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閑話7
公爵家のご子息が規格外すぎる・1【キリアスSIDE】
しおりを挟む私は公爵家のタウンハウスを
任されているキリアス・ブラウス。
タウンハウスの執事だ。
私のブラウス家は伯爵家であり、
10年以上前は領地持ちだった。
領地は王都からは遠く、
私は一人息子であったため、
王都の学園に入るために
学生寮に入り、
そのまま卒業しても
王都に残ることにした。
理由はこれから先の
領地が心配だったからだ。
両親は人が良く親切だが
お世辞にも領地経営が
うまいとは言い難い。
しかもブラウス家の領地は
何故か天候が安定しない。
川が近く、大雨が降ると
氾濫する危険があるし、
領民たちは農作物を作って
なんとかやっていけているが
日照りが続けば、
それもどうなるかわからない。
事実、数年前に立て続けに
起こった日照りと川の氾濫の
おかげで今も畑は実りがすくなく、
領民たちは食べるのがやっとだ。
もちろん、ブラウス家も
同じ様なもので
領民たちの税を減らし、
貯蓄を切り崩して
なんとか領民たちの生活を
助けている状態だ。
つまり、次に干ばつや
川の氾濫が起これば
ブラウス家の領地は壊滅する。
できれば、普段から
食料を備蓄しておきたいが
そんな余裕など全くない。
そこで私は王都で働き口を
探した。
すぐに領地を継ぐつもりはなく
私が働いて得た資金で
領地を立て直して欲しいと
そう思ったのだ。
両親もまだ若かったし、
私の意見に賛成してくれた。
そこで頼ったのが
公爵家で当時はまだ執事だった
セバスティアンさんだった。
今でこそ家令として
腕を振るっているが、
セバスティアンさんは
年は離れているが学園の先輩で
私が初等部のころから
かなりお世話になった存在だった。
私がセバスティアンさんに
相談すると、公爵家はちょうど
奥様の懐妊がわかった時で
お祝いムードだった。
そういったタイミングもあったのだろう。
私はすぐに公爵家に呼ばれ
旦那様とお会いすることができた。
旦那様は私が長男であることも
ブラウス家の状況も把握されており、
何故、公爵家で働きたいのかと
私に聞いた。
私は思っていることを
そのまま伝えた。
両親を、領民たちを守りたいのだと。
すると旦那様は私にこう言ったのだ。
「君が両親や領民を思うように
俺も妻や、これから生まれる我が子を
とても愛している。
公爵家に勤めるということは
俺の愛する者を
何があっても守るということだ。
できるか?」
もちろんです、と私は答えた。
雇って欲しい一心だったし、
この場で「無理です」と
言う者などいないだろう。
だが、この時の私は
この会話はただの
口約束のようなものだと
軽く考えていた。
ところが。
私が公爵家の領地に行き、
セバスティアンさんに
教えを乞うようになると、
私は「何があっても守る」と
言う言葉が、ただの口約束でも
面接での常套句でもなかったことに気が付いた。
公爵の奥様は紫の瞳の方だった。
それだけでも稀有な存在であったが
何よりも、とてもお身体が弱かった。
そんな状態で懐妊したために
奥様はかなり具合が悪そうで
公爵家全体が、お祝いムードと共に
どこか緊張感が漂っていた。
なにせ、いつ奥様が
倒れられるかわからないのだ。
お腹の子も守らねばならない。
私もセバスティアンさんも必死だった。
なによりも、公爵が恐ろしいほど
必死で奥様のそばに寄り添っていた。
そんなある日、奥様は
旦那様が部屋にいないわずかな時間に
私に声を掛けて下さった。
「いつもごめんなさいね。
挨拶もできないままで
申しわけないわ」
そう言って奥様は少し笑った。
「私が旦那様の前で
他の人に話しかけると、
嫉妬して大変だから」
その言葉に私は
思わずうなずきそうになった。
旦那様の嫉妬深さは
この屋敷に来て
すぐにわかったからだ。
なにせ私は奥様の視界には
なんとか入ることはできているが
一言さえも、言葉を交わすことを
許されていないのだ。
奥様と会話ができる使用人は
侍女長とメイド長、それと
セバスティアンさんだけだ。
奥様は見惚れるような
笑顔で私を見る。
「あなたが、セバスティアンの
後輩のキリアスね。
とても優秀だと聞いているわ」
まだ立ち振る舞いですら
セバスティアンさんに
叱られているというのに
俺はそんなことを言われて
恐縮してしまった。
「いいのよ。
最初はどんどん失敗してね。
沢山失敗したら、
その分だけあなたは
もっと優秀になるわ」
奥様は美しい方で、
笑うと儚げな雰囲気になる。
「だからね。
あなたがもっと優秀になったら
この子のこと、お願いね」
奥様はお腹を撫でて
穏やかに笑った。
「この子はね、
きっとこの世界を変えるぐらい
凄い子になると思うの。
ほんとよ。
だって、私の旦那様の子ですもの」
儚げな笑みが、
とても愛情深いものに変わる。
私はそれを目に焼き付け、
深く、深く頭を下げた。
それからアキルティア様が生まれ、
私は1年後、タウンハウスを
任されるようになった。
旦那様も奥様もタウンハウスを
使うことは滅多にない。
そもそも、公爵家がある領地は
王都に近く、わざわざ
タウンハウスを持つ意味など無いのだ。
誰も来ないタウンハウスなど
私が行き、管理する意味など
あるのだろうかと、私は思った。
だが。
私がタウンハウスに行く前日、
私はまた旦那様に呼び出された。
「いずれは、私の子も
タウンハウスから学園に
通うようになる。
それまでに、場を調えてくれ」
私は一瞬、何を言われているのか
わからなかった。
「そのためのタウンハウスだ。
社交場には近いだろう」
その言葉に、
私はようやく自分が何故
公爵家に雇われたのか
わかった気がした。
このアッシュフォード公爵家は
社交界にはほとんど、顔を出さない。
奥様が稀有な紫の瞳の方だからだ。
だが、なぜ社交界の情報が入ってくるのか。
それは公爵家のために
動く家があるからだ。
そう、たとえば私のように
爵位を持ちながら公爵家に
仕えているような者たちだ。
「必要経費であれば
いくら使ってもかまわん」
それは私が社交界へ出るための
支度金ということだろうか。
何にせよ私は、
ただ黙って頭を下げる。
私が社交界へ顔を出すことは
公爵家だけでなく、
今後のブラウス家の為にも
良い話だったからだ。
そして私はブラウス家の
長男として社交界へ顔を出し、
その情報を旦那様に流した。
主に紫の瞳を持つ
奥様とアキルティア様に
ついての噂話がメインだ。
それ以外の情報は
恐らくすでに公爵家の影が
掴んでいる筈だから
私は目立たず、さりげなく
アキルティア様たちの
情報だけを拾っていく。
もちろん、心無い者たちが
奥様やアキルティア様に
対して何か言いださないように
情報操作も欠かさない。
そんな日々が3年ほど続いたある日、
私の人生が一変する
大事件が起こった。
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