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愛溢れる世界

234:婚約の前倒し?

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 ルイの
「アキラ、他人事じゃないぞ?
お前の婚約の話だぞ」

という言葉に、
俺は勢いよくルイを見てしまう。

「目を見開いて見るのは
俺じゃなくて、
あの書類な」

ルイは呆れた顔で
テーブルを視線で示す。

俺がテーブルを見ると
確かにティーカップと一緒に
なにやら書類が置かれていた。

焦る俺の視線に気が付いたのか
陛下がゆっくりと声を出した。

「このたびアキルティアが
我が息子、ジェルロイドとの
婚約を承諾した旨を聞き、
婚約のための書類を揃えた。

婚約発表のタイミングや
結婚式に関しては
そちらのルティクラウン殿下と
相談して日程などは
決めたいと思う。

それで構わぬな?」

陛下の強い声に、
母と義兄とルイが揃って頷く。

父は母に無理やり
頭を下げさせられていたが
俺は驚きのあまり動けない。

昨日に今日で、
もう婚約って話が早すぎない?

「逃がさないように
陛下たちも必死なんだよ」

なんてルイに耳元で囁かれたが。

俺は何故か押しの強い
王妃様にペンを持たされ、
陛下に早く、と言われんばかりに
書類を見せらた。

ティスはにこにこ笑いながら
俺を見ているが、
いいのか?

俺はここでサインをしても
大丈夫なのか?

「婚約式は書類が整ってから
行う予定なの。

書類が先でも構わないわよね?」

俺が迷っていることに
気が付いたのか
王妃様がそんなことを言う。

婚約式ってのは、
貴族が婚約するときに
婚約者同士が婚約の書類に
サインをしたり調印したり
するための式なので、
書類が先なのはおかしい、
と思う。

……のだが。

俺の学んだ記憶が正しければ
婚約式とは、前世の結納式と
同じようなものだったはず。

ただこの世界の貴族の家同士の
結婚には、互いの家に何かしらの
恩恵や利益があるから
成り立つことが多いので
婚約式の時にはそういった
両家が取り決めた契約書も
同時にかわされるはずなのだが。

俺の目の前にそういった
書類がないということは、
俺が結婚した後の
公爵家の待遇とか、
恩恵とか、そういったことは
すでに父と王家とで
話し合われているのだろうか。

俺はその内容を
知ることはできないのか?

まずはそれを知りたい。
やはり契約をする際は
きちんと書類を読んで判断したい。

いや、これは仕事じゃないから
そんな必要はないのか?

でもここにサインをしたら
俺は王妃一直線……。

ペンを持ったまま震える俺に、
ティスは心配そうな顔をする。

わかってる。
サインをするんだよな?

だが指が震える。

人生の決断がいきなりやってきて
しかも拒否できない状況で
ビビってるんだ。

拒否したいわけではない。
わけではないが……。

前世で500万円の受注を
一人で受けて、契約書の書類に
サインをした時より緊張する。

そんな俺を見ていた父が、
母に手を握られながら
陛下に視線を向けた。

「可愛い息子は嫁に行っても
無理に王宮に匿う必要は
もうないだろう?

国家情勢も安定している。

時代は変わる。

まさか可愛い息子が
実家に戻れないなど
言わないだろうな」

どう言う意味かと思ったら、
義兄が小声で、
以前は命の危険もあり、
王族は王宮から出れないという
しきたりがあったそうだ。

まぁ、今は国際的な
問題で刺客が来ることは
なくなったと思うし、
護衛や警備は必要だろうが
そう言ったところは
緩くなっていくのだろう。

というか、
緩くなってもらわねば困る。

父の言葉に陛下も
考えるような素振りを
しながら頷いた。

「そうだな。
警護に関しても
以前のように厳しくする
必要ないだろうし、
本人が領地で休養したいと
言うのであれば
いつでも帰省すれば良い」

俺はその言葉に
ひとまずは安心する。

良かった。
父と母ともう会えないとか、
義兄とルイとタウンハウスで
お泊り会もできないとか
絶対に嫌だしな。

「そうか。
ではアキルティア。

結婚しても毎週末は
父様のところに
帰っておいで」

えっと。
満面の笑顔で言う父に
俺は返答に困る。

それにまだ結婚しないし。

ペンを持ったまま固まる俺に
王妃様が追い打ちをかけてくる。

「婚約式の衣装は
私に任せてね。
私とキャンディス様と
お揃いの素敵なものを
作ってあげるわ」

王妃様は笑顔で、
意気揚々と言うのだが
お揃いって……。

「まぁ、王妃様。
王妃様とお揃いだなんて
アキルティアにはまだまだ
早いですわ。

それよりも私と一緒に
この子の衣装を選んで
いただけたら嬉しいわ」

母がそう言うと、
王妃様は感激したように
「もちろんですわ」と
高い声を挙げる。

これ、俺の服よりも
母と一緒ってことに
王妃様は喜んでるんだよな?

そして母は、さりげなく
王妃様とお揃いの服を却下した。

母、怖えぇ。

「あとアキルティアの
魔法研究所への協力と
卒業後の仕事に関することも
忘れずにお願いします、陛下」

空気を読まず、いや、
逆に読んだからか、
ルイまでもが陛下に要望を言いだした。

いくら隣の国の王族でも
いいのか?

そんな口のきき方をして。

なんて俺は思ったが、
陛下は大きく、わかっている、
と頷いた。

「何も心配はしなくていい。
アキルティアが王家の嫁に
来てくれる。
それだけで十分だ」

謎だ。

何故そんな結論になるのか
謎過ぎる。

俺が嫁になるだけで
オールオッケーなのか?

そうなる理由を言ってくれ。

謎過ぎるが、
全員が納得している感で
話が進んでいるので
俺は口を挟むことができない。

「あの、でも僕
将来のこととか、まだ…」

俺は何とか声を振り絞った。
小さな声だったけど、
未来の王妃とかまだ無理だ。

覚悟がまだない。

そう言いたかったのだけど。

「アキルティア、
僕と一緒にいるって言ったよね?」

ってティスに縋るような顔で
言われてしまえば、
それ以上何も言えなくなる。

陛下と王妃様の無言の圧も強い。

これ、俺がサインしないと
話が進まないんだよな?

サイン……するしかないのか?

いや、無理やりサインを
させられているわけではない。

俺だってティスと
ずっと一緒にいたいって
本気で思ったんだ。

だから。

俺は。
とうとう俺は。

震える指で婚約の書類に
自分の名前を書いた。

……書いてしまった。

だって、まだ未来の王妃とか
無理だから保留にしてください、

なんて言える雰囲気じゃなかったし。

「よし。
これで婚約と相成った。

詳しいことは
おいおい決めれば良いだろう」

陛下はそんなことを言う。

裏返せば、
婚約さえしてしまえば
あとはどうでもいい、とも聞こえる。

何も決まって無いのに。
俺の気持ちさえ定まって無いのに。

婚約だけ先に決めちゃうって
どうかと思うぞ?

言えないけど。
言えないけどな!

両耳元で義兄とルイが
大丈夫だ。
心配しなくてもいい。
と言ってくれたが。

俺は何が大丈夫で、
なんで心配しなくていいのかさえ
全く理解できなくて。

俺は混乱のあまり
義兄のシャツをぎゅっと
握ってしまった。

そしてその姿に
気が付いたティスが
寂しそうな顔をしたことも、
もちろん、俺は気が付いていなかった。


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