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隣国の王子

112:お泊り・2

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 部屋に入ると
俺はベットにクマを置いた。

「アキルティア、着替えてからだ」

義兄の声がしたけれど
着替えなどあるわけがない。

だが、俺が疑問を口にする前に
ドアをノックする音がして
侍従が何やら荷物を持って来た。

ティスがそれを受け取り、
何やら指示を出している。

「アキ、着替えだ」

ティスが差し出す服は
新しい寝巻みたいだった。

「お借りします」

と言ったのは義兄だ。

お二人はここでお待ちを。

義兄はそう言い、
着替えと俺を文字通り掴んで
バスルームへと連れて行く。

「シャワーぐらいは
浴びれるな?
……無理か」

眠い俺は、義兄を見上げる。

義兄はため息を付き、
俺の服を乱暴に脱がせた。

「兄貴がこんなに
眠気に弱いなんて
知らなかった」

義兄はぼそぼそと
呟いているが、
俺の耳には言葉は聞こえても
内容は理解できない。

「シャワーは明日でいいか。
殿下たちもいるし、
余計なことはしない方がいいな」

義兄は言いながら
新しいパジャマを俺に着せた。

が。

パジャマは成人男性用だったらしく
めちゃくちゃデカイ。

シャツを羽織っただけで
ぶかぶか過ぎるのがわかる。

ただし、肌触りは抜群だった。
これ、持って帰りたい。

洗濯して返すって言って
持って帰れないかな?

それでずっと借りておくんだ。

……うん、俺、結構頭いい。

寝間着のズボンに足を通したけれど
正直、ウエストがぶかぶかで
すぐにずり落ちた。

「はー。
急な宿泊だからな。
仕方ないと言えば仕方ないか。

こんな兄貴の姿を見せて
大丈夫か?

いや、相手は14歳のガキだ。
……大丈夫か」

義兄は何度も
ため息を付きつつ、
俺の寝間着のボタンをはめる。

「兄貴、とにかく寝ろ。
すぐにベットに入って
起きたらプリンだ」

「ぷりん。
寝て起きたらプリン」

それは物凄い魅力的だ。

俺の寝間着のズボンは
結局履かずにそのまま
バスルームの床に落ちたまま。

義兄に手を引かれて
俺はベットがある部屋に戻った。

俺の姿を見て
ティスは顔を赤くして
固まっていたが、
ルイは「そういう恰好してたら
かわいいな」とまた笑う。

この容姿はどうしようもないのだから
そんなに笑わなくても
良いのではないかと思うが、
文句も出ない。

だって、眠い。

義兄がベットのシーツを
めくって俺に入るように言う。

「アキルティア、
寝るまではここにいるから
早く寝ろ」

俺はクマを手渡され
そのままベットのシーツに
潜り込んだ。

ふかふかのクマに、
大きなベット。

もちろん、シーツの
肌触りも最高だ。

「兄さまは?」

身体をベットの端に寄せて
隣を叩くと、義兄は
俺が抱いているクマを
ぎゅーぎゅー俺に押し付けて来た。

「兄さま、いたい」

「いいから、寝ろ。
目を閉じて」

俺の目の上に
義兄が手をかざした。

「起きたらプリンだ。
ただし寝ないと、
プリンは無い」

それは一大事だ!

俺は急いで目を閉じた。

「アキ、また明日ね。
一緒にプリン食べよう」

ティスの声がする。

「うん」

「私も朝食は混ぜてくれ」

「……うん」

ルイの声にも返事をする。

「おやすみ」

という義兄の声が
急に遠くに聞こえた気がした。

でも、手のぬくもりは
ちゃんと感じている。

義兄の大きな手だ。

俺の弟だった時は
めちゃくちゃ小さくて
守ってやると、見るたびに
思っていたのに。

眠かったからかな?
それとも疲れてたから?

俺、義兄に甘えてたよな。

寂しい、って
言わなかったけど、
義兄は気が付いていた。

何が寂しかったんだろう。
義兄も、ティスもルイもいたのに。

あったかい手が、嬉しい。

今日、ティスの執務室を見て
俺、前世の職場を思い出した。

締め切り前で、イライラとか
トゲトゲとか、そんな空気が
充満した部屋だった。

息できないぐらい汗臭くて、
でもそれもわからないぐらい
部屋中が疲弊していて。

このまま正常な判断が
できずに作業していたら
大きなミスに繋がるし、
絶対に社畜に一直線だ!って
そう思ったら我慢できなかった。

まだ子どもの俺が
偉そうにいろいろやらかして
しまったという自覚はある。

でも、大事な義兄やティスが
仕事に忙殺されるのは
ダメだって思ったんだ。

俺、義兄にもティスにも
俺のそばでずっと笑っててほしい。

俺、ティスと会えなくて
じつは結構、へこんでたのかも。

今までは気軽に会えてたのに、
急にまったく会えなくなって。

しかもその理由が
王子としての仕事だとか
言われて、俺、頭にきたんだ。

王子だろうが何だろうが
まだティスは14歳だ。

そんな子どもに、
学校にも行かせずに仕事を
させるなんて、ありえないって
そう思った。

ティスを
なんでイジメるんだ、って。

ティスはいつだって頑張ってた。

俺と一緒の時は
子どもっぽい仕草をしたけど、
ずっと王子として、
他人から王子らしく見られるように
頑張ってるんだ。

そんな頑張りに、
周囲の大人が甘えて、
ティスに負担を掛けるのは
何事だ!って思った。

そしたら怒りのまま、
執務室でやらかしていた。

だって、ほっとけなかたし。

義兄もほっとけなかった。

ちらりと見た義兄は
ティス以上に
疲弊した顔をしていて。

俺は義兄もまだ
20歳なんだ、って思った。

前世で言えば成人したとはいえ
まだ学生かもしれない年齢だ。

それなのに、
大きな責任を背負わされて、
こんなブラックな環境で
働かされているなんて。

俺は怒りに燃えて
仕事の段取りをして
使えるものは全部使った。

隣国の王子だろうが
なんだろうがルイも
呼び出して、その権力を
存分に発揮してもらった。

これでひとまず、
何とかなる筈、だ。

仕事の達成感と、
空腹が満たされて。

俺は、物凄く充足感を
感じていたはずなのに。

無性に寂しくなった。
甘えたくなった、とでも
言えば良かったのか。

当たり前だが今の俺は、
仕事なんてしなくてもいい。

まだ13歳で学園に通う存在だ。

なのに。
あの執務室での時間は
俺の前世の職場を思い出させた。

会社の同僚たちとのやりとりや、
時間が足りないという緊張感。

そして一つのタスクが
終わる度に沸き起こる達成感。

それは、学園に通う俺が
味わうことのできない時間だった。

そして、急に俺は。
そうだ、俺は。

、って
今更だけど、そう思ったんだ。

前世で俺は弟を守って死んだ。
それは理解していたし、
新しく生まれ変わったこの世界も
楽しいし、満足している。

でも、でも。

俺が前世で急死したことを
俺は受け止めてなかったんだ。

急に死んでしまったから、
会社の同僚たちには
きっと迷惑をかけただろう。

苦しい仕事を何度も一緒に
してきたから、せめて
感謝の言葉を言いたかった。

それにあいつら、
絶対に俺がいなくなって
困ったと思う。

俺、あいつらのタスク管理を
週単位でやっていたから
それが無くなったら、
納品の締切りを守るとか
絶対に無理で苦労したと思う。

俺は生まれ変わって
一番の心残りだった前世弟と
出会うことができて。

その喜びで、
それ以外のことを忘れていた。

でも急に、俺は思い出したんだ。
俺の前世で大切だったもの。

それを失ったという事実に
俺は気が付いた。

その喪失感に脅えて俺は
弟に、俺の大事な義兄の存在に
すがるように甘えてしまった。

「兄貴?」

目尻に浮かんだ涙に
義兄は気が付いたのだろう。

俺の目に上に乗せた手を動かさず、
心配そうに俺に身を寄せる気配がする。

でも俺は何も言わない。
このまま寝たふりをするだけだ。

泣くほど弟に甘えたくなったなんて、
兄としては恥ずかしいだろう?

でも俺は今、弟だから
そういうのもいいのかな。

疲れているからか
眠たいからか、
思考がまとまらない。

もう俺は生まれ変わったのにな。

前世の記憶に今の感情が
振り回される。

なぁ、カミサマ。

もう一度話がしたい。

無理なのかな?

俺、感謝してるから
お礼も言いたい。

でも、教えて欲しいことだって
沢山ある。

カミサマ、カミサマ。

もう一度、俺の前に
出てきてくれよ。

俺はそんなことを
つらつらと考えながら
一粒だけ涙を落として
眠りの世界へと落ちて行った。



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