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高等部に進級しました

180:混乱

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 俺が領地の屋敷で
療養をしはじめて、
もう10日になる。

熱も下がったし、
そろそろタウンハウスに
戻らないとダメだろう。

母はいつまでも
領地にいていいのよ、と
毎日俺の髪を撫でてくれるし、
父は相変わらず過保護だし。

父が仕事に出ている間は
俺は母にべったりで、
その間に俺が小さかった頃の話や
父と母のなれそめとか。

色んな話をした。

母はやはり前世の記憶は
ないみたいだったけれど、
話の端々に父からの過剰な愛を
喜んでいることがわかって
俺は嬉しかった。

こうしてゆっくり母の話を聞き、
俺は母が幸せなことを
確認したかったのだと思う。

前世の弟だけでなく、
母も幸せだ理解できて、
ようやく俺は前世に対する
わだかまりが無くなった気がした。

俺は領地の屋敷にある
自室の窓を開けた。

心地よい風が入ってくる。

俺は先ほどまで母と一緒に
昼食を食べていた。

母は照り焼きソースが
気に入ったようで、
領地のシェフも積極的に
メニューに取り入れているらしい。

母にどうやって照り焼きソースを
思いついたのかと聞かれた時は
母に前世の記憶がないことを
確認できたので良かったが、
返答に困った。

そこで天下の宝刀とも言うべき
『カミサマが夢の中で……』
とゴニョニョ言って誤魔化したのだが
母は素直すぎるのか

「まぁ、創造神様は人間の
食に関しても良くご存じなのねぇ」

と笑ったのだ。

素直だし、可愛らしい人だと思う。
そしてたまに、物凄い強さを感じる。

体は弱いが意志の力が強いと
言うのだろうか。

俺もまだまだ体力がないから、
せめて母みたいな強さを持った人間に
なりたいとそう思える女性だった。

父が溺愛するのもわかる。

俺は昼食を食べて
お腹がいっぱいになり
自室に戻っていたが、

昼寝をする気分でもなく
本を読む気分でもなく、
ただなんとなく、
窓の外を見た。

領地の屋敷に戻り
俺は随分と甘えさせてもらった。

母には泣き言ばかり言ってしまったが
だいぶ気持ちも落ち着いてきたと思う。

たぶん、ティスと実際に
会ってないからだ。

ティスとこんなに会ってないのは
何時ぶりだろうか。

お互い、体調を崩した時も
会わないのは最長で
一週間ぐらいだった。

今はその記録を更新中だ。

いつもなら絶対に
会えないなりにも
ティスから手紙が届いたし、
義兄を通じて、何かしらの
リアクションをしてくれていた。

だが、今回はそれが無い。

きっとティスは
俺の意志表示を待っているのだと思う。

ティスは今まで通りで構わないと
そう言ってくれたが、
俺はその返事をしていないからだ。

ふう、と息を吐いた。

気分転換がしたくなり
俺は庭に出る。

王宮ほどではないが
公爵家の庭も広い。

俺も16歳になり、
さすがに屋敷内で
侍女や護衛がついてくるような
ことはなくなったが、
相変わらず屋敷内には
護衛や騎士が多くいる。

俺が出歩けば
必ず誰かの目には留まるし、
さりげなく俺の行動や
位置情報の交換は
されていると思う。

成長して俺は
そういうことも
気が付くようになった。

転生して俺はずっと
前世の感覚で生きて来たけれど。

それが許される環境にいたけれど
これからは変わるかもしれない。

公爵家の中で守られて
ずっと生きていくのであれば
そんなことはしなくても良いだろうが、
学園を卒業したら……

ましてやティスの隣に
立つと言うのであれば、
もっと貴族社会とも関わって
いかねばならないだろう。

そんなことを考えると
気が重くなる。

ティスと離れるなんて
考えられない。

けれど、ティスの隣に
立つと言うことが
この国をティスと共に
支える王妃というのであれば
俺には無理だと思う。

じゃぁ、王妃は無理だから
ティスとも距離を置いて
付き合いをやめれるかと言えば
それは嫌だと思ってしまう。

だから結局俺は
どうすればいいのかわからずに
ぐるぐると思考が空回りして
タウンハウスに戻れないのだ。

だって戻ったらまた
学園か王宮でティスと、
会ってしまう。

会いたくないわけではない。
だが会って何を言えばいいか
わからないのだ。

俺は薔薇の花が見えるガゼボに座った。

この薔薇は公爵家が
品種改良して生み出した
薄い紫色をした薔薇で、
母の瞳と同じ色をしていた。

父はこの花を持って
母にプロポーズしたらしい。

父は意外とロマンティストだ。

どちらかといえば
可愛らしい容姿の母の方が
父よりもあっさりしている。

なにせこのエピソードを
語った時母は、

「プロポーズするために
わざわざ品種改良をしたらしいのよ。

研究者だけでなく、
魔法使いや魔石を使って
何年もかけて成功させたらしいのだけど。

それを公爵家だけで楽しむなんて
時間とお金の無駄だと思うの」

と言ったのだ。

つまりこの紫の薔薇は
公爵家にとっては門外不出の花扱いなのだ。

他家に持参することもないし、
ただ、この庭で愛でるだけのもの。

母の言うように生産性がまったくない。

市場に出せば、かなりの利益を
生み出せると思うのだが、
父にとっては母への愛の証であり
利益は関係ないのだろう。

だがそんな父の感情を
『時間とお金の無駄』と
言ってしまえるあたり母は凄い。

俺は父が暴走すると
父を甘やかして
軌道修正しているが、
母はむしろ力業で父を
黙らせているのかもしれない。

俺ももし結婚するなら
あの二人のように
一緒にいることが自然で
互いを思いやることも自然で。

信頼しあえる相手と
結婚したいと思う。

だって、あの母の強さは
父に愛されている自信があるからこそ
生まれるものだと思うから。

「愛されて、か」

はぁ、と俺はため息をつく。

理想の夫婦像はあるが、
実際に自分が誰かに愛されるとなると
また話は変わってくる。

「いったいどうすればいいんだか」

『だからなに悩んでるか、
早く言えよ』

急にそんな声がして
俺は驚いた。

「ピルル、いつのまに……」

ルイの使い魔の小鳥、
ピルルがいつのまにか
ガゼボのテーブルの上にいた。

ピルルは普通の小鳥のようだが
ルイと会話ができる通信機にもなるのだ。

「ルイ……なんだ、
俺を心配してくれてんのか?」

わざとからかう様に言ったが
ピルルは不満そうに鳴いた。

そして嘴を開く。

『あたりまえだろ。
何年おまえの親友やってると
思ってんだよ』

親友、その言葉に
また俺は勝手に傷ついた。

ティスを親友だと
言い続けていたのに、
ティスはきっとそうじゃなかった。

「悪い。
なんでも……ない」

何を言っても
泣き言になりそうで
俺は首を振る。

『そんなわけないだろ。
なら、なんでタウンハウスに
戻ってこないんだよ。

俺、暇だし、寂しい、つまらないぞ』

「はは、なんだよ、寂しいって」

俺は笑う。
子どもか、というと、
『子どもだ』と返事が返って来た。

こういう気さくなやり取りも
久しぶりだ。

なんだか俺は、ほっとした。
大丈夫。
俺はいつも通りだ。

「なぁ、ティスはどうしてる?」

できるだけ感情を押さえて聞いてみる。

『ティス殿下?
おまえの引きこもりは
やはりあの殿下が原因か?』

俺は何も言ってないのに、
ルイはそんな指摘をする。

「引きこもってなんかないし。
熱出ただけだし」

俺が慌てて言うが
ルイは信じそうにない。

『そのわりには
元気になっても
戻って来ないじゃねーか』

俺は、うっ、と言葉に詰まる。

だってティスと、
どんな顔をして会えばいいかわからないんだ。

ピルルはちょこちょこと
テーブルの真ん中から
俺のところに来た。

そして嘴でつんつん、と
テーブルの上にあった
俺の指をつつく。

それから心配してるんだと
言わんばかりに飛び上がり、
俺の肩に乗った。

そのまま柔らかい羽で
俺の頬をすり、っと撫でる。

まるで俺を慰めてくれているみたいだと俺は思った。

『そんで? 何があった?』

できれば黙秘したい。

『アキラ、いい加減に吐け。
手ぇ貸してやるから。

それとも無理やり
そっちに出向いて洗いざらい
吐かせてやろうか?』

ルイが物騒なことを言う。

だがその言葉の奥に
俺はルイの心配が読み取れてた。

ありがたいと思う。

「ルイ」

『なんだ?』

「ありがと。
心配してくれて嬉しい」

俺が素直に言ったのに
ピルルから聞こえたルイの声は
呆れていた。

『そういうとこは
素直なのに、ほんとお前は
頑固だよな」

「そうか?」

『そーだ。
でも俺も頑固だからな。

素直に言わないと
毎晩お前の枕元で
使い魔を歌わせて、
睡眠不足にさせるぞ』

それは……じみに辛い。

だが相談するにしても
顔を見てしたい。

なんか、ここでは言いずらい。

俺がそう言うと、ルイは
『わかった。
じゃあ、そっちに行ってやる』

そう言ってピルルは俺の肩から
飛び上がる。

「え? 行く?
タウンハウスからここに?」

俺は飛び去るピルルはを見上げ
本気で? どうやって?
いつくる気だ?
と様々な疑問を思い浮かべながら
ピルルの姿が消えるのを
見送った。



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