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高等部に進級しました

193:恋する侍女

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 ルイは先に教室に戻ったようだが
俺はまだ授業開始までに
少し時間があることに気がついた。

すぐに教室に戻るよりも、
いつもの中庭に出ようと俺は
クリムとルシリアンに提案する。

俺はそこで二人に
思い切ってティスとのことを
相談に乗ってもらおうかと思ったのだ。

何せ恋愛経験ゼロの俺には
『特別の好き』を認識するスキルが無い。

二人は仲の良い婚約者もいるし、
きっと俺の相談に乗ってくれると思う。

俺はなけなしの気力で
ヤル気を作り中庭に出たのだが、
俺たちがベンチにたどり着く前に
王宮からの使者が走って
俺たちを追いかけて来た。

ティスを呼びに来た使者らしいが、
どうやらクリムとルシリアンのことも
探していたらしい。

二人は俺のことを心配して
特別室に迎えに来てくれたから
きっと入れ違いになったんだろうな。

しかし、ティスだけでなく
クリムとルシリアンまでも
王宮に呼び出されるとは。

何かあったのだろうか。

俺も一緒に行っても良いが、
逆に俺に知られなくないことかもしれないし。

「アキ様、申し訳ありません」

クリムが王宮に行かねばならないと
俺に謝罪する。

「ううん、大丈夫」

俺は返事をするが
ルシリアンが心配そうに俺を見た。

「アキ様はこの後、
どうされますか?
その、お1人で学園に
残るのでしょうか」

二人がいないと俺は
ひとりぼっちになるからな。

その心配をしてくれているのだろう。

そうさ。
相変わらず俺は
仲良しのクラスメイトは
ゼロなのさ。

なにせクラス替えが無いからな。

初等部の時のミスが
こんなに続くとは
俺も思わなかったぜ。

でもクラスの皆が冷たいとか
意地悪されるとか
そんなのではなくて。

みんな話しかけたら親切だし、
その場では仲良くしてくれるのだ。

ただ、俺の公爵家という地位が。
いや、現公爵家当主である
俺の父の存在が、
俺に下手に関わって
機嫌を損ねてはならないという
暗黙のプレッシャーになり、
誰も俺と深くかかわろうとしないのだ。

理由はわかる。
理解もできるので
俺も無理にクラスメイト達と
親交を深めようとは思わない。

だって話をしていても
相手がめちゃくちゃ緊張して
気を遣われているのがわかるのだ。

話しかける俺だって
気を遣うぜ。

俺は一人でも授業を受けようかと
思ったが、二人があまりにも
俺を心配するので、
俺も二人と一緒に
早退することにした。

この後の授業は
算術と歴史なので
受けなくても問題はない。

俺はキールに言って
馬車を用意してもらうことにする。

二人は俺が公爵家の
馬車に乗るまでは
ずっとそばにいてくれて、
「また明日」と笑顔で別れた。

馬車の中で「良いご友人たちですね」
とキールが言ってくれる。

うん。俺もそう思う。

俺がひとりぼっちになることを
あんなに心配してくれるんだもんな。

「ですが、先ぶれを出さずに
本当によろしかったのですか?」

キールが俺に聞く。

俺がタウンハウスに戻る時は
たいてい、キールに
先ぶれを出してもらう。

俺の出迎えの準備とか
着替えの準備とか
お茶の準備とか色々あるからだ。

俺は必要ないと思うのだが
先ぶれを出すことで
使用人たちの仕事の段取りが
しやすくなるのだから
出さないわけにはいかない。

だが今日は予定外の早退だし、
使用人たちには、
俺の出迎えなどせずに
普段の仕事を全うして欲しいと思う。

着替えの準備もお茶も必要ないし、
準備ができずに長時間待たされても
別に構わない。

いっそ俺が自分でやってしまっても良いわけだしな。

俺がそう言ったことを言うと
キールはかしこまりました、と頷いた。

タウンハウスに戻り、
キールが馬車から先に下りて
俺に手を貸してくれる。

別に馬車のステップぐらい
手を借りなくても
下りれるのだが、
俺が万が一躓いて
怪我でもしたら父が何を言うか
わからないので、
俺は毎回、キールの手を借りる。

あの父のことだから
俺の傷が治るまで
屋敷から出さないとか、
それぐらいなら構わないが
キールをクビだ、とか
言い出しかねない。

先ぶれも無く戻ったので
当たり前だが誰も俺を
迎えに外に出てはいなかった。

キールが俺を先導して
屋敷の扉を開ける。

と、扉を開けた途端、
目の前にキリアスとサリーが
何やら話をしているのが見えた。

何やら仕事の話をしているようで
難しい顔をしている。

が。

話を終えた瞬間、
二人の視線が重なり、
サリーの表情が驚くほど
やわらかくなった。

いつもは真面目なキリアスも
優しい瞳になる。

俺は驚いた。

二人ともいつも真面目で
感情表現を押さえている印象だったから
少し頬を染めるサリーも、
そのサリーを優しく見つめるキリアスも。

まるで別人のように思えた。

「ただいま戻りました」

そんな二人を割くように、
キールが無情な声を出す。

キールの声に二人は
驚いたように体を揺らし俺を見た。

「アキルティア様、
このようにお早いお戻りとは、
何かございましたか?」

キリアスが慌てたように
俺のそばに早足で来る。

「ううん。
えっと、ごめんね、邪魔した?」

まさか、教室でひとりぼっちに
なるから帰って来たとは言えず、
俺は苦し紛れに、
そんなことを言ってしまう。

キールは目を見開き、
首を振った。

「いいえ、何も。
サリー、アキルティア様に
着替えとお茶の準備を」

サリーもいつもの真面目な顔で
俺を見て「おかえりなさいませ」と
言うと、準備をしてまいります、
と頭を下げた。

いつもの二人だ。

だけど先ほど甘い視線を
交わしていたのは
見間違いではないと思う。

俺はキールに促されて
自室へと戻ったけれど。

俺はさっきの二人の様子が
頭から離れず上の空になってしまい、
着替えを手伝ってくれた
キールに物凄く心配をされてしまった。








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