。次からは自分で食べろ」
「ほんと?ありがと!」
礼を言い弁当箱を差し出す。こういう優しいところは変わらないな。
黙々ときんぴらゴボウを食べる一夜は、一体どこが嫌いなんだとでも言いたげな目をちらりと向けてきた。じゃあ、このうまいたまご焼きをあげたらどんな顔するかな。
放課後。
一夜と共に文芸部の部室を訪れた。
部屋に入ると、津名橋を除いた昨日と同じ面子が揃っていた。不安顔でうつむく女子とパソコンをいじり続ける女子。2人に対し関心を向けることなく、弥央は昨日と同じ場所に座り、背後を振り向く。
入って左側の壁際に置かれた2つの背の高い本棚。収納スペースの4分の3がハードカバーや文庫本で埋まっており、ジャンルも様々なようだ。
「僕の人生は間違っている2」「バスカヴィル家の犬」「言いにくいことをうまく伝える方法/初級編」「火葬文化論」「図解:分かりやすい相対性理論」「八角館の殺人/新装改訂版」「吸血鬼伝承」「人はなぜ死ぬのか:死の5つの仮説」「そして誰もいなくなった」……。
いくつか知ったタイトルがあるな、と弥央はまんべんなく眺めていく。そこへ、
「お待たせ。あれ、私が最後?さすが、みんなやる気があるようで何より」
引き戸を開けて津名橋が入ってきた。窓際にぽつんとある教室のものと同じ机に鞄をかけ、机を持ち上げ並んだ会議机の端にぴったりくっつけた。
「全員集まったということは、文芸部に入ってくれるということでいいね。オッケー。じゃあとりあえずみんなで自己紹介しようか」
彼女は席に座りぐるりと全員の顔を見回す。誰も何も反応してないが、途切れることなく話が進行していく。
「改めて、私は文芸部部長の津名橋李々。2年5組の理系です。好きな小説は何と言っても亜矢辻さんの〈館シリーズ〉。一風変わった館の細かい描写がなされることで世界観に引き込まれることはもちろん、文字だけという小説の制約を利用した、斬新で意外性が半端ないトリックは他にはない!初めて読んだ時の衝撃ったらもうやばいの。特にやばいのはこの作家さんのデビュー作の……」
それから5分程、段々と熱を帯びていく口調で途切れることなく語った。最後の方は語彙力が吹き飛んで、やばい、最高、を連発していた。
「じゃあ次の人」
満足した顔で話し終えると、一拍で通常状態に戻り先を促す。切り替えが異様に早い。
「篠里七恵。2年4組。好みはクリスティとかドイル。以上」
画面から目を離さず、キーボード操作の手も止めることなく言い終わる。極端なマイペースのようで、津名橋の後だとテンションの落差が激しい。
「えっと、1年3組の伏山美世華です。好きな本は、鳴田稜悟さんの小説です。登場人物の個性が豊かで、それぞれのエピソードがしっかり書かれてて面白いと思います。えっと、その……よろしくお願いします」
始終おどおどした調子で、こちらと目が合った途端怯えた顔を逸らして縮こまった。おれ何かした?
「おれは辻宗弥央。2年1組。最近読んで面白かったのは、宇宙人とか未来人が出てきて部活作ったり、夏休みが延々くり返したりするやつ。タイトルは忘れた。よろしくでーす」
津名橋と伏山は思い当たったようで、あれかーと納得した表情をしている。
「2年2組、柳一夜です。『堕落論』なら以前読んだことがあります」
ラクダ論?と弥央が問いかけると、のん気な内容そうだなと呆れた呟きが返ってきた。
全員の自己紹介が終わる。この5人が今年度の文芸部員ということになるのか。
津名橋が再び口を開く。
「文芸部の活動については昨日説明した通り。というわけで早速、文化祭で出す文集に載せる小説を書いてもらいます。締め切り日まで2か月くらいあるけど、時間をかけてじっくり書きたい人は今から始めた方がいいかも。短編でも長編でもいいし、ジャンルも自由。最終的にWordsファイルで提出するから、パソコンで執筆すれば効率がいいよ。ただしコピペは厳禁。オリジナル作品しか認められないから」
「しつもーん。パソコンってどうやって使うんですか」
「使ったことないの?つじくん」
「あー、じゃなくて、どこでパソコン借りればいいですか。おれ持ってない」
つじくんって何だろう。おれのあだ名?
「パソコンが必要な人は私に言って。情報処理室から借りてくるから。この部屋のネット環境はちゃんとしてあるからそこは大丈夫。じゃあ今挙手してもらっていい?パソコン借りたい人」
篠里以外の3人が手を挙げる。
「つじくん、やなくん、よかちゃん。しのぽんは自分の使ってるからいいとして、あと私の分で4台。オッケー、後で先生に言っておく」
全員のあだ名がいつの間にか決定していた。
「あともうひとつ。小説ってどうやって書くんですか」
「それはもちろん、心意気で」
何を当然のことを訊いている、というような態度で津名橋は言う。
わかりましたーと生返事をした弥央は、反対側へ首を向ける。
「一夜。ココロイキってなに」
「知るか」
頬杖をついて明後日の方向を見つめる様子は、厄介なことになったという憂鬱が見て取れた。
とにもかくにも弥央にとって初の小説執筆は、どうやら全くの未知の作業になりそうだった。
その後、津名橋は参考までにと全員に昨年度の文集を渡して解散を告げた。軽快に部室を出ていった部長の後に続いて一夜も席を立ち、弥央もそれにならった。
校門を出て、2人並んで夕暮れの町を歩いていく。累人からは先に帰っていいと言われている。活動が多い部活は大変なんだな、と労わる気持ちを送っておく。
一夜の住む9階建てマンションは学校から徒歩5分程の距離にある。帰り道を共に歩く時間が短いのが残念だと毎度のことながら思う。いっそ思い切って部屋に上がらせてもらおうかと数日前から画策していることは当然本人には内緒だ。
マンション前の横断歩道。赤信号を前に立ち尽くす一夜は、いつもと同じくぼんやりと視線を宙に漂わせている。薄めたオレンジジュース色の夕空を映した瞳は物静かで、どこか悲哀を帯びたような陰りがある。
なぁ一夜。今一夜が見ているその世界に、おれはいるのか。
「小説どうしよっかなー。あ、観察日記をアレンジするとかどう」
隣に立ち、何気なく話を振ってみる。
「何を観察する気だ」
「そうだねぇ。あ、一夜の観察とかたのしそう。朝から晩まで密着して私生活のナゾにせまる」
「ふざけてるのか」
「いたってマジメだよ、おれは。だめ?」
「冗談も程々にしろ」
顔は振り向かない。会話は頭に入っているようだが、返す言葉は棒読みで完全に上の空。信号が青になっても歩き出す素振りはない。今日はいつにも増してぼんやりしている。
「ジョーダンに聞こえるかー。……じゃあ、一夜はおれのことどれくらい信じてる?」
「…………」
「例えば、実はおれ宇宙人なんだとか言ったら?」
「さぁ」
「じゃあ、おれは未来からやってきた未来人なんだぜ」
「そうか」
「おれテストで100点しかとったことないんだ」
「そうか」
「実はおれ、累人と付き合ってるんだ」
「は?」
異次元へ旅立っていた意識が突然引き戻されたように、こちらへ視線を向けてきた。条件反射で反応したものの、意味がよく理解できなかったとでも言いたげな顔。瞳の陰りはいつの間にか消えている。
あぁ、やっぱりそこにおれはいないのか。
「ふーん、なるほどね。それが一夜の真に受けるかどうかの基準なんだ。よーくわかった。ぜひ参考にするよ」
「何のだ」
「来年のエイプリルフール」
何か言い返される前にぞんざいに別れを告げ、弥央はその場を後にした。ちょうど一夜の目の前の信号も何度目かの青に変わったから、きっと足早に遠ざかる背中を睨みながら渡っているんだろう。そして数秒後には別のことを考え始めるんだ。おれとは全く関係ないことを。
さっき、どうして累人の名を出したんだろう。そうすれば一夜が上の空状態から戻って何か反応する。そう思ったのか。どうして。
どうして?そんなもの、おれがわからないわけがない。だっておれは…………。
得体の知れない感情に急き立てられながらしばらく歩いていると、突然目の前を猛烈なスピードで車が横切った。思わず足を止め、そこでようやく自分が赤信号の横断歩道を渡ろうとしていたことに気付いた。今度は大型トラックがやってくるのが見え、車道に出た片足を引っ込める。
歩きながら考え事に熱中するのはよくないらしい。そう実感しつつも、生じてしまった待ち時間は再び思考を走らせるよう促してくる。
また一夜と小学生の頃の関係に戻れるのではないか。そんな期待は少なからずあった。だから正直な話、最初に何者だと訝しむような目線を向けられた時は心底ガッカリした。
触ると溶けてしまう雪のような儚い記憶を、いつかまた会いたいという希望と共に大切に保管し続けた。それらは6年経っても色褪せることなく、真新しい映像データのように弥央の中に残っている。だが一夜が持っているデータは破損だらけで、恐らくろくに再生できる状態にない。記憶力は人によって異なるだろうが、幼少期の一時の思い出に対する愛着の度合いが、弥央と一夜では全く違ったと言えるのではないか。
それでも、一夜を薄情だと責めるつもりは毛頭ない。完全に忘れられている可能性は最初から考えていたことだ。たとえお前なんか知らないと突っぱねられてもそばにいると、強く決心してここへ来た。
一夜を守る。おれはそう約束した。だからここにいるんだ。
信号が切り替わり、兵隊の行進のような気分で歩き出す。途中、反対側から来た通行人の連れた柴犬にこれでもかという程吠えられた。
大通りから外れて住宅街の細い路地に入る。人気のない道路に薄い影が身長の倍近く伸びている。そろそろ日没だ。
十字路に差しかかった時、右側から歩いてくる人物がいた。
「弥央?今帰りか」
黒っぽいスーツに黒鞄という出で立ちの40代くらいの男。ずれた眼鏡を直しつつ、弥央は手を挙げて応じる。
「とーさん。仕事おつかれ。今日早いんだね」
「いつも残業ばかりじゃないさ。本来の終業時間だとこれくらいに帰れる」
「社会人って大変そー」
「お前もいつかなるんだろ。その前に大学か。授業はちゃんとついていけてるか」
「もちろん。テストとかヨユーだし」
軽い口調で返しながら、父親と並んで歩き出す。
現在の学校にはまだ数回しか登校していないが、帰宅途中にこうして遭遇するのは初めてだ。
「お前はバス通学しないのか。いつも歩いて行くのは大変だろう。時間もかかるし」
「大したきょりないし、おれは歩くの好きだからいい。って前に散々言ったよ、かーさんに」
「きっと未だに心配なんだよ。父さんだってそうだが、弥央がまた発症して倒れるようなことがあったらって」
「もうその話はいいでしょ」
露骨に嫌な顔をして遮る。どうにも両親共々、心配という言葉を振りかざして過去をほじくり返したがる傾向がある。退院してすでに3か月以上が経過したが、その間体調を崩したことは一度もない。案じたところでキユウに終わるだけだと声高に訴えてやりたいというのが今の弥央の本心だ。
だが無理もないのだろう。病室のベッドの上で激しく咳き込み、白いシーツに真っ赤な血を吐き出す息子の姿を幾度も目にしてきた両親に対し、もう治ったから心配するなというのは明日地球が滅ぶことを信じさせる行為並みに困難に違いない。
「とーさん、おれ小説書くことになったんだ。文化祭の文集にのせるやつ」
気持ちを切り換え、話題を逸らす。
「それは、昨日言っていた文芸部の活動のことか?またえらく大変そうだな。テーマや構成は全部自分で決めるのか?」
「うん。今考え中。でも思いつかない。なんかいい案ある?」
「そうだなぁ……。まずは日常生活の中から考えてみたらどうだ?自分にとって興味深いことや、変わったことを取り上げてみるとか」
「変わったことねー……」
呟きつつ進行方向の地面に何気なく視線を向ける。
足元より4、5メートル程先。自身の伸びた影の延長線上の、黒いアスファルト道路の表面。
そこに、白っぽい泡の塊のようなものがあった。誰かが通りすがりに落としていったみたいに。
加えてそれは、目に見えて分かる程グネグネと動いている。およそ生物には見えないが、何らかの意思を持った不規則な動きを伴っている。例えるならRPGの序盤のフィールドで遭遇する下級モンスター。
だが当然ながら、この世界にはゲームに登場するようなモンスターも、それを狩るハンターも存在しない。つまりこの泡の塊は全くの非日常の存在で、誰が目にしても確実に反応を示す光景だった。
しかし、今現在直面している2人は違った。
弥央は確かにそれを視認している。にもかかわらず反応はしない。
隣を歩く父親も同様。まるでそこに何もないかのように。
そして、彼は本当にそれが見えていないことを、弥央は知っていた。それがこの世界の当たり前であり、見えている自分が例外に該当することも。
やがて白い塊が目の前にくる。距離が遠いと分からなかったが、よく見るとうごめく表面に黒い穴が2つある。目のように取れなくもない。
弥央は一切速度を落とさなかった。ちょうど左足を前に踏み出した時、それが運動靴の下敷きになった。
ギャ
黒板を爪で引っ搔く不快音を一点に凝縮したような音が耳孔を突き抜ける。それでも足は止まらない。
「あ、この間家の前にネコやってきたじゃん。パンダみたいな変な模様の。あいつを主役にして、色んな時代を飛び回るっていう話とかどう……」
弥央はとっさに思いついた案を早速父親に披露する。
通り過ぎた後には、泡の欠片の一つも存在しなかった。
築20年の2階建ての戸建て。それが現在の弥央と両親が住まう家だった。この町へ引っ越してくるにあたって中古物件を購入したのだ。
「そうだ弥央。父さんの部屋にもたくさん本があるから、いくつか貸そうか」
格子状の黒い門扉を開けながら言う。
「いいの?やった。じゃあ後で見せて」
「ああ。晩ご飯の後に部屋においで」
そういえば、以前入院していた頃に読んでいた本は父親から借りたものがほとんどだったと弥央は振り返る。ミステリーやら恋愛モノやらSFやら色んなジャンルに溢れていた。これは参考のしがいがありそうだ。
玄関の扉を開けて中に入る。途端にほのかなおかずの匂いが漂ってきた。今日は肉じゃがかな。
「おかえりなさい。あら、弥央も一緒だったの」
廊下の奥から母親がやってきた。
「途中たまたま一緒になってな。いつもこれくらい早く帰れればいいけどなぁ」
ぼやきつつ父親が先に玄関から上がる。
その後に続いていく母親は、思い出したようにこちらを振り返り、
「そうそう。さっき天哉から電話があったのよ。再来週くらいにはこっちに帰れそうだから、お土産希望があったら言ってって」
「にーちゃんが?わかった。後でRINEしとく」
兄とは確か2月の初め頃に会ったきりで、その時はまだこの家に引っ越す前だった。帰ってきたら新居を案内しよう。
うきうきした気分で階段を上がり、2階の自室へ入る。リュックを床に置きつつ薄暗い部屋の中を進み、学習机の上に置かれた携帯を手に取る。画面から発せられる眩い光が顔を照らす。
兄のトーク画面を開こうとして、ふと思い至った。
そういえば一夜をまだ追加してなかった。明日アドレスを訊こう。累人の分も。
すると不意に、スライドショーのように断片的な映像が頭の中に映し出される。赤信号の前で立ち尽くす一夜。魂の抜けたような顔。別れ際に見せた鋭い瞳。
ひょっとしておれ、怒らせちゃったのかな。
記憶の中のあどけない少年と、今同じ高校に通っている大人びた少年。両者は同じであって同じでない。弥央自身もそうだ。6年前の自分と現在の自分は、どうやってもイコールで結びつかない。
転校先で再会してから、何と言うか、思い通りにいかないことばかりだ。昔共に遊んだことをほとんど忘れられていたこともそうだが、一夜が他人との間に築いている壁が、自分との間にもそびえ立ったままのように思える。3人で過ごしていると特にそれを実感する。一夜のそばにいられればそれでいいという妥協心が徐々に圧倒されつつあるのだ。もっとおれを見てほしい__そんな貪欲な思いに。
どうすれば邪魔な巨壁を粉々に破壊でき、分け隔てのない眼差しを向けてくれるようになるだろう。彼に対してそうであるように。
粘着的な思考に呼応して、体の中心部で何かがぐるぐると渦巻く。それは全てを焼き尽くす漆黒の炎か、あるいは全てを引きずり込むブラックホールか。行き場のないうねりが回転し勢いを増していく。これは一体、何と言い表すのだろう。
下階から母親の呼ぶ声がする。はっと我に返ると、いつの間にか手中の携帯画面は室内を取り巻く暗闇と同化し、RINEの通知ランプだけが点滅している。
その時なぜか、闇に浮かぶ極小の緑光が妙に妖しく感じられた。
机上に置かれた2段の弁当箱。片方に白飯、もう片方に魚や卵焼き、野菜など彩り豊かなおかずが詰まっている。それらに箸を入れつつも、弥央の目線が注がれているのは別の手元だった。
「一夜、それ何パン?」
「サンドイッチ」
「学校の売店ってそんなの売ってんだ」
「コンビニで買ってきた」
机の角を挟んで右側に座る一夜は、音声読み上げ機能のように返しつつ白い三角形を口に運ぶ。
「いいなー。おれもたまにはシンプルなメシが食べたい」
「弥央の弁当っていつもおかずが充実してるね」
真向かいに座る累人の弁当には、具の混じった飯が入っている。ヤキメシとか言ったっけ。
1組の教室に一夜を誘い、3人で昼食を囲むのがすでに日課になっていた。通う学校すら別だった昔はできなかったことで、自然と頬が緩むのを弥央は感じた。一夜は相変わらず不動面だが、累人いわくこれが通常運転らしい。
「今日はパンがいいなーって日あるだろ。でもかーさんがちゃんと栄養とれとか野菜残すなとかいつも言ってよ。げ、ゴボウ入ってる」
「それだけ弥央のこと考えて作ってくれてるってことでしょ」
だから文句言うなよ、と累人が目で訴えてくる。それに対し弥央はうんざりした口調で、
「そうだろうけど心配性すぎなんだよ。もしかして野菜食わなかったら死ぬのか、人間って」
「死にはしないだろうけど、でも極端に栄養が偏ったら病気になるんじゃないの。何とか欠乏症みたいな」
「真面目に答えなくていいだろ」
食べ終わった一夜がぼそっと呟く。
「おれはマジメに話してるけどー。じゃあ一夜、おれの代わりにゴボウ食べて」
「じゃあって何と繋がってる」
「残したらかーさんに怒られんの。いつまでもおれをかよわい病人扱いしてるから、ちょっとしたことですぐぶったおれると思ってる」
「病人って、大きな怪我でもしたの?」
「ん。ちょっと前にな。もう何ともないってのに」
累人からの問いに答えを濁し、やれやれというように首を振る。
これでは埒が明かないと思ったのか、一夜が溜め息を吐いて手を出してきた。
「一度だけもらってやる。次からは自分で食べろ」
「ほんと?ありがと!」
礼を言い弁当箱を差し出す。こういう優しいところは変わらないな。
黙々ときんぴらゴボウを食べる一夜は、一体どこが嫌いなんだとでも言いたげな目をちらりと向けてきた。じゃあ、このうまいたまご焼きをあげたらどんな顔するかな。
放課後。
一夜と共に文芸部の部室を訪れた。
部屋に入ると、津名橋を除いた昨日と同じ面子が揃っていた。不安顔でうつむく女子とパソコンをいじり続ける女子。2人に対し関心を向けることなく、弥央は昨日と同じ場所に座り、背後を振り向く。
入って左側の壁際に置かれた2つの背の高い本棚。収納スペースの4分の3がハードカバーや文庫本で埋まっており、ジャンルも様々なようだ。
「僕の人生は間違っている2」「バスカヴィル家の犬」「言いにくいことをうまく伝える方法/初級編」「火葬文化論」「図解:分かりやすい相対性理論」「八角館の殺人/新装改訂版」「吸血鬼伝承」「人はなぜ死ぬのか:死の5つの仮説」「そして誰もいなくなった」……。
いくつか知ったタイトルがあるな、と弥央はまんべんなく眺めていく。そこへ、
「お待たせ。あれ、私が最後?さすが、みんなやる気があるようで何より」
引き戸を開けて津名橋が入ってきた。窓際にぽつんとある教室のものと同じ机に鞄をかけ、机を持ち上げ並んだ会議机の端にぴったりくっつけた。
「全員集まったということは、文芸部に入ってくれるということでいいね。オッケー。じゃあとりあえずみんなで自己紹介しようか」
彼女は席に座りぐるりと全員の顔を見回す。誰も何も反応してないが、途切れることなく話が進行していく。
「改めて、私は文芸部部長の津名橋李々。2年5組の理系です。好きな小説は何と言っても亜矢辻さんの〈館シリーズ〉。一風変わった館の細かい描写がなされることで世界観に引き込まれることはもちろん、文字だけという小説の制約を利用した、斬新で意外性が半端ないトリックは他にはない!初めて読んだ時の衝撃ったらもうやばいの。特にやばいのはこの作家さんのデビュー作の……」
それから5分程、段々と熱を帯びていく口調で途切れることなく語った。最後の方は語彙力が吹き飛んで、やばい、最高、を連発していた。
「じゃあ次の人」
満足した顔で話し終えると、一拍で通常状態に戻り先を促す。切り替えが異様に早い。
「篠里七恵。2年4組。好みはクリスティとかドイル。以上」
画面から目を離さず、キーボード操作の手も止めることなく言い終わる。極端なマイペースのようで、津名橋の後だとテンションの落差が激しい。
「えっと、1年3組の伏山美世華です。好きな本は、鳴田稜悟さんの小説です。登場人物の個性が豊かで、それぞれのエピソードがしっかり書かれてて面白いと思います。えっと、その……よろしくお願いします」
始終おどおどした調子で、こちらと目が合った途端怯えた顔を逸らして縮こまった。おれ何かした?
「おれは辻宗弥央。2年1組。最近読んで面白かったのは、宇宙人とか未来人が出てきて部活作ったり、夏休みが延々くり返したりするやつ。タイトルは忘れた。よろしくでーす」
津名橋と伏山は思い当たったようで、あれかーと納得した表情をしている。
「2年2組、柳一夜です。『堕落論』なら以前読んだことがあります」
ラクダ論?と弥央が問いかけると、のん気な内容そうだなと呆れた呟きが返ってきた。
全員の自己紹介が終わる。この5人が今年度の文芸部員ということになるのか。
津名橋が再び口を開く。
「文芸部の活動については昨日説明した通り。というわけで早速、文化祭で出す文集に載せる小説を書いてもらいます。締め切り日まで2か月くらいあるけど、時間をかけてじっくり書きたい人は今から始めた方がいいかも。短編でも長編でもいいし、ジャンルも自由。最終的にWordsファイルで提出するから、パソコンで執筆すれば効率がいいよ。ただしコピペは厳禁。オリジナル作品しか認められないから」
「しつもーん。パソコンってどうやって使うんですか」
「使ったことないの?つじくん」
「あー、じゃなくて、どこでパソコン借りればいいですか。おれ持ってない」
つじくんって何だろう。おれのあだ名?
「パソコンが必要な人は私に言って。情報処理室から借りてくるから。この部屋のネット環境はちゃんとしてあるからそこは大丈夫。じゃあ今挙手してもらっていい?パソコン借りたい人」
篠里以外の3人が手を挙げる。
「つじくん、やなくん、よかちゃん。しのぽんは自分の使ってるからいいとして、あと私の分で4台。オッケー、後で先生に言っておく」
全員のあだ名がいつの間にか決定していた。
「あともうひとつ。小説ってどうやって書くんですか」
「それはもちろん、心意気で」
何を当然のことを訊いている、というような態度で津名橋は言う。
わかりましたーと生返事をした弥央は、反対側へ首を向ける。
「一夜。ココロイキってなに」
「知るか」
頬杖をついて明後日の方向を見つめる様子は、厄介なことになったという憂鬱が見て取れた。
とにもかくにも弥央にとって初の小説執筆は、どうやら全くの未知の作業になりそうだった。
その後、津名橋は参考までにと全員に昨年度の文集を渡して解散を告げた。軽快に部室を出ていった部長の後に続いて一夜も席を立ち、弥央もそれにならった。
校門を出て、2人並んで夕暮れの町を歩いていく。累人からは先に帰っていいと言われている。活動が多い部活は大変なんだな、と労わる気持ちを送っておく。
一夜の住む9階建てマンションは学校から徒歩5分程の距離にある。帰り道を共に歩く時間が短いのが残念だと毎度のことながら思う。いっそ思い切って部屋に上がらせてもらおうかと数日前から画策していることは当然本人には内緒だ。
マンション前の横断歩道。赤信号を前に立ち尽くす一夜は、いつもと同じくぼんやりと視線を宙に漂わせている。薄めたオレンジジュース色の夕空を映した瞳は物静かで、どこか悲哀を帯びたような陰りがある。
なぁ一夜。今一夜が見ているその世界に、おれはいるのか。
「小説どうしよっかなー。あ、観察日記をアレンジするとかどう」
隣に立ち、何気なく話を振ってみる。
「何を観察する気だ」
「そうだねぇ。あ、一夜の観察とかたのしそう。朝から晩まで密着して私生活のナゾにせまる」
「ふざけてるのか」
「いたってマジメだよ、おれは。だめ?」
「冗談も程々にしろ」
顔は振り向かない。会話は頭に入っているようだが、返す言葉は棒読みで完全に上の空。信号が青になっても歩き出す素振りはない。今日はいつにも増してぼんやりしている。
「ジョーダンに聞こえるかー。……じゃあ、一夜はおれのことどれくらい信じてる?」
「…………」
「例えば、実はおれ宇宙人なんだとか言ったら?」
「さぁ」
「じゃあ、おれは未来からやってきた未来人なんだぜ」
「そうか」
「おれテストで100点しかとったことないんだ」
「そうか」
「実はおれ、累人と付き合ってるんだ」
「は?」
異次元へ旅立っていた意識が突然引き戻されたように、こちらへ視線を向けてきた。条件反射で反応したものの、意味がよく理解できなかったとでも言いたげな顔。瞳の陰りはいつの間にか消えている。
あぁ、やっぱりそこにおれはいないのか。
「ふーん、なるほどね。それが一夜の真に受けるかどうかの基準なんだ。よーくわかった。ぜひ参考にするよ」
「何のだ」
「来年のエイプリルフール」
何か言い返される前にぞんざいに別れを告げ、弥央はその場を後にした。ちょうど一夜の目の前の信号も何度目かの青に変わったから、きっと足早に遠ざかる背中を睨みながら渡っているんだろう。そして数秒後には別のことを考え始めるんだ。おれとは全く関係ないことを。
さっき、どうして累人の名を出したんだろう。そうすれば一夜が上の空状態から戻って何か反応する。そう思ったのか。どうして。
どうして?そんなもの、おれがわからないわけがない。だっておれは…………。
得体の知れない感情に急き立てられながらしばらく歩いていると、突然目の前を猛烈なスピードで車が横切った。思わず足を止め、そこでようやく自分が赤信号の横断歩道を渡ろうとしていたことに気付いた。今度は大型トラックがやってくるのが見え、車道に出た片足を引っ込める。
歩きながら考え事に熱中するのはよくないらしい。そう実感しつつも、生じてしまった待ち時間は再び思考を走らせるよう促してくる。
また一夜と小学生の頃の関係に戻れるのではないか。そんな期待は少なからずあった。だから正直な話、最初に何者だと訝しむような目線を向けられた時は心底ガッカリした。
触ると溶けてしまう雪のような儚い記憶を、いつかまた会いたいという希望と共に大切に保管し続けた。それらは6年経っても色褪せることなく、真新しい映像データのように弥央の中に残っている。だが一夜が持っているデータは破損だらけで、恐らくろくに再生できる状態にない。記憶力は人によって異なるだろうが、幼少期の一時の思い出に対する愛着の度合いが、弥央と一夜では全く違ったと言えるのではないか。
それでも、一夜を薄情だと責めるつもりは毛頭ない。完全に忘れられている可能性は最初から考えていたことだ。たとえお前なんか知らないと突っぱねられてもそばにいると、強く決心してここへ来た。
一夜を守る。おれはそう約束した。だからここにいるんだ。
信号が切り替わり、兵隊の行進のような気分で歩き出す。途中、反対側から来た通行人の連れた柴犬にこれでもかという程吠えられた。
大通りから外れて住宅街の細い路地に入る。人気のない道路に薄い影が身長の倍近く伸びている。そろそろ日没だ。
十字路に差しかかった時、右側から歩いてくる人物がいた。
「弥央?今帰りか」
黒っぽいスーツに黒鞄という出で立ちの40代くらいの男。ずれた眼鏡を直しつつ、弥央は手を挙げて応じる。
「とーさん。仕事おつかれ。今日早いんだね」
「いつも残業ばかりじゃないさ。本来の終業時間だとこれくらいに帰れる」
「社会人って大変そー」
「お前もいつかなるんだろ。その前に大学か。授業はちゃんとついていけてるか」
「もちろん。テストとかヨユーだし」
軽い口調で返しながら、父親と並んで歩き出す。
現在の学校にはまだ数回しか登校していないが、帰宅途中にこうして遭遇するのは初めてだ。
「お前はバス通学しないのか。いつも歩いて行くのは大変だろう。時間もかかるし」
「大したきょりないし、おれは歩くの好きだからいい。って前に散々言ったよ、かーさんに」
「きっと未だに心配なんだよ。父さんだってそうだが、弥央がまた発症して倒れるようなことがあったらって」
「もうその話はいいでしょ」
露骨に嫌な顔をして遮る。どうにも両親共々、心配という言葉を振りかざして過去をほじくり返したがる傾向がある。退院してすでに3か月以上が経過したが、その間体調を崩したことは一度もない。案じたところでキユウに終わるだけだと声高に訴えてやりたいというのが今の弥央の本心だ。
だが無理もないのだろう。病室のベッドの上で激しく咳き込み、白いシーツに真っ赤な血を吐き出す息子の姿を幾度も目にしてきた両親に対し、もう治ったから心配するなというのは明日地球が滅ぶことを信じさせる行為並みに困難に違いない。
「とーさん、おれ小説書くことになったんだ。文化祭の文集にのせるやつ」
気持ちを切り換え、話題を逸らす。
「それは、昨日言っていた文芸部の活動のことか?またえらく大変そうだな。テーマや構成は全部自分で決めるのか?」
「うん。今考え中。でも思いつかない。なんかいい案ある?」
「そうだなぁ……。まずは日常生活の中から考えてみたらどうだ?自分にとって興味深いことや、変わったことを取り上げてみるとか」
「変わったことねー……」
呟きつつ進行方向の地面に何気なく視線を向ける。
足元より4、5メートル程先。自身の伸びた影の延長線上の、黒いアスファルト道路の表面。
そこに、白っぽい泡の塊のようなものがあった。誰かが通りすがりに落としていったみたいに。
加えてそれは、目に見えて分かる程グネグネと動いている。およそ生物には見えないが、何らかの意思を持った不規則な動きを伴っている。例えるならRPGの序盤のフィールドで遭遇する下級モンスター。
だが当然ながら、この世界にはゲームに登場するようなモンスターも、それを狩るハンターも存在しない。つまりこの泡の塊は全くの非日常の存在で、誰が目にしても確実に反応を示す光景だった。
しかし、今現在直面している2人は違った。
弥央は確かにそれを視認している。にもかかわらず反応はしない。
隣を歩く父親も同様。まるでそこに何もないかのように。
そして、彼は本当にそれが見えていないことを、弥央は知っていた。それがこの世界の当たり前であり、見えている自分が例外に該当することも。
やがて白い塊が目の前にくる。距離が遠いと分からなかったが、よく見るとうごめく表面に黒い穴が2つある。目のように取れなくもない。
弥央は一切速度を落とさなかった。ちょうど左足を前に踏み出した時、それが運動靴の下敷きになった。
ギャ
黒板を爪で引っ搔く不快音を一点に凝縮したような音が耳孔を突き抜ける。それでも足は止まらない。
「あ、この間家の前にネコやってきたじゃん。パンダみたいな変な模様の。あいつを主役にして、色んな時代を飛び回るっていう話とかどう……」
弥央はとっさに思いついた案を早速父親に披露する。
通り過ぎた後には、泡の欠片の一つも存在しなかった。
築20年の2階建ての戸建て。それが現在の弥央と両親が住まう家だった。この町へ引っ越してくるにあたって中古物件を購入したのだ。
「そうだ弥央。父さんの部屋にもたくさん本があるから、いくつか貸そうか」
格子状の黒い門扉を開けながら言う。
「いいの?やった。じゃあ後で見せて」
「ああ。晩ご飯の後に部屋においで」
そういえば、以前入院していた頃に読んでいた本は父親から借りたものがほとんどだったと弥央は振り返る。ミステリーやら恋愛モノやらSFやら色んなジャンルに溢れていた。これは参考のしがいがありそうだ。
玄関の扉を開けて中に入る。途端にほのかなおかずの匂いが漂ってきた。今日は肉じゃがかな。
「おかえりなさい。あら、弥央も一緒だったの」
廊下の奥から母親がやってきた。
「途中たまたま一緒になってな。いつもこれくらい早く帰れればいいけどなぁ」
ぼやきつつ父親が先に玄関から上がる。
その後に続いていく母親は、思い出したようにこちらを振り返り、
「そうそう。さっき天哉から電話があったのよ。再来週くらいにはこっちに帰れそうだから、お土産希望があったら言ってって」
「にーちゃんが?わかった。後でRINEしとく」
兄とは確か2月の初め頃に会ったきりで、その時はまだこの家に引っ越す前だった。帰ってきたら新居を案内しよう。
うきうきした気分で階段を上がり、2階の自室へ入る。リュックを床に置きつつ薄暗い部屋の中を進み、学習机の上に置かれた携帯を手に取る。画面から発せられる眩い光が顔を照らす。
兄のトーク画面を開こうとして、ふと思い至った。
そういえば一夜をまだ追加してなかった。明日アドレスを訊こう。累人の分も。
すると不意に、スライドショーのように断片的な映像が頭の中に映し出される。赤信号の前で立ち尽くす一夜。魂の抜けたような顔。別れ際に見せた鋭い瞳。
ひょっとしておれ、怒らせちゃったのかな。
記憶の中のあどけない少年と、今同じ高校に通っている大人びた少年。両者は同じであって同じでない。弥央自身もそうだ。6年前の自分と現在の自分は、どうやってもイコールで結びつかない。
転校先で再会してから、何と言うか、思い通りにいかないことばかりだ。昔共に遊んだことをほとんど忘れられていたこともそうだが、一夜が他人との間に築いている壁が、自分との間にもそびえ立ったままのように思える。3人で過ごしていると特にそれを実感する。一夜のそばにいられればそれでいいという妥協心が徐々に圧倒されつつあるのだ。もっとおれを見てほしい__そんな貪欲な思いに。
どうすれば邪魔な巨壁を粉々に破壊でき、分け隔てのない眼差しを向けてくれるようになるだろう。彼に対してそうであるように。
粘着的な思考に呼応して、体の中心部で何かがぐるぐると渦巻く。それは全てを焼き尽くす漆黒の炎か、あるいは全てを引きずり込むブラックホールか。行き場のないうねりが回転し勢いを増していく。これは一体、何と言い表すのだろう。
下階から母親の呼ぶ声がする。はっと我に返ると、いつの間にか手中の携帯画面は室内を取り巻く暗闇と同化し、RINEの通知ランプだけが点滅している。
その時なぜか、闇に浮かぶ極小の緑光が妙に妖しく感じられた。
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