上 下
180 / 308
閑話7

公爵家のご子息が規格外すぎる・2【キリアスSIDE】

しおりを挟む
 


 アキルティア様が3歳になった頃、
ブラウス家の領地で不作が続いた。

日照りが続き、作物が一切
収穫できなかったのだ。

ブラウス家は爵位を手放し、
領地を国に返すか

もしくは、
どこかの貴族に借金をして
当座をしのぐかの二択を
迫られる事態になった。

ただ、二択とはいっても
借金をしたとして返せる当てもない。

両親は領地を売り払い、
平民として生きていく覚悟はあるが、
次に領主になった人物が
もし、税を厳しく取り立てるような
人物であれば、領民が辛くなるだろう。

だからこそ、
どうするのか迷っている、
というような内容の手紙が
両親から届いたのだ。

私も悩んだ。

私が領地に送る程度の給金では
どうにもならないのだろう。

公爵家の給金は、
どこよりも良いと聞く。

それでも焼け石に水なのだ。

私は公爵家を辞める覚悟を決めた。

両親が爵位を手放せば
私も平民になるし、
平民になれば旦那様に命じられた
アキルティア様が心地よく
お過ごしになられるよう
【場を調える】ことができなくなるからだ。

私は辞表を手に、
公爵家の領地に向かった。

先ぶれなどはしない。

私はただの使用人だからだ。

かわりに、セバスティアンさんに
相談があると時間を取ってもらっている。

辞表はセバスティアンさんに
渡してもらおうと、
私は思っていた。

そんな私が公爵家に着いたとき、
庭から可愛らしい声が聞こえて来た。

アキルティア様だろう。

私はまだアキルティア様と
ご挨拶をしたこともない。

アキルティア様は1歳になるまで、
ご自身の部屋から出たことが無いのだ。

もちろん、
お顔も拝見したことが無かった。

ただ公爵家で可愛らしい
子供の声がするのだから
アキルティア様以外、考えられない。

私はそっと庭に足を向けた。

少しだけ。
もう二度とお会いできないのだから
一目、アキルティア様を見たい。

あの奥様のお子様であり、
旦那様が溺愛するご子息とは
どのような方なのだろう。

私は庭の茂みの後ろから
旦那様のお膝の上に
座っている金髪の
天使を見つけた。

金色の髪が太陽の光に
反射するかのように
光って見える。

遠目なので残念だが
瞳の色はわからない。

けれど、旦那様の雰囲気は
かつて見たこともないほど
柔らかく、アキルティア様を
大事に思っていることが
伝わって来た。

旦那様もあのような
柔らかい雰囲気を持つのだと
そう思った時だ。

アキルティア様から
思いもよらない言葉が聞こえて来た。

「それでね、とーしゃま。
ぶらうすりょうはね、
いま、とーっても大変なの」

旦那様は、そうか、そうか、と
頷いているが、俺は目を見開いた。

ぶらうすりょうとは、
私の実家のブラウス領のことか?

「とーしゃま。
雨が、降ってないでしょ?

きっとぶらうすりょうはね、
たいへんなの。

とーさま、しらべて
助けてあげて?」

旦那様は、うん、うん、と
ただ頷くばかりだ。

「もう! とーしゃま!」

さっきまで、
おしゃまに話をしていた
アキルティア様が
下っ足らずのまま怒る。

「すまん、アキルティアが
あまりにも、可愛いものだから。

それで、なんだ?
ブラウス領?」

「はい、とーしゃ、とーさま」

下っ足らずだったことに
気が付いたのだろう。

言い直すところも可愛らしい。
いや、だが、今は私の領地のことだ。

私はアキルティア様の声に
耳を澄ます。

「ぼくは、としょしつで
過去のしりょうを、よんだのです。

ぶらうすりょうのあたりは、
雨がふらない日が続いたら
食べ物がなくなることが多いのです」

そう、そうだ。
干ばつには特に弱い。

「なのに、川が近いから
雨がたくさんふったら、
川があふれて大変なのです」

そう。
川はあるのに、
水路が無くて、
領地の畑に十分な
水を引くこともできない。

しかも川は浅いので
すぐに干上がるし、
逆に大雨になると
すぐに川が溢れてしまう。

だから誰も欲しがらない
貧乏な土地なのだ。

「だから、とーさま
たすけてあげて。

ごはんが無くなったら
かわいそうでしゅ」

アキルティア様が
私のことなどまったく
知らない筈なのに、
旦那様にお願いしている。

しかも、だ。

図書室で資料を読んだ?

アキルティア様はまだ
3歳の筈だ。

そんなことがあるのか?

「ぼくね、思いついたの。
とーさま、ダムをつくりましょう」

だむ?

だむとはなんだ?

旦那様も首をかしげている。

「しりょうをみたら、
ぶらうす領は、いつも
不作と、川の水が溢れるのが
こうたいごうたいなのです」

言われてみれば、
私はそうかもしれない、と
思い当たった。

何故かブラウス家の領地は
干ばつと川の氾濫が
交互に起こっている。

「これはきっと、
ちかくに、あまり木が
はえていない高い山があって
そのせいなのでしゅ。

だむで川の水をためて
それを使えるようにしたら、
みんな幸せになれましゅよ」

旦那様は首をかしげている。

「あと、だむが間に合わずに
たくさん水があふれたら
病気になる人がふえるのでしゅ。

だから、生活の水は
川に流さないようにして、

それから、えっと、
きれいな水だけだったら
川からあふえても、
えいようまんてんの水だから
たくさん、実り? ましゅ」

私は息をのんだ。

言われていることが理解できない。

理解できないが、
アキルティア様は私の領地に対して
素晴らしい対策を旦那様に
お伝えしているのだ。

旦那様は「さすが、アキルティアは
凄いな! 私の可愛い息子だ!」
と頬ずりしているが、
そんなレベルではない。

あんな幼い子どもに対して
「凄い」と褒める時は、
子どもに何を描いたか
わからない絵を見せられた時と、

足が5つも6つもある泥人形を
「鳥を作った!」と自慢げに見せられた時ぐらいだ。

この場合、羽も無いのに鳥ではない、
などと正論を言わないことが
子どもの情緒教育を育てると言う。

だがアキルティア様に
情緒教育など必要ないのではないか?

公爵家は3歳の幼子に、
いったいどのような教育をしているのか。

ふと、脳裏に奥様の言葉が蘇る。

「この子はね、
きっとこの世界を変えるぐらい
凄い子になると思うの」

奥様の言われたことは、
きっと正しい。

私は辞表を握りしめ、
公爵家を後にした。

セバスティアンさんには
事情があり、領地に戻れなかったと、
伝言だけ残すことにした。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜

ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……? ※残酷な描写あり ⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。 ムーンライトノベルズ からの転載です。

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

仲間を庇って半年間ダンジョン深層を彷徨った俺。仲間に裏切られて婚約破棄&パーティー追放&市民権剥奪されたけど婚約者の妹だけは優しかった。

蒼井星空
恋愛
俺はこの街のトップ冒険者パーティーのリーダーだ。 ダンジョン探索は文字通り生死をかけた戦いだ。今日も俺たちは準備万端で挑む。しかし仲間のシーフがやらかしやがった。罠解除はお前の役割だろ?なんで踏み抜くんだよ。当然俺はリーダーとしてそのシーフを庇った結果、深層へと落ちてしまった。 そこからは地獄の日々だった。襲い来る超強力なモンスター。飢餓と毒との戦い。どこに進めばいいのかも分からない中で死に物狂いで戦い続け、ようやく帰っていた。 そこで待っていたのは、恋人とシーフの裏切りだった。ふざけんなよ?なんで俺が罠にかかって仲間を危険に晒したことになってんだ!? 街から出て行けだと?言われなくてもこっちから願い下げだよ! と思ったんだが、元恋人の妹だけは慰めてくれた。 あのあと、元仲間たちはダンジョンを放置したせいでスタンピードが起こって街もパーティも大変らしい。ざまぁ!!!! と思ってたら、妹ちゃんがピンチ……。 当然助けるぜ? 深層を生き抜いた俺の力を見せてやるぜ!

イケメン御曹司の初恋

波木真帆
BL
ホテル王の御曹司である佐原恭一郎はゲイを公言しているものの、父親から女性に会うようにと頼まれた。 断りに行くつもりで仕方なく指定されたホテルラウンジで待っていると、中庭にいた可愛らしい人に目を奪われる。 初めてのことにドキドキしながら、急いで彼の元に向かうと彼にとんでもないお願いをされて……。 イケメンスパダリ御曹司のドキドキ初恋の物語です。 甘々ハッピーエンドですのでさらっと読んでいただけると思います。 R18には※つけます。

処理中です...