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高等部に進級しました

184:苦手

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 黙り込んだ俺を
義兄はどう思ったのか、
いきなり俺の頭をぐりぐり撫でた。

「前世で兄貴は、
自分のことはいつも
後回しだったから、
自分のことを考えるのは
苦手なんだろう。

今は義父がいつも
アキルティアの
感情を先回りして
動いているから。

アキルティアが心地よく
過ごせるように
公爵家の使用人たちも
すべてが、アキルティアを
中心に動いている。

今までのアキルティアは
わざわざ自分がどうしたいのか、
なんて考えなくても
生きてこれたんだな」

改めて言われて
俺は義兄の言葉に
素直に頷いた。

というか、納得した。

だって俺、この世界で
沢山の人に愛されて
守ってもらえて、
好き勝手に行動してきた。

でも誰も俺を咎めなかったし、
俺の周囲には、
俺が望むことを全力で
叶えてくれる人たちばかりだ。

父は俺が何かを望む前に
先に心地よい場所を作ってくれたし
俺が望む前に、先に俺が
欲しいと思うような物が
準備されて俺の前に出て来ていたのだ。

俺はそれで満足していたから
何かを欲しいとか、
何かに対して、
絶対にしたいなどと
主張することはなかった。

あったとすれば、
この世界の住人たちの
意識改革の必要性を
訴えた時ぐらいだ。

俺は改めて
自分が恵まれていたのだと
思い知らされる。

「だから、ゆっくりでいい。
アキルティアがどうしたいのか
考えてみてくれ。

私は兄として、
それを全力で手助けすると誓おう」

再び兄に戻った義兄を
頼もしく感じたものの、
俺は意地が悪い質問をしてしまう。

「それは前世で僕が兄だったから?」

「私が兄だからだ」

迷うことなく
すぐに帰ってきた返事に、
俺は笑ってしまった。

「血は繋がっていなくても
弟は可愛い。
そういうものだろう?」

全力で守りたくなるものだ、と
言われて、頷かないわけにはいかない。

だってその感情は俺が前世で
経験してきたことだから。

「頼れる兄様を持てて
僕は幸せです」

俺はアキルティアに戻り、
義兄に笑う。

「俺は?
頼れる親友を持って
幸せだろう?」

ルイが急に俺の手を取る。

「私の大事な弟に
勝手に触らないでください」

そのルイの手を
義兄が素早く避ける。

一応、隣国の王子という
身分を気にしてか、
乱暴な仕草では無かったが
ルイは唇を尖らせた。

「弟君、ちょっと警戒しすぎ」

「警戒?
兄様、何を警戒してるの?」

不穏な言葉に
俺は首を傾げてしまう。

だが義兄は首を振り、
返事を避けた。

「さぁ、アキルティア。
そろそろ風が冷たく
なってきた。

部屋に入って休むといい。

ルイ殿下は私が責任をもって
学園に連れて行こう」

「えーっ」

ルイが不満そうな声を出すが
義兄は問答無用で
ルイを立ち上がらせる。

「まだしばらく領地にいるつもりか?」

俺は言葉に詰まった。
そろそろタウンハウスに
戻るつもりではあったが、
なかなか踏ん切りがつかない。

だが、このままでは
ダメなこともわかってる。

「アキルティアが戻る日が
決まったら教えて欲しい。
迎えに来るから」

義兄がそんなことを言う。

もともと義兄は
過保護で俺を甘やかすが、
俺が領地に引きこもってから
さらに輪をかけて
俺を甘やかしていると思う。

それぐらい、
心配をかけているのだろうが。

「……明日。
明日には、戻ります」

俺はそう答えた。
自分のことで周囲に
心配をかけ続けるのは
俺の本意ではない。

「そうか。
では明日、夕方に
迎えに来る」

「俺も、俺も迎えに来るから」

とルイが付け足すように言うが
義兄はそれを無言で
却下する。

「アキルティア、見送りはいい。
部屋に入りなさい」

俺は義兄にそう言われ
素直に席を立った。

義兄は次期公爵家当主として
貫禄が出て来たと言うか、
厳しい言葉で言われると
正直、ドキっとする。

ビビッてなんかないけど。

今の義兄は、
俺の前世弟の年齢を過ぎ、
前世の俺の年齢にも
追いつくぐらいだ。

もう義兄は俺の可愛い
弟ではないし、
義兄は義兄の人生を歩んでいる。

俺も。
秋元秋良ではなく
アキルティアとしての人生を
しっかり生きなければ。

俺は義兄に引きずられるように
庭から出て行くルイを見送り
部屋に戻る。

庭から出ると
すぐに侍女が頭をさげて
俺を屋敷に迎え入れてくれたし、
お茶の片付けもしてくれるだろう。

俺は自室に戻り、
そのままベットに転がった。

一人だし、行儀作法など
言う人間はいない。

「ルイ、本気だったな」」

俺は庭でのルイの言葉を
思い出していた。

頭の中で、真剣な顔をしたルイが言う。

「恋愛は理屈じゃない。
男とか女とか関係なくて。

そいつじゃなきゃ
絶対にダメだって、
そう思うから恋なんだよ」

その言葉に、
俺は胸を撃ち抜かれた。

だって俺は今まで
そんな想いを抱いたことなどなかったから。

前世でも可愛い女の子と
付き合いたいとか
そんなことを思っていたが、
そこまで真剣に、
誰かを愛したことなどない。

アキルティアとして
生きてきた今でもそうだ。

ルイはきっと
そんな相手がいたんだろうな。

そしてそんなルイが
今は義兄のことが……好き?

本気か。

そういやルイは義兄と
会った時から
「結婚しよう」とか言ってたな。

ずっと冗談だと思ってたが
本気だったのか。

義兄は絶対に
ルイの気持ちに気づいてないぞ?

悪い冗談か、
嫌がらせぐらいにしか
思ってないんじゃないかと思う。

ルイ、いいやつなのに
あんなに女性にモテてたのに、
恋愛に関しては
ダメダメな奴だったんだな。

……だから女性と付き合っても
長続きしなかったのか。

などと俺は自分のことを
棚上げをして
ルイの恋の行方を心配してしまった。

もちろん、現実逃避だと
頭の隅では理解していたが。

そしてそんな俺の頭の中でルイが怒鳴る。

「俺のことはいいから、
自分のことを考えろ!」

俺は自分の想像に苦笑して
ふて寝でもするかと
目を閉じた。




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