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創造神の愛し子
159:正論は時に人を傷つける
しおりを挟む俺はメモと地図を見ながら
イシュメルに向き合った。
イシュメルは凄いと思う。
創造神に傾倒していることを
覗けば、かなりの情報を持っていた。
地方のがけ崩れや
農地の不作。
どこの地方では魔物が増え、
また辺境の地域では
疫病が発生したという
話にまで、とにかく
この国だけでなく
隣国の地域に関しても
かなりの情報を持っていた。
これは神殿が、というか
創造神を信仰する者が
この国だけではないという
証拠だろう。
神殿はあらゆるところから
情報が集まる場なのかもしれない。
これを利用しない手は無い。
正直、得難い情報網だ。
俺は愛し子も神子も
まっぴらごめんだが、
イシュメルたちの情報は欲しい。
俺はイシュメルに地図を見せながら
イシュメルがいう『災い』を
再確認してもらう。
イシュメルはまさか俺たちが
メモっているとは
思わなかったのだろう。
目を丸くしていた。
「僕は愛し子でも
神子でもないですが、
イシュメルさんの言う
『災い』に対処することは
できると思います』
俺は公爵家で過去に見た
資料を思い出しながら
1つ1つ、対処法を説明していく。
がけ崩れが起きるのは
地盤が緩んだからだ。
では何故地盤が緩んだのか。
その時の天候はどうだったのか。
農地の不作の理由はなんだったのか。
疫病が流行ることにも
理由が必ずある。
動物が媒介している場合もあれば
乾燥した空気の中での
空気感染の可能性や
飛沫感染の可能性も俺は話した。
対処法を地図に書き込みながら
創造神に祈るのではなく、
今、現時点で人間たちができる
対処法や改善方法を
イシュメルに伝えたのだ。
「イシュメルさんの
教えて下さったことは
必ず陛下と父に伝え、
王家から人を派遣してもらいます。
そのことで
創造神の救いを待たずに、
状況は改善されるでしょう」
イシュメルも神官たちも。
いや、文官も騎士も、
キールまでも俺の話に
ぽかん、としている。
いやいや、俺の話、聞いてた?
愛し子とか神子とかいなくても
状況はなんとかできるってことを
今、俺、証明しようと
してたんですけど!
「イシュメルさん、
人間の力では
どうしようもないことは
必ずあります。
そんな時、創造神に祈り、
救いを求めることも
間違ってないと思います。
創造神に祈り、
心の苦しみから
救われる人も多くいるでしょう」
ローガンさんもその一人だ。
俺はその気持ちは否定しない。
信仰が必要な人と
そうでない人がいる。
ただそれだけだ。
ただ俺は信仰は否定しないが
「自分の言うことが正しい」と
押し付けてくる人間は嫌いだ。
イシュメルが創造神に
傾倒するのは構わない。
だが俺にまでそれを
強要してくるのは何故だ?
俺が愛し子になんかならないと
最初から言っているのに
イシュメルは俺を愛し子として
扱おうとする。
そういうのが嫌だ。
俺は自分が嫌だと思うことは
きちんと主張するし
相手に理解してもらいたいと
思っている。
それこそ、理詰めで
正論を振りかざして、
相手を不快にさせてもだ。
でもさ。
俺は相手を屈服させたいわけじゃない。
俺の意見も聞いて欲しいだけだ。
イシュメルが俺の考えを
受け入れられないのなら
それでいい。
互いに妥協できそうな部分で
付き合えればいいし、
それが無理なら
関係構築はできない。
ただそれだけのことなのだ。
俺は新しい紙を広げ
イシュメルに地図とメモを
見ながらもう一度説明する。
「ただ、創造神は
イシュメルさんが思う程
視点は人間には近くないんです」
こんな言い方をしてわかるかな?
「創造神は、世界を見ています。
大きな世界を、高い場所から
見下ろしているんです。
その中で人間は、
この世界の動植物と同じです。
たった一人の人間を見つめ、
救うことはできない。
イシュメルさんが言ったように
誰もが創造神の前では
平等であり、平等に愛されています。
それは誰か一人を特別扱いして
手助けすることは無いと
言う意味でもあるんです」
イシュメルは目を見開いて俺を見た。
「創造神は大きな存在です。
だからこそ、直接は動かない。
創造神が動く時は
この世界が崩壊するときでしょう。
イシュメルさんが言うように
それほど、創造神は
偉大なのです」
俺はイシュメルの言葉を使い、
咬み砕くように説明する。
俺はイシュメルの信仰心を
否定したいわけではない。
それを伝えたかった。
けれども、神に祈るだけでは
何も変わらないのだと、
そのことにも気づいて欲しい。
「創造神は人間たちが
自分で対処できることに関しては
動きません。
人間たちが自分たちで考え
行動し、成長することを
創造神が望んでいるからです。
確かに天候や疫病などは
創造神に祈り、
助けを求めたいと思うでしょう。
けれど、現実的に動くのは人間です。
創造神はがけ崩れを
元に戻したり、
疫病感染を無かったことになどできない。
自分たちでできることを
何もしていないのに、
創造神は人間に手を貸すでしょうか。
イシュメルさんは
何の努力もせずに「助けて」と
手を伸ばしてくる人の手を
何度も掴み、助けてあげることが。
永遠に助け続けてあげることができますか?」
俺が言い終わると、
部屋は静まり返った。
え?
言い過ぎた?
俺的には攻撃したのではなく
理解してもらえるように
優しく伝えたつもりなんだけど。
咄嗟にルイを見ると
ルイはよくやったと言わんばかりに
ニヤニヤしている。
ルイが満足してるってことは
言い過ぎたってことだな。
ちょっとフォローしようかと
俺は改めてイシュメルを見た。
が。
え?
ちょっと待って?
目の前でイシュメルが
何故か涙を流している。
泣かした?
本気で?
え?
泣く?
これぐらいで普通、泣くか?
プレゼンして相手側に
やりこめられるなんて
普通にあるだろ?
焦った俺がルイを見ると
ルイが何やら声に出さずに
唇を動かして何か言っている。
俺は唇を読んだ。
『なーかした、なーかした』
子どもか!
小学生か!
俺は大人を泣かしてしまったことで
焦りに焦ってしまった。
そして焦るあまり、
大いにやらかしてしまったのだ。
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