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1年生編
Sugar Melody と Bitter Bass
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9月初旬。
放課後。
今週は掃除当番ではないため、机を下げた後教室を出て部室へ向かった。
今日は何だっけ。
合奏はなかったはずだから、じゃあパート練か。音源は一通り聞いたけど、本番まで時間が足りるかどうか正直不安だ。
特にあのテンポ152の曲何なの。課題曲より断然速いし、五線譜の半分以上が8分音符で埋め尽くされてたし。当分はテンポ落として練習するしかないよな。
音楽室のドアを開けると、現在清掃中。数人が箒で床を掃いている。
ここは教室と違って机はなく、代わりに譜面台が椅子と共に並べられている。配置は音楽の授業の生徒数に合わせており、残りの椅子は廊下側の窓際に大量に積まれている。合奏をする時、足りない分はそこから取ってくる。
積み上がった椅子…………ああ、嫌なこと思い出した。
「お、累人君もう部活モード?ごめんねー、まだ終わってないんだ掃除」
邪魔にならないようにと、入口付近の壁際に積まれた椅子の上にリュックを置く。そこへ箒を持った佐々蔵がやってきた。
「ああ、別にいいよ。ミーティングまでまだ大分時間あるし。今週はここの当番?」
「うん。椅子とか動かさなくていいから教室より楽だよ」
「確かに」
その分掃除としては不十分なんだろうけど。
「ねー、この部屋の後ろ半分って普段カーテンで仕切ってあるよね。今誰か開けてるけど」
「ああ、半分っていうか、3分の1くらいかな。授業の時は閉めてあって、部活の時だけ開けるんだよ」
「カーテンの向こうにあるのって、全部打楽器?」
「そう。たくさんあるよ」
「どれがどれって分かる?」
「えーっと、左側にあるのはよく分かんないんだよな。どれかがグロッケンとかマリンバ。一番でかいのがビブラフォン。その奥にある銀色の長いパイプの束がチャイム」
「昼間の歌番組で叩いてるやつだ」
「そうだね。真ん中がドラムとかシンバルで、右側がティンパニ。その奥がゴング。あと色々。名前が分かるのはそれくらいかな」
「大きいのばっかりだねー。あれ全部1階まで持って下りることもあるんでしょ?」
「うん。俺も毎回手伝ってる。疲れるよすごく」
「エレベーターに入るの?全部」
「いくつかは入らないから階段で運ぶ。文化祭やコンクールの時は5階分を7、8往復したかな」
「うわお、すごいね。もはや運動部と言ってもいいんじゃない?」
「ある程度体力がいる部活なのは確かだね」
まぁ、文化祭2日目では疲労が元で怪我をしてしまったわけだが。あれは本当に大事故にならなくてよかった。改めて柳に感謝だな。
「じゃあ、あのドラムの奥のロッカーは何?掃除用具入れとは違うよね」
「あれは、楽譜用のロッカー。原譜が入ってる」
「原譜?」
「俺達が演奏で使ってる楽譜は、全部原譜をコピーしたものなんだ。学校のお金で買ったものだし、同じ楽譜を一度に複数人が使ったり、数年後に同じ曲をやったりするから直接書き込みはできない」
「なるほどー。だからコピーした楽譜を使うんだ。じゃあ今までの原譜が全部あの中に?」
「隣の棚にもね。前に覗いたけどびっしりだったよ。あの上の段のは各年の課題曲の原譜じゃないかな。音楽室の隣の準備室にもたくさん置いてある」
「捨てずにとってたら、いつか楽譜で溢れちゃうね」
「だね」
ところで佐々蔵。さっきから全くもって箒が動いてないが。他の当番の生徒はもう塵取りで集め出してるぞ。まぁ教師が見張ってるわけでもないから、どこもこれくらい緩いのかもな。
「ところで累人君。ぜひ君に訊いてみたいことがあるんだけど」
「何だよ」
そのニヤニヤした表情から察するに、ろくな質問じゃないんだろうな。
「ずばり、脈ありな女子はいないの?」
やっぱり。
「そもそも何をもってして脈ありなの」
「男女比率が圧倒的に偏っている集団でしょ。20人以上の女子に対して男子はたった3人。絶対内心キャーって思ってる子いるって」
「そのキャーは何」
「黄色い悲鳴」
「……まぁ俺はともかく、モテそうな奴はいるよ。あそこに」
と、外廊下で女子部員と話す男子生徒を指す。
「あの爽やか眼鏡の彼?」
「見た目もいいし、演奏もかなりうまい。あのアルトサックスは自持ちらしいよ。おまけにピアノも弾けてエレキベースも弾ける。家がそれなりの金持ちだって聞いたよ。勉学の方は知らないけど」
「何そのハイスペック。設定盛り過ぎ」
「実際夏休み前から部員の女子と付き合ってるって噂あるし。ああいう奴なら女子もキャーキャー言うんじゃないの」
「吹奏楽部は部内恋愛禁止とかないの?」
「むしろある?そんな部活」
「弓道部がそうだって同じクラスの子が言ってたよー」
「ほんとにあるんだ」
弓道部はかなり人気だって聞いたな、そういえば。中学時代にはなかった部活だし。今年の新入部員は4、50人だったとか。吹部だと間違いなく楽器が足りない。全部員の人数でもそこまでいかないのに。
「周りはともかく、君自身が気になる子はいないの?あの子可愛いなーとか、付き合いたいなーとか」
「それは…………んー…………別にないかな」
「ふーん。君の好みにどんぴしゃな子はここにはいないと」
「その言い方やめろよ」
「僕の勘だと、君にお似合いなのは活発系より物静か系。でもはっきり意見を言ってリードしてくれる。普段真面目で完璧に振る舞っているけど、ふとした時に見せる笑顔やお茶目なところ、機転を利かせて行動してくれるところが心に刺さる。そんな子かなー」
「具体的に解説するな」
全然違う。とはまぁ、言えないけど。
「他の奴は掃除終わったっぽいよ。佐々蔵はまだやるつもりか。ていうかやってないし」
「ちゃんと掃いたよー。最初の数分は」
「最後までやれよ。ほら、早く片付けなって」
「ほーい」
校庭側の壁際に置かれた掃除ロッカーへ箒を収めに行く。
ミーティングまであと7分くらいか。そろそろ部員が集まり始めた。
戻ってきた佐々蔵が、再び質問を投げかけてくる。
「最近はどんな曲やってるの?」
「オープンスクールが今月の終わりにあるから、それに向けて。何曲かは文化祭でやったのと同じだけど」
「そっか、演奏会あるもんねー。そうだ、あれやってたよね。去年のヒット曲の……何だっけ。チャッチャッチャッチャッチャラッチャー、みたいなの」
「えーっと…………ああ、メドレーのやつか。タイトルは確か…………あれ」
「どしたの?」
「いや、リュックに楽譜のファイル入れてたはずなんだけど……」
一通り探したが、見当たらない。
おかしいな。朝練の後確かに入れたのに。来る途中で落とした?いや、あんなでかいもの落として気付かないことあるのか。
まずい。これだと今日の練習が……。
「いた。おい、名神」
声に反応して顔を上げる。
音楽室の入口に、見覚えのある青いファイルを手にした柳が立っていた。
「あっ、それ俺の楽譜。柳持って来てくれたの?」
「やっぱりいるものだったか。ほら」
「ありがとう、助かったよ。でもどこにあった?廊下に落ちてた?」
「いや。教室のお前の机を運んだ時に中身が少し落ちて、その中にこれがあった。これから部活に行くお前が置いてくのはおかしいと思って」
「そうだったんだ。教科書と一緒に机に入れてたんだな俺」
「落としたノートとかは机に戻してある。悪かったな」
「いやいや、そんなの全然。俺のこと考えてこれ持って来てくれたんでしょ。ほんとに助かった。ありがとう、柳」
「…………ああ。じゃあ、頑張れよ」
笑顔を向けて礼を言うと、素っ気ない返事をして去っていった。
かなり目が泳いでいたけど、何だったんだろ。
「……ふむ。機転が利くところにグッとくる。そして相手は、直球の感謝に弱い。んー、なるほど」
「何ぶつぶつ言ってるの佐々蔵。ほら、ミーティング始まるから出た方がいいよ。お前だって部活あるだろ」
「そうだった。ま、こっちはゆるーくやってるよ。気が向いたらいつでも遊びに来てね」
そう言って音楽室を後にする。
ゆるーくか。こっちとは大違いだな。
部員が集合して、部長が教卓の前に立つ。
出席と連絡事項の確認の後解散。荷物と楽器を持ってパートごとに南棟の教室へ向かう。
渡り廊下に差し掛かると、山の向こうに夕日が見えた。あと1時間程すれば完全に沈んでしまうだろう。
「タッタッタッタッタラッター……」
そよ風の吹き付ける通路を歩きながら、何となく浮かんだフレーズを口ずさむ。
あ、思い出した。
この曲のタイトルは__
放課後。
今週は掃除当番ではないため、机を下げた後教室を出て部室へ向かった。
今日は何だっけ。
合奏はなかったはずだから、じゃあパート練か。音源は一通り聞いたけど、本番まで時間が足りるかどうか正直不安だ。
特にあのテンポ152の曲何なの。課題曲より断然速いし、五線譜の半分以上が8分音符で埋め尽くされてたし。当分はテンポ落として練習するしかないよな。
音楽室のドアを開けると、現在清掃中。数人が箒で床を掃いている。
ここは教室と違って机はなく、代わりに譜面台が椅子と共に並べられている。配置は音楽の授業の生徒数に合わせており、残りの椅子は廊下側の窓際に大量に積まれている。合奏をする時、足りない分はそこから取ってくる。
積み上がった椅子…………ああ、嫌なこと思い出した。
「お、累人君もう部活モード?ごめんねー、まだ終わってないんだ掃除」
邪魔にならないようにと、入口付近の壁際に積まれた椅子の上にリュックを置く。そこへ箒を持った佐々蔵がやってきた。
「ああ、別にいいよ。ミーティングまでまだ大分時間あるし。今週はここの当番?」
「うん。椅子とか動かさなくていいから教室より楽だよ」
「確かに」
その分掃除としては不十分なんだろうけど。
「ねー、この部屋の後ろ半分って普段カーテンで仕切ってあるよね。今誰か開けてるけど」
「ああ、半分っていうか、3分の1くらいかな。授業の時は閉めてあって、部活の時だけ開けるんだよ」
「カーテンの向こうにあるのって、全部打楽器?」
「そう。たくさんあるよ」
「どれがどれって分かる?」
「えーっと、左側にあるのはよく分かんないんだよな。どれかがグロッケンとかマリンバ。一番でかいのがビブラフォン。その奥にある銀色の長いパイプの束がチャイム」
「昼間の歌番組で叩いてるやつだ」
「そうだね。真ん中がドラムとかシンバルで、右側がティンパニ。その奥がゴング。あと色々。名前が分かるのはそれくらいかな」
「大きいのばっかりだねー。あれ全部1階まで持って下りることもあるんでしょ?」
「うん。俺も毎回手伝ってる。疲れるよすごく」
「エレベーターに入るの?全部」
「いくつかは入らないから階段で運ぶ。文化祭やコンクールの時は5階分を7、8往復したかな」
「うわお、すごいね。もはや運動部と言ってもいいんじゃない?」
「ある程度体力がいる部活なのは確かだね」
まぁ、文化祭2日目では疲労が元で怪我をしてしまったわけだが。あれは本当に大事故にならなくてよかった。改めて柳に感謝だな。
「じゃあ、あのドラムの奥のロッカーは何?掃除用具入れとは違うよね」
「あれは、楽譜用のロッカー。原譜が入ってる」
「原譜?」
「俺達が演奏で使ってる楽譜は、全部原譜をコピーしたものなんだ。学校のお金で買ったものだし、同じ楽譜を一度に複数人が使ったり、数年後に同じ曲をやったりするから直接書き込みはできない」
「なるほどー。だからコピーした楽譜を使うんだ。じゃあ今までの原譜が全部あの中に?」
「隣の棚にもね。前に覗いたけどびっしりだったよ。あの上の段のは各年の課題曲の原譜じゃないかな。音楽室の隣の準備室にもたくさん置いてある」
「捨てずにとってたら、いつか楽譜で溢れちゃうね」
「だね」
ところで佐々蔵。さっきから全くもって箒が動いてないが。他の当番の生徒はもう塵取りで集め出してるぞ。まぁ教師が見張ってるわけでもないから、どこもこれくらい緩いのかもな。
「ところで累人君。ぜひ君に訊いてみたいことがあるんだけど」
「何だよ」
そのニヤニヤした表情から察するに、ろくな質問じゃないんだろうな。
「ずばり、脈ありな女子はいないの?」
やっぱり。
「そもそも何をもってして脈ありなの」
「男女比率が圧倒的に偏っている集団でしょ。20人以上の女子に対して男子はたった3人。絶対内心キャーって思ってる子いるって」
「そのキャーは何」
「黄色い悲鳴」
「……まぁ俺はともかく、モテそうな奴はいるよ。あそこに」
と、外廊下で女子部員と話す男子生徒を指す。
「あの爽やか眼鏡の彼?」
「見た目もいいし、演奏もかなりうまい。あのアルトサックスは自持ちらしいよ。おまけにピアノも弾けてエレキベースも弾ける。家がそれなりの金持ちだって聞いたよ。勉学の方は知らないけど」
「何そのハイスペック。設定盛り過ぎ」
「実際夏休み前から部員の女子と付き合ってるって噂あるし。ああいう奴なら女子もキャーキャー言うんじゃないの」
「吹奏楽部は部内恋愛禁止とかないの?」
「むしろある?そんな部活」
「弓道部がそうだって同じクラスの子が言ってたよー」
「ほんとにあるんだ」
弓道部はかなり人気だって聞いたな、そういえば。中学時代にはなかった部活だし。今年の新入部員は4、50人だったとか。吹部だと間違いなく楽器が足りない。全部員の人数でもそこまでいかないのに。
「周りはともかく、君自身が気になる子はいないの?あの子可愛いなーとか、付き合いたいなーとか」
「それは…………んー…………別にないかな」
「ふーん。君の好みにどんぴしゃな子はここにはいないと」
「その言い方やめろよ」
「僕の勘だと、君にお似合いなのは活発系より物静か系。でもはっきり意見を言ってリードしてくれる。普段真面目で完璧に振る舞っているけど、ふとした時に見せる笑顔やお茶目なところ、機転を利かせて行動してくれるところが心に刺さる。そんな子かなー」
「具体的に解説するな」
全然違う。とはまぁ、言えないけど。
「他の奴は掃除終わったっぽいよ。佐々蔵はまだやるつもりか。ていうかやってないし」
「ちゃんと掃いたよー。最初の数分は」
「最後までやれよ。ほら、早く片付けなって」
「ほーい」
校庭側の壁際に置かれた掃除ロッカーへ箒を収めに行く。
ミーティングまであと7分くらいか。そろそろ部員が集まり始めた。
戻ってきた佐々蔵が、再び質問を投げかけてくる。
「最近はどんな曲やってるの?」
「オープンスクールが今月の終わりにあるから、それに向けて。何曲かは文化祭でやったのと同じだけど」
「そっか、演奏会あるもんねー。そうだ、あれやってたよね。去年のヒット曲の……何だっけ。チャッチャッチャッチャッチャラッチャー、みたいなの」
「えーっと…………ああ、メドレーのやつか。タイトルは確か…………あれ」
「どしたの?」
「いや、リュックに楽譜のファイル入れてたはずなんだけど……」
一通り探したが、見当たらない。
おかしいな。朝練の後確かに入れたのに。来る途中で落とした?いや、あんなでかいもの落として気付かないことあるのか。
まずい。これだと今日の練習が……。
「いた。おい、名神」
声に反応して顔を上げる。
音楽室の入口に、見覚えのある青いファイルを手にした柳が立っていた。
「あっ、それ俺の楽譜。柳持って来てくれたの?」
「やっぱりいるものだったか。ほら」
「ありがとう、助かったよ。でもどこにあった?廊下に落ちてた?」
「いや。教室のお前の机を運んだ時に中身が少し落ちて、その中にこれがあった。これから部活に行くお前が置いてくのはおかしいと思って」
「そうだったんだ。教科書と一緒に机に入れてたんだな俺」
「落としたノートとかは机に戻してある。悪かったな」
「いやいや、そんなの全然。俺のこと考えてこれ持って来てくれたんでしょ。ほんとに助かった。ありがとう、柳」
「…………ああ。じゃあ、頑張れよ」
笑顔を向けて礼を言うと、素っ気ない返事をして去っていった。
かなり目が泳いでいたけど、何だったんだろ。
「……ふむ。機転が利くところにグッとくる。そして相手は、直球の感謝に弱い。んー、なるほど」
「何ぶつぶつ言ってるの佐々蔵。ほら、ミーティング始まるから出た方がいいよ。お前だって部活あるだろ」
「そうだった。ま、こっちはゆるーくやってるよ。気が向いたらいつでも遊びに来てね」
そう言って音楽室を後にする。
ゆるーくか。こっちとは大違いだな。
部員が集合して、部長が教卓の前に立つ。
出席と連絡事項の確認の後解散。荷物と楽器を持ってパートごとに南棟の教室へ向かう。
渡り廊下に差し掛かると、山の向こうに夕日が見えた。あと1時間程すれば完全に沈んでしまうだろう。
「タッタッタッタッタラッター……」
そよ風の吹き付ける通路を歩きながら、何となく浮かんだフレーズを口ずさむ。
あ、思い出した。
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