上 下
237 / 308
高等部に進級しました

192:特別の好き

しおりを挟む


 腰が抜けた俺が
ソファーに座っていると
再び扉をノックする音がした。

キールが扉を開けると、
ルイとクリム、ルシリアンが
顔をのぞかせた。

「アキ様!
いかがされました?」

俺を見て、
ルシリアンが慌てて
部屋に入ってくる。

「えっと、その。
腰が抜けて……」

恥ずかしくてゴニョニョと
俺は言ってしまう。

「もしや、殿下に何か……!」

とクリムが声に出して、
慌てて口を紡ぐ。

うん。
滅多なことは言わない方が良いと思う。

「それで?
なんでそんなことになってんだ?」

ルイが呆れたように言い、
俺のそばに来た。

キールはルイが来ると
すっと場所を譲って
ドアのそばに立つ。

だが今度は部屋の中だ。

「なんか、驚いて……?」

どう言えばいいかわからず、
俺は曖昧に言う。

「それより、なんでみんな、
ここに来てくれたの?」

俺が聞くと、
クリムとルシリアンが
顔を見合わせた。

「じつは、ティス殿下と
お二人で食事と聞いて、
その、心配してしまって」

クリムがおずおずと言う。

その言葉を引き継ぐように
ルシリアンが俺を見た。

「この場所には
王族でないと来ることが
できませんし。

そこで食堂で偶然出会った
ルイ殿下にお願いをして
ここまで連れて来ていただいたのです」

なるほど。

ルイは国賓だし王族だから
別枠でこのフロアを
使えるってことか。

というか、
ティスと二人でランチを
食べるだけなのに、
心配って。

どんだけ二人は心配性なんだ?

いや、何に心配したのかは
聞かないでおこう。

俺の挙動不審な様子に
俺がティスと何かあったことは
すぐにわかっただろうし。

それにしてもルイだ。
きっと俺とティスの様子を
おもしろがって見に来たんだろうな。

まぁ、正直助かったけれど。

ヤバかった。
ティスのあんな甘い声も
瞳も、俺は知らない。

思い出しただけで
頭が沸騰しそうになる。

「……やはり来てよかったです」

俺の様子を見ながら
ルシリアンがそうつぶやき、
隣に立っているクリムも頷いた。

俺はいたたまれなくなったが
すぐに動けるわけでもなく、
キールに頼んで皆に
お茶を淹れて貰った。

3人はすでに食事は
終わっていたらしく
俺の体調が戻るまでお茶に付き合ってくれた。

全員、俺に何があったかは
聞こうとはしなかったが、
きっと一目瞭然だったのだろう。

クリムには
「何か困ったことが起きた時は
すぐに大声を挙げて下さい」
と真剣な目で言われ、

ルシリアンからは
「アキ様、嫌な時は
きちんと嫌だと伝えることが
大切ですよ」と言われ、

ルイからは
「いつまでも相手は
子どもじゃないんだぞ」と言われた。

つまり俺は子どもだ、と
暗に言われたのだろう。

否定はできそうにない。

ようやく俺が動けるようになり
教室に戻ることになったが
ソファーから立ち上がった俺に
ルイが小さな声で言った。

「アキラはさ、
ややこしいこと考えなくても
いいから、好きなようにしろよ」

なんだ、いきなり。

俺はルイを見た。

「この世界にはな、
『アキルティア様のお望みのままに』
って呪文があるぐらいだ。

何をやっても大丈夫だろ」

「なんだよ、その呪文」

俺は笑った。

だがその呪文は何度も
聞いたことがあった。

公爵家の使用人たちが
良く使う言葉だからだ。

「でも、そう言うことなんだろ?
それがアキラが貰った
『祝福』なんだろ?」

その言葉に俺は
数年前に聞いた
カミサマの話を思い出した。

そうだ。

何があっても、
物事が俺に対して
良い方向に流れていく運の良さが
俺に与えられた『祝福』だとか言ってたっけ?

だから俺は今まで
好き勝手に自由に行動できたのだろうか。

確かにありがたいけれど
それは恋愛にも
有効なのだろうか。

疑問はあるが、
今まで俺がしてきたことで
不平や不満がでたことがないから
『祝福』はきっと、かなり
強力なものに違いない。

「アキラが望めば、
王妃がどうとか、
仕事がどうとか。

そう言うのは
それなりになんとか
なると思うぜ」

物凄く軽い調子で言われ、
そんな簡単に行くわけないと
咄嗟に反論しそうになる。

たが俺はルイの
いつもの調子良さに
「そんなもんか」と思ってしまった。

前世で他社と揉めた案件でも
ルイが「なんとかなるだろ」と
軽く言った時は、
たいていなんとかなった。

それはルイが未来を読めたとか
そういうことではなく、
「なんとかなる」と楽観したことで
緊張から抜け出して
その件に関して柔軟に
考えることができるようになったからだ。

今も同じだと俺は思った。

俺はティスと結婚するとか
王妃になるとか、
そんなことにばかりこだわっていた気がする。

まだ俺もティスも
成人を迎えていないし、
もっと視野を広く持って
もう一度、ティスとのことを
考えてみても良いのかもしれない。

それに今の俺の人生は
今ままでなんとかなってきたしな。

愛し子の活動も、
民衆の意識改革に関してもそうだ。

それからルイの国の
王家とも対立せずにルイを
この国に留めることができた。

無理だと思うことも、
俺だけじゃなくて、
みんなの力でなんとか
やってこれたのだ。

なら、これからもなんとか
なるのではないか?

俺はルイに背中を押される。

「ほら、とにかく
次の授業が始まるから
教室に戻ろうぜ」

「う、うん」

俺は背中を押されて
クリムやルシリアンたちと
一緒に部屋を出る。

キールが部屋の鍵を閉めて
フロアの階段傍にいた王家の警備騎士に鍵を渡した。

俺はゆっくりと階段を下りつつ
ティスのことを考えた。

いつのまにか、
ずっと可愛いと思っていた
ティスはいなくなっていた。

俺よりも年上だが
弟のようだと思っていたのに。

「なあ、アキラ」

階段を下りていると
ルイが再び俺の隣に来た。

そういえばルイも
急に背が伸びたと思う。

俺はルイを見上げたが
ルイは俺を見ることなく
前を向いたまま声を出した。

「もしさ、アキラが
ティス殿下を選ぶなら
アキラの懸念、
俺が全部払ってやるよ」

何を言ってるんだ?
って思った。

「アキラが特別に
好きなのは誰か、
ちゃんと考えてみろよ」

ルイはそれだけ言って
足を早める。

ルイは先頭を歩いていたクリムに
何やら耳打ちをして
早足で先に行ってしまう。

俺は足を動かしながら
ルイの言葉を頭の中で
繰り返す。

俺が誰が好きかを考える。

ルイが好き。
兄が好き。
ティスが好き。

全部一緒の『好き』では
もういられないんだ。

俺はそのことに気が付き、
思わず立ち止まったが。

すぐに後ろから来た
ルシリアンに背中を支えられ
また歩き出す。

「アキ様、大丈夫ですか?」

ルシリアンに聞かれて
俺は曖昧に笑って頷く。

「うん、ごめんね。
心配かけて。大丈夫」

心の中は全然大丈夫ではなかったが。

俺はなんとかそれだけ言うと
クリムとルシリアンに
心配を掛けないようにと
必死で足を動かした。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜

ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……? ※残酷な描写あり ⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。 ムーンライトノベルズ からの転載です。

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

仲間を庇って半年間ダンジョン深層を彷徨った俺。仲間に裏切られて婚約破棄&パーティー追放&市民権剥奪されたけど婚約者の妹だけは優しかった。

蒼井星空
恋愛
俺はこの街のトップ冒険者パーティーのリーダーだ。 ダンジョン探索は文字通り生死をかけた戦いだ。今日も俺たちは準備万端で挑む。しかし仲間のシーフがやらかしやがった。罠解除はお前の役割だろ?なんで踏み抜くんだよ。当然俺はリーダーとしてそのシーフを庇った結果、深層へと落ちてしまった。 そこからは地獄の日々だった。襲い来る超強力なモンスター。飢餓と毒との戦い。どこに進めばいいのかも分からない中で死に物狂いで戦い続け、ようやく帰っていた。 そこで待っていたのは、恋人とシーフの裏切りだった。ふざけんなよ?なんで俺が罠にかかって仲間を危険に晒したことになってんだ!? 街から出て行けだと?言われなくてもこっちから願い下げだよ! と思ったんだが、元恋人の妹だけは慰めてくれた。 あのあと、元仲間たちはダンジョンを放置したせいでスタンピードが起こって街もパーティも大変らしい。ざまぁ!!!! と思ってたら、妹ちゃんがピンチ……。 当然助けるぜ? 深層を生き抜いた俺の力を見せてやるぜ!

イケメン御曹司の初恋

波木真帆
BL
ホテル王の御曹司である佐原恭一郎はゲイを公言しているものの、父親から女性に会うようにと頼まれた。 断りに行くつもりで仕方なく指定されたホテルラウンジで待っていると、中庭にいた可愛らしい人に目を奪われる。 初めてのことにドキドキしながら、急いで彼の元に向かうと彼にとんでもないお願いをされて……。 イケメンスパダリ御曹司のドキドキ初恋の物語です。 甘々ハッピーエンドですのでさらっと読んでいただけると思います。 R18には※つけます。

処理中です...