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閑話9

前世兄の友人と俺・1【義兄ジェルロイドSIDE】

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 スクライド国とのゴタゴタが
落ち着いてもまだ俺は
忙しくしていた。

前世兄兼弟たちは
スクライド国のゴタゴタが
収束すればそれで終わりだが
俺はそうはいかない。

それにスクライド国だけでなく
ブリジット王国との関係性も
今後は見直す必要がでてきた。

戦後60年もの間、
ずっとギスギスしていた3国だ。

それを一から友好条約を作り
締結させていかなければならない。

問題は山積みだし、
やることもありすぎる。

ただ幸いなことに
スクライド国は現在、
この国のすることに
異論を唱えることはできないだろう。

なにせこの国には『救済の天使』がいる。

あっという間に自国を
蘇らせた俺の義弟を怒らせれば
またすぐに以前と同じような
状況に戻ることは容易に想像できる。

だからといって、
無理な条件を押し付ける気は
陛下たちもないだろうが
国境を正常化するにあたり
このことはかなり有効に
作用するだろう。

問題はブリジット王国だ。

今まで最低限のやりとりしか
してこなかったし、
この国に間者や暗殺者を
差し向けてきた過去もある。

条約を結んでも
どこまでそれを信じて良いのか
今はわからない。

だが、ブリジット王国の
現国王はルティクラウン殿下の
実の兄だ。

スクライド国の開戦の
情報も知らせてくれたし、
前国王とは違う考え方の
持ち主だと思いたい。

だがそんな曖昧なものではなく
確固たる信頼関係を
築くことができる
何か切り札が欲しい。

俺はそう思うものの
義父に進言するようなことは
何も思い浮かばない。

陛下や義父も
条約締結に向けて
動いてはくれているが、
決定打に欠けるのだ。

このまま友好条約を
結んでも、また相手国から
勝手に破棄される可能性もある。

なにせ今回がそうだったのだ。

相手を信じるところから
始めなければならないのかも
しれないのだが、
裏切られたばかりなのだから
慎重になるのも仕方が無い。

俺はため息をつきつつ
仕事場を出た。

かなり遅くなってしまった。

最近は帰宅時間が遅く
義弟となかなか夕食を
一緒にとることができない。

気にはなっているのだが
だからと言って、
無理やり顔を見せて
義弟と話をする気にもなれない。

なぜなら、義弟の、
いや、前世兄の友人と
こ、恋仲になってしまったからだ。

無性に気恥ずかしい。

前世兄の友人、
ルティクラウン殿下は
俺よりも7歳年下だが、
前世の記憶があるからか
俺よりも年上のように
感じることも多い。

義弟と同じように
俺を甘やかそうとするし。

周囲の人間には人当たり良く
話をしているが、
俺と義弟のお前だけは
言葉遣いも表情もすべて違う。

そして俺の前だけ
甘い視線を向けてくる。

それだけで自分が
『特別』だと思われていると
感じることができて、
俺は胸の奥がムズムズするような
言いようのない感情に襲われる。

だが不快ではない。

向けられる愛情は嬉しいし
俺もこのままの関係を
続けることができればと思う。

だが俺は公爵家とはいえ
養子だし、ルティクラウン殿下は
隣国の王子だ。

年も離れているし、
前世のように、
好きだから一緒にいる。

と言う感覚でいることは
できないだろう。

こんなふわふわした状態を
続けることができるのは
おそらくルティクラウン殿下が
学園を卒業するときまでだ。

この国では学園を卒業すれば、
すぐに成人とみなされる。

成人すれば、
大人と同じだけの
仕事と責任も与えられるのだ。

俺もいつまでこの日常を
続けられるかわからない。

俺は公爵家のだ。

いずれは義父の決めた相手と
結婚をして、子どもを成す必要がある。

俺はため息を吐き、
公爵家の馬車に乗る。

馬で通っても構わないのだが
馬車だと移動時間に
たまった仕事の書類を
見ることができるので
俺は馬車通勤を続けている。

だが馬車に乗っても
今日は書類を見る気になれなかった。

俺の前世兄、アキルティアは
随分と変わったと思う。

一番変わったのは、
負の感情を外に出すことを
覚えたということだろうか。

アキルティアは感情豊かだと
周囲には思われているが、
辛い、苦しい、というような
負の感情は他人には一切漏らさなかった。

前世は泣き言を
言える環境ではなかったし、
その記憶があるからだろう。

アキルティアは俺の感情には
敏感で、やたらと俺に
まとわりついてはいたが、
素直に「寂しい」「しんどい」
「嫌だ」なんて言ったことは無かった。

だがアキルティアは
年を重ねるごとに
周囲に甘えるようになってきた。

まるで感情を出せる
安全な場所を見つけて、
幼少期からやりなおしているかのように。

そして幼少期からやり直すことで
前世の兄と、アキルティアが
一つに混ざり合い、
一人の人間として形成されて
いっているように俺は思う。

そしてアキルティアは
おそらく、恋をした。

というか、ようやく気が付いた。

その様子を見ているだけで
前世兄が幸せになっているように
思えて嬉しくなる。

だが俺は思うのだ。
俺はいつも、前世に拘って生きてしまう。

アキルティアは俺を
弟として見ることもあるが、
すでに前世は前世と
割り切っていると言うか
そういう過去もあった、という
認識になってきている。

だが俺はいつまでたっても
今の人生を前世の延長として
捉えてしまう。

前世をただの過去として
見ることもできず、
アキルティアのように
前世の自分と現在の自分を
融合させるなんて
できそうにもない。

俺はまだ、
を生きているんだ。

ルティクラウン殿下のことも、
愛情は嬉しい。

だが兄の友人だという気持も
捨てきれない。

ウダウダ考えていると
あっという間に馬車は
公爵家のタウンハウスに着いた。

俺は御者に礼を言い
馬車を下りる。

今日はもう寝てしまうか。

そう思った俺の目の前に
ルティクラウン殿下が現れた。

「おかえり」
とにこやかに言われるが
俺は驚きすぎて声が出ない。

もう深夜に近い時間帯だ。

なんでこんなところに……。

「馬車の音が聞こえたから。
夜食用意してもらってるから
こっちに来いよ」

ぐい、と手を引かれて
俺はゲストハウスに連れて行かれる。

強引だと思ったが
拒否する気力は無い。

いや、繋がれる手のぬくもりも
正直、嬉しい。

ゲストハウスのサンルームに
連れて行かれると、
そこにはサンドイッチやマフィン。
チーズやソーセージなどの
食事と、豪華なお菓子が並んでいる。

そう、食事よりも
お菓子の方が豪華な品揃えだ。

「……アキルティアが?」

俺は思わず呟いた。

きっとここに甘い物大好きな
義弟がいたのだろう。

そうでなければ
こんな献立になるわけがない。

俺の言葉にルティクラウン殿下は
「ずっと待ってたんだけどね」と
悪びれも無く言う。

「でも眠そうだったから
タウンハウスに戻した」

俺はその言葉に感謝する。

アキルティアは前世の記憶が
あるからか、自分の体力を
過信することがある。

そう言う意味では
ルティクラウン殿下には
感謝するしかない。

「ほら、座って。
腹減ってるだろ?

それに俺も二人っきりで
話したいことがあってさ」

その言葉に俺は息を詰まらせた。

ルイ殿下が学園を
卒業するまでは
このままだと思っていた。

だが戦争を回避して
国際情勢が定まっていない今、
この甘い時間の終わりが
決定してしまったのだろうか。

俺は上着を脱ぎ、
イスの背に掛ける。

「まずは食べてから」

そう言われて
俺はルティクラウン殿下に
差し出されたお茶を手にしたが。

息苦しくて
何も食べれそうになかった。


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