上 下
289 / 308
愛溢れる世界

239:社交界の恋華

しおりを挟む


  フロアに出た俺は
熱気に圧倒されてしまったが、
すぐに義兄とルイが合流してくれて
なんとか心の平穏を取り戻した。

最後に入場した陛下が
開会の挨拶をして夜会が始まる。

俺の周囲にはティスと義兄とルイ。

鉄壁のガードの中で
俺はティスに渡された
ジュースグラスを持ち、
部屋のやや隅で立っている。

ティス曰く、
立っていれば挨拶する人は
向こうからやってくるので
移動する必要はないとのこと。

義兄は、こちらから
挨拶をしなければならない相手は
あとで行けばいいので、
最初のうちは、にこにこ笑って
話を合わせていろ、という。

ルイは会話は俺と
ティス殿下がするから
その中から相手の情報を拾っていけ、
と言ってくれた。

それに対しては感謝しかない。

前世でもルイと取引先に
行った時に、似たようなことを
した経験があるので、
このフォローをしてくれるのであれば
俺でも大丈夫だと思う。

俺は、よし、と気合を入れた。

社交界って知らないことばかりで
不安になっていたけれど。

よく考えたら、前世で言う
異業種交流会みたいなもんだよな?

互いに知らない人たちが
腹の探り合いをしつつ
交流を深めて、
利益があるなら繋がるし、
そうでない人はそれなりに、ってやつだ。

まぁ、純粋に友達ができることもあるだろうけど。

俺は前世で培った経験を元に
挨拶に来てくれた人たちの名前と顔を
貴族年鑑で見た名前と一致させていく。

顔を見て声を聞いたら
人の名前とかって覚えやすいんだよな。

きっと爵位の高い人から
挨拶に来てくれているのだと思うから
俺も気を抜かずに、にこにこと
ティスの隣で笑顔を浮かべておく。

まだ俺とティスとの婚約に関しては
何一つ発表されていないのに
何故か挨拶に来た人たちの
第一声は「おめでとうございます」だった。

何故だ?と思うが、
俺は曖昧にお礼を言う。

そして他愛のない話をして
挨拶に来た人は離れていくのだが、
その中で気になった言葉がある。

『さすが恋華の君の再来ですな。
お美しい』

父や母と同世代であろう人たちが
男女ともに、似たような言葉を
俺に言うのだ。

どう言う意味かとティスや
ルイ、義兄を見るが
誰もその言葉の意味はわからないらしい。

やがて挨拶が来る人が
落ち着いて、俺がようやく
持っていたグラスから
ジュースを一口飲んだところで、
クリムとルシリアンが
婚約者の二人を伴って挨拶に来てくれた。

メイジーとエミリーは
俺の姿を一目見て、
興奮したように褒めたたえてくる。

「お美しいですわ、
さすが社交界の恋華の君」

と、メイジーが言う。

すかさず俺は聞いてしまった。

「恋華の君って、なぁに?」

できるだけ問い詰めるような
口調にならないように
俺はメイジーに聞く。

するとメイジーとエミリーは
顔を見合わせて、
クスクス笑った。

「恋華の君とは、
元々は、アキルティア様の
お母様。
キャンディス様の呼び名でしたのよ」

メイジーが言うと
エミリーが言葉を続ける。

「なんでもキャンディス様は
誰もが出会った瞬間に、
恋に落ちてしまう美しい
恋の華のようだと社交界では
噂されていたらしいのです。

キャンディス様が学園に
通っていたころは、
男女関係なく、すべての学生が
キャンディス様に憧れ、
恋焦がれていたと聞きますわ」

女子二人はうっとりしたような
表情をした。

「そしてその恋華の君に
何年も求婚し続けた
アッシュフォード公爵様の
英雄談も数多く社交界には
残っておりますの」

メイジーはそう言うと俺を見た。

「そんなお二人のご子息が
今回、社交界デビューされると聞き、
恋華の君の再来だと、
公爵様と同じ世代の方々が
アキルティア様のお姿を見るのを
楽しみにしていらしたようで」

なるほど、と思う。

少し離れた場所にいる母を見ると、
母は数多くの貴族に囲まれている。

それこそ相手をするのに
困っているほどだ。

父はそんな母の隣で
苦々しい顔で母を支えている。

確かに母は俺を物珍しいと
見に来る人たちを
惹きつけてくれていた。

さすが、恋華の君。

「でも公爵と同じで
どんなに恋焦がれる人が出て来ても、
アキは誰にも渡さないけどね」

その話を聞いていたティスが
俺の耳元でそんなことを言う。

やめてくれ。
恥ずかしいし、そんな言葉を
義兄たちに聞かれたら
どうするんだ。

俺が顔を熱くしてうつむくと、
メイジーとエミリーが
お可愛らしいわ、と
きゃぁきゃぁはしゃぐ。

俺か?
俺が可愛いのか?

焦っていると、
そこへ騎士団長さんと
宰相さんが挨拶に来てくれた。

クリムとルシリアンの父親だ。

挨拶をすると
すぐに宰相さんが俺とティス。
それからルイと義兄の順番で
視線を移動させる。

「おめでとうございます。
ジャスティス殿下。

じつは今後のことで
陛下と相談していることが
ありましてな」

その言葉にティスが、
なんだ? と声を返す。

「詳しいことはおいおい。
ただ、ジャスティス殿下と
そちらのルティクラウン殿下の
結婚式を同時に開催するのは
どうかという案が出ておりまして」

なんだって!?

いや、気が早い。
義兄はすぐに結婚でも
いいかもしれないが、
俺は構う。

俺はかまうぞ!

俺はどっちでもいいとか、
構わない、なんて言わないぞ!

と心の中で叫んだが、
口には出さなかったので、
その話はそのまま流れていく。

だって俺、まだ学生だし?
未成年だし?

え、無理だよ?
無理だよね?

俺は宰相さんの言葉で
頭がいっぱいいっぱいになってしまう。

その後、騎士団長さんが
何かを言ってくれたし、
義兄やルイも気を遣ってか
言葉を掛けてくれたのだが。

俺はティスの声さえ
空返事になってしまい、
俺は社交界デビューを終えた。

だから俺はこの日、
夜会にいた人たちの間で

『まさに美しい恋華の君の再来だった』とか

『せっかくお会いできたのに、
キャンディス様と同じで
叶わぬ恋だった』とか。

いつのまにか俺が
創造神の愛し子だと言う話も
出てきてしまい、

『未来の王妃に相応しい』

『この国もこれで安泰だ』

なんて話でもちきりだったということも
全く知らなかった。

そしてそのことが後押しになり、
俺とティスとの結婚が
婚約式以上に前倒しに
検討されることになったのだが
それを知ったのも
かなり後のことだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜

ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……? ※残酷な描写あり ⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。 ムーンライトノベルズ からの転載です。

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

仲間を庇って半年間ダンジョン深層を彷徨った俺。仲間に裏切られて婚約破棄&パーティー追放&市民権剥奪されたけど婚約者の妹だけは優しかった。

蒼井星空
恋愛
俺はこの街のトップ冒険者パーティーのリーダーだ。 ダンジョン探索は文字通り生死をかけた戦いだ。今日も俺たちは準備万端で挑む。しかし仲間のシーフがやらかしやがった。罠解除はお前の役割だろ?なんで踏み抜くんだよ。当然俺はリーダーとしてそのシーフを庇った結果、深層へと落ちてしまった。 そこからは地獄の日々だった。襲い来る超強力なモンスター。飢餓と毒との戦い。どこに進めばいいのかも分からない中で死に物狂いで戦い続け、ようやく帰っていた。 そこで待っていたのは、恋人とシーフの裏切りだった。ふざけんなよ?なんで俺が罠にかかって仲間を危険に晒したことになってんだ!? 街から出て行けだと?言われなくてもこっちから願い下げだよ! と思ったんだが、元恋人の妹だけは慰めてくれた。 あのあと、元仲間たちはダンジョンを放置したせいでスタンピードが起こって街もパーティも大変らしい。ざまぁ!!!! と思ってたら、妹ちゃんがピンチ……。 当然助けるぜ? 深層を生き抜いた俺の力を見せてやるぜ!

イケメン御曹司の初恋

波木真帆
BL
ホテル王の御曹司である佐原恭一郎はゲイを公言しているものの、父親から女性に会うようにと頼まれた。 断りに行くつもりで仕方なく指定されたホテルラウンジで待っていると、中庭にいた可愛らしい人に目を奪われる。 初めてのことにドキドキしながら、急いで彼の元に向かうと彼にとんでもないお願いをされて……。 イケメンスパダリ御曹司のドキドキ初恋の物語です。 甘々ハッピーエンドですのでさらっと読んでいただけると思います。 R18には※つけます。

処理中です...