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閑話8

我が創造神の愛し子様・1【統括神官・イシュメルSIDE】

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 私はイシュメル。
神殿で統括神官を賜っている。

私は幼い頃に
神殿に捨てられた子どもだった。

家は貴族だったが、
私が5歳の頃に没落し、
一家は離散。

その際に両親に神殿に
連れて来られて、
今の大神官殿に預けられた。

両親は「いつか迎えに来る」と
言っていたが、私は子どもながら
そんな未来が来ないことに
気が付いていた。

私は平民になっても
どんなに苦労をしても
父と母と一緒にいたいと思った。

だが、そんなわがままは
言えなかった。

神殿に来るまでの馬車の中で
私が母の膝で甘えて
眠ったふりをしたときに、
父と母は今後のことを
小さな声で話していたのだ。

「仕方ない。
これからは食うのにも
精いっぱいの生活だ。
この子は足手纏いになる」

父が私のことを
疎ましく思っている。
そのことに私はショックを受けた。

だが母は?
母なら私を連れて行ってくれる。
父の言葉に反対してくれる。

そう思っていた母からも
非情な声が聞こえて来た。

「そうね。これからは
子ども一人の食事の用意をするのも
恐らく大変になるでしょう。
この子は神殿に置いていった方が良いわね」

愛しているわ、と
私を抱きしめてくれていた母が
私を捨てるという。

私はこれは夢だ、と
自分に言い聞かせて馬車の中で
目をつぶる。

だが肩を叩かれ、
馬車を下ろされた目の前は
神殿だった。

そして私は理解したのだ。
両親に捨てられたのだと。

もし食べる物が無く、
飢えに苦しむのだとしても、
私は両親と共にいたかった。

せめて私に、
私が何を望むのかを
聞いて欲しかった。

だが両親は私の顔も見ず、
大神官殿に私を預け、
神殿から去っていったのだ。

私は両親から捨てられた事実と
頼れる者がいない事実に
ただ歯を食いしばることしかできなかった。

そんな私に大神官殿は言った。

「泣いても構わない。
ここでは感情を殺す必要はない。
すべて創造神様は受け入れて下さる」

そういって大神官殿は
私を礼拝堂へ連れて行った。

礼拝堂で見た創造神の像のお顔は
穏やかで、私はそのお顔に
かつての母の穏やかな顔を思い出した。

私は、泣いた。
創造神の像にすがりつくように、
毎日、毎日、泣いた。

大神官殿は何も言わなかった。

毎日泣いて、
私が現状を受け入れることが
できるようになった頃、
私は気が付いた。

私が毎日見上げている
創造神の像のお顔が、
表情が毎日違って見えることを。

それは私の心の変化にって
違って見えるだけなのかもしれない。

けれど私は創造神の像が
私が笑えば、微笑みを返してくれ、
傷付いて泣いている時は
慈しみの表情で私を
見下ろしてくれているように思えた。

それから私は毎日、
創造神に祈りを捧げるようになった。

思えば日記のように、
心の中を吐き出していただけかもしれない。

だが私は創造神を自分の父や
母のように感じ、
その存在にすがっていたのだと思う。

私は自然に神官を目指すようになり、
親代わりに育ててくれた
大神官殿に多くのものを学んだ。

創造神について学ぶたびに
私は創造神を敬愛し崇拝した。

創造神の教えは、
私に人とはどうあるべきか、
どのように生きるべきかを示してくれた。

私の創造神への愛は
年を追うごとに深くなり、
私はその愛を言葉にすることを
躊躇わなかった。

初めて神殿に来た日に
大神官殿に言われたように
神殿で自分の心を偽る必要など
どこにもないのだから。

この国はかつて戦争をしていた。
大神官殿も若かりし頃、
戦場に出ていたと言う。

何故人々は戦うのだろうか。

私はその問いの答えに
「国があるから」だと考えた。

国があり、国の利益を
追及するから
人は争うのだ。

国なんて無くせばいい。

この国の神殿を頂点に
すべての国の神殿、
教会を統一し、
思想や行動を規制すればいいのだ。

私がそう大神官殿に提案すると、
物凄い勢いで却下された。

危険思考だから
考えを改めるように、と言われた。

だが、そうだろうか。

すべてを規制すれば、
その配下の者はすべて等しく
安心と安全を与えられるのではないだろうか。

そう思い至ってから私は
何年も創造神に祈った。

私に『神の力』をお与えください、と。

ほんのひとかけらでも構わない。

神の力を手に入れることができれば、
私がすることは神のご意思になる。

全ての国の統一も、
神のご意思の下に成すことができる。

それから何年祈っただろう。
祈り続けた私のところに、
創造神の加護を持つ少年が
現れたと言う朗報が入った。

私がそれを聞き、
大神官殿の執務室に
駆け込んだ時には
すでに少年は帰宅したといわれ
会うことは叶わなかったが。

私はこの加護を持つ少年こそが
私の祈りを聞き遂げた創造神が
遣わせた愛し子なのだと確信した。

私はすぐに大神官殿に
少年を神殿で保護するように
訴えたが、大神官殿は
首を縦に振らない。

しかも、大神官殿は
その日からめったにない外泊をした。

実家に帰るというので、
身内に不幸があったのかもしれない。

だが私はチャンスだと思った。

大神官殿がいないのなら
私を止める者はいない。

私は志を同じくする者と
王宮に押しかけた。

それが、私の紫の加護を
持つお方との初めての邂逅だった。

 王宮には私と、私と志を
同じくする者たちと一緒に行くことにした。

いずれも創造神を誰よりも敬愛し、
この世界の未来を憂いている者たちだ。

いまだにこの世界は
争いの火種がくすぶっている。

それを創造神のお力を借りて
すべて浄化していただくのだ。

それに争いの火種だけでなく
この世界は滅びに向かって
いるのではないかと私は思う。

女子の出生率の低下もそうだ。

子孫を残すことができないのだから
このままでは、人間の未来は
ゆっくりと衰退して行くしかない。

昨今の10年間ぐらいでも
各地で災害が起こる頻度も増えている。

私には創造神がこの世界を
見捨ててしまったのではないかと
そんな不安もあった。

なんとかしたい。
この世界を救いたい。

その一心で向かった王宮で
私に対峙したのは
物凄く無礼な男だった。

公爵家当主だがなんだか知らないが、
創造神の下ではすべての
人間は平等なのだ。

だというのに、
その男は偉そうに
私に向かって
「神殿など信用できん」と
言い放った。

私は一瞬にして
頭に血が上ってしまった。

創造神に仕えし我々の
どこが信用できないと言うのか。

私は創造神のすばらしさと
目の前の男の無知をあざ笑い、
創造神の加護を持つお方と
会わるように要求する。

だが男は私に向かって
怒鳴るだけで、話は平行線だ。

私と男の苛立ちが
頂点に達しようとしたときだ。

目の前に。
私と男の間に、まるで
その場に今、生まれたかのように
美しい金色の髪を持った少年が現れた。

驚いた。

まるで妖精か天使が、
私のために顕現されたのかと思った。

全く気配などなかったというのに、
この少年はどこから現れたと言うのか。

驚く私の前で
男は少年を抱き上げ
親し気に声を挙げている。

少年は男の頬にすりより、
そして笑った。

なんと、なんという
神々しい笑顔なのか。

艶やかな金色の髪に、
まだ幼い顔立ちの少年は
青みがかった紫の瞳をしていた。

うっすらと神気のようなものを感じる。

神殿の中にある
一番大きな大聖堂の前で
祈りを捧げている時の
厳かな空気を私は思い出した。

ああ、この方だ。
この方こそが……

「紫の加護の愛し子様!」

私は思わず大きな声を挙げてしまった。

ようやくお会いできた。

なにやら近くにいた少年が
愛し子様と私のそばに来て
話を始めたが、
内容など頭に入ってこない。

ただお会いできた嬉しさに
私はそのお姿を一心に見つめた。

少年は男の腕から下り、
私たちに体を向ける。

「アキルティア・アッシュフォードです」

名前を名乗られた。
我々に。

ただの神官でしかない私に、
愛し子様が名を名乗った。

もしかして名前を呼ぶ栄誉を
与えられたのだろうか。

なんと、なんという僥倖。

私が打ち震えていると、
私と同行した神官たちも感激に
心を震わせたのだろう。

崩れ落ちるように床に跪いて
愛し子様に祈りをささげた。

私も同じ様に心の中で祈りを捧げ、
なんとか、声を出す。

「お会いできて
恐悦至極でございます。
私は神殿で神官たちを統括している
イシュメルと申します」

私の名を呼んで欲しいと
図々しい願いを込めて
私は名を名乗った。

「本日は、紫の加護を受けし
愛し子様にお会いしたく
この場に参りました次第でございます」

歓喜に震える心を押さえ
私は言葉を紡ぐ。

「愛し子様にお会いできると
意気揚々と神殿を出ましたが
なかなかお会いできず……
取り乱しておりました。

恥ずかしいところを
お見せし、申し訳ございません」

先ほどの姿は私の本意ではない。
私の心を乱した男が悪いのだと
私は言い訳のようなことを
言ってしまった。

だが、愛し子は私の未熟さも
気にならないと言う様に
優しく笑う。

そして私と男を引き離した場所で
話をしたいと言ってくださった。

私は嬉しさになんとしても
愛し子を神殿に連れて帰ろうと
そう決意した。

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