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創造神の愛し子

170:創造神の愛し子

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 それから俺は、
ローガンさんの執務室に
連れて来られた。

大神官の部屋なので
ここなら誰も来ないらしい。

部屋はローガンさんの
仕事用の机や棚以外に
小さなソファーセットがあった。

と言っても、
豪華なソファーではなく
何年も使っているのが
一目でわかるような布地のソファーだ。

部屋には小さな給湯室みたいな
スペースがあり、
この部屋だけは魔石を使い
お湯を沸かしたりできるらしい。

基本的に魔石は高価なので
神殿では使わないが、
大神官の部屋は特別らしい。

ローガンさんは魔石は
オルガノ家からの寄付だと
豪快に笑った。

「弟が定期的に
魔石を送ってくれましてな。
いまでも心配してくれているようだ」

笑うローガンさんの顔は
家族のことを思っているからか
とても嬉しそうだった。

ローガンさんは俺に
ソファーに座るように促し、
お茶を淹れてくれた。

キールは護衛だからと
入口付近で立っているし、
カミュイは扉の外にいる。

つまり声を小さくすれば
誰も俺たちの会話を聞くことはできない筈だ。

「さて。
あたらめて謝罪をしたい。
アキルティア様、
昨日はイシュメルが粗相をして
申し訳なかった」

「いえ、とんでもない。
僕こそ、その……
厳しい言い方をしてしまった
ようで、すみません」

泣かせてスミマセン、って
言おうかと思ったが、
さすがにやめておいた。

「なんの、なんの。
あやつは暴走しがちで、
一人で暴走すれば良いものの
周囲まで巻き込むから
困っておる。

わしがアキルティア様に
お会いしたいと願い
オルガノ家に戻ったのも
悪かったようでな。

わしが居ぬ間に
王宮におしかけよった。

オルガノ家に連絡が来た時は
すでに遅かったが、
アキルティア様に治めていただき
助かりましたな」

そう言われ、
俺は曖昧に笑った。

あの場を見てないから
ローガンさんはそう言ってくれるが、
俺、全然、事態の収拾は
できてなかったからな。

「創造神のご意思も、
アキルティア様の考えも
理解致しました。

昨日、あなた様が
イシュメルにどういう言葉を
告げたのかも聞いております。

そこで改めて問いたい。

アキルティア様は神殿に
何をお望みか?」

俺を見据えるローガンさんの
強い視線に俺は呼吸を止めた。

正念場だ、って思った。

だから俺は視線をそらさず、
ローガンさんを見返す。

「僕が望んでいるのは
以前お伝えした通り、
この世界の繁栄です。

ですが、それは
人間だけでなく、
この世界すべての動植物が
特別視されることなく
繁栄するという意味です。

そしてそれに不可欠なのが
人間たちの考え方や
価値観の変化だと僕は考えます」

俺が言うと、
ローガンさんは頷いた。

「僕はその変化を促すために
神殿の力を借りたいと思っています。

ローガンさんとお会いしたときは
信仰を持つ方々に
働きかけが出来ればと
思っていましたが、
昨日イシュメルさんとお会いして
その考えを少し変えたのです」

ローガンさんは何も言わず
俺の話をじっと聞いている。

昨日、俺がイシュメルに
話したことを聞いているからだろう。

「イシュメルさんは
多くの『災い』について
僕に話してくれました。

その情報は得難いものだと思います。

現在各地で起こっていることを
神殿は把握している。

でも、神殿では情報はあっても
それを『災い』と認識するだけで
うまく活かせていないと思います。
違いますか?」

俺がそう言うと、
ローガンさんは苦々しく頷いた。

「確かに、そうだ。
情報は入ってくるが
たとえば土砂崩れ1つにしても
それを復旧する人間を
派遣することはない。

流行病が起こっても
ここから誰かを送ることもできん。

唯一、魔物に関しては
聖騎士たちが討伐に行くが、
全ての場所に派遣することが
できないのが現状だ」

聖騎士になるには
それなりの力が必要だし、
何百人もいるわけではない。

つまり、魔物が出たと
要請が一度に沢山出た場合は
被害が大きそうな場所から、
もしくは近場から行くことになる。

つまり地方の方が
魔物は出やすいのに、
討伐は一番最後になっているらしい。

地方にも教会があり、
それぞれの領主が騎士団を
抱えてはいるが、
自力でなんとかできるとは限らない。

ローガンさんはそういう現状を
歯がゆく感じているという。

「だからこそ、です」

俺は昨日イシュメルに
言いたかったことを説明する。

情報は神殿から貰い、
それを王家が新しい政策として
救済措置を出す。

そうすれば人々の
不安や負担は減るだろうし、
救済措置の一環として
『もし助けられたことに
感謝を感じたのであれば、
今度は誰かを助けてあげて欲しい』
と伝えていくのはどうだろうか。

互いに助け合い、
尊重しあう世界の1歩に
ならないだろうか。

ただ人口が増えてもダメだ。
カミサマに言えば
女子の出生率はあがるかもしれない。

でも、それだけではダメだと俺は思う。

多くの人が幸せになる場所があり、
その幸せが続く環境があるからこそ、
世界は発展し、繁栄していくのだと思う。

俺は一生懸命、
ローガンさんに伝えた。

必死過ぎて、喉がカラカラに
なるまでしゃべった。

思い付きで来たので、
プレゼン用の資料もなければ
どう話すのかすら考えてなかった。

よく考えたら、
昨日俺が書いたメモや
地図を持ってくればよかったのに、
それも無かった。

というか、あれは部屋を
出る時に義兄が整理してたから
すでに陛下に提出されてるかもしれない。

なんにせよ、
下準備も無くプレゼンを
することになったので、
俺は必死だった。

俺が話し終えると、
ローガンさんは俺を見つめたまま言う。

「もし神殿が協力したとして、
王家はどう思いますかな?」

「王家ですか?」

それは今まで疎遠だったから、
という意味だろうか。

「えっと、神殿は
王家を恨んでるんですか?」

そんなこと、聞いたこと無いぞ。

俺が直球過ぎる質問をしたせいか
ローガンさんは目を丸くした。

そして、笑う。

「恨んではない。
だが、王家にとって
神殿は邪魔者じゃろう」

なんで?

俺は首を傾げる。

「神殿が力を付けたら
国が割れると王家は考える。
信仰の力を脅えて我らを
遠ざけるのは王家の方だ」

力強く言われ、
なるほど、と思う。

「では、強者同士、
協力し合えば無敵ですね」

俺が言うと、
ローガンさんは笑うのをやめた。

「協力し合う?」

「はい。
国を二つに分けるのではなく
強い結びつきで1つにすれば
無敵になると思いませんか?」

なんで敵になることが前提なんだ?

一緒にこの国を、
ひいては世界を、
王家も教会も一緒に繁栄させればいい。

俺が言うと、
ローガンさんは、ぷは、っと声を出した。

そして大きく、豪快に笑う。

「その案は良いと思うが、
それは王家が納得してからじゃな」

なるほど。
俺の考えだけで行動できないってことですね。
了解です。

「じゃが、個人的には
アキルティア様の提案には
前向きに……乗りたいとは思っておる。

わしも、オルガノ家の末が
将来、不幸になることは望まん」

「僕も、です」

俺は頷いた。

「そのためにできることは
何でもしたいと思ってます」

「創造神の愛し子に
なるとしても?」

ローガンさんは俺の言葉に
かぶせるように言う。

「え?」

「なんでも、というのは、
創造神の愛し子、もしくは
神子として世に出ることも
構わないということじゃな?」

え?
それはちょっと……。

「ローガンさんは、
俺が愛し子になるのは
反対だったのでは?」

「それはイシュメルたちが
暴走し、他国の神殿までもを
統一しようと考えていたからじゃ。

じゃが、アキルティア様の
考えているようなことを
成し遂げる為であれば、
否定はせん。

それどころか
民衆を惹きつけるために
愛し子という象徴は
逆に必要かもしれん」

そう、ですね?
そうかもしれません。

でも、この場では明言は
避けてもいいですかね?

俺が急に気弱になったからか
ローガンさんは表情をやわらかくした。

「今すぐには決めれないじゃろう。
アキルティア様も、そして我々も。

じゃが、前向きに検討する、
ということでよろしいか?」

「はい! もちろんです」

俺は元気よく返事をする。

これでティスや義兄に話して、
陛下に話を通してもらって。

よしよし。
世界の繁栄に向かって
随分、道筋がたってきたのでは?

よろしくお願いします!と
俺はローガンさんと固く握手をした。

ローガンさんの手は大きくて
ゴツゴツしていて、
ぎゅっと握った力は強くて。

俺はこっそり、
さすが元騎士団長、と呟いた。


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