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婚約騒動が勃発しました

66: くまさんの衣装合わせ

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 「アキルティア様、
お会いしたかったですわ」

メイジーが立ち上がらんばかりに言う。

「私も、早くこの日が来ないかと
毎日指折り数えてましたの」

とエミリーも言ってくれる。

俺は嬉しくなって
「僕も楽しみでした」と
返事をしてソファーに座った。

もちろん、クマも一緒だ。

俺はクマを膝に乗せている。

「それがクマさんですのね。
お可愛らしい」

メイジーがそう言って、
ほんとうに、とエミリーも言う。

「アキ様、よければ
クマさんはこちらに」

俺はぎゅっとクマを抱っこしていたが
たしかにこのクマはデカイ。

ずっと持っていると
腕は疲れてくるし、
正直邪魔だ。

俺はクリムの声に頷いて
俺の隣に座らせた。

「「「「……可愛い」」」」

何やら四人が揃って呟く。

俺が首を傾げると
四人は何でもないとばかりに
首を振った。

それからすぐに侍女が
俺の前にお茶と焼き菓子を持って来てくれる。

「今日はアキ様のために
ミルクを入れると風味が良くなる
茶葉をご用意したんです」

クリムはそう言って笑顔になった。

俺の前には紅茶とミルクピッチャーがある。
ついでに、シロップもあった。

気を遣ってもらって申し訳ない。

でも俺は遠慮なくミルクたっぷりの
甘い紅茶を飲ませてもらうぜ。

俺たちは紅茶を飲みながら
前回の茶会の話をした。

メイジーもエミリーも
俺がしたアイデアを
商品化するために当主たちに
話をして、すでに事業として
立ち上げる準備をしているらしい。

なんだそりゃ。
凄いな。

行動が早い。

「ぜひアキルティア様にも
ご協力いただきたくて」

なんてメイジーが言うが
もちろん、俺は頷く。

俺に協力できることがあるかどうかは
わからないけどな。

俺には刺しゅうも縫物も
全くできないし、
デザイン力も何も無いしな。

「そうそう、そして
クマさんのお洋服ですが、
私、少しだけ作ってきたのです」

メイジーが俺に言いながら
大きな袋を取り出した。

本気で!?

あんな簡単なサイズを伝えただけで?

驚く俺の前で
メイジーは袋の中から
クマの洋服を出す。

パジャマだ!

なんと、パジャマとお揃いの
ナイトキャップまである。

「も、もらっていいの?」

「はい」

メイジーが言ってくれたので
俺はおそるおそるメイジーから
クマのパジャマを受け取った。

そして隣に座るクマに着せる。

おぉ!
サイズもぴったりだ。

「よかった。
サイズはこれで良さそうですね」

メイジーはそう言って、
袋を俺に渡してくる。

「お着換えが無いと寂しいと
思いまして、色々作ったのです」

頬を染めるメイジーに
俺はお礼を言いつつ
袋の中を見る。

「すごい!」

袋の中にはクマの衣装が
沢山入っていた。

そう、衣装だ。

この前、俺が茶会で着ていたのと
同じ様なシャツもあれば、
これドレス? 
ワンピース? みたいなものまで。

残念ながらズボンはなかったが、
メイジー曰く、
「しっぽがどうなっているのか
わからなかったものですから」
とのことだった。

だが、構わない。

別に俺は着せ替えして
遊びたいわけじゃないからな。

抱き枕が汚れるので
その枕カバーが欲しかっただけだ。

メイジーがくれた衣装は
俺が一緒に寝ると
言っていたからだろう。

どれも肌触りが良く、
宝飾品の代わりに、
綺麗な刺しゅうがしてあった。

刺しゅうはきっと
エミリーがしてくれたのだろう。

俺は二人に心からお礼を言った。

正直俺は、
ここまでしてくれるなんて
思ってもみなかったのだ。

「ありがとう!
本当に嬉しい」

これで今日から毎日
抱き枕のカバーを変えて
眠ることができるぜ!

俺はパジャマを着たクマを抱きしめ
その心地よさに頬ずりする。

「い、いえ。
喜んで下さって光栄ですわ」

メイジーが頬を赤くして言う。

「エミリー嬢もありがとう。
とても綺麗な刺しゅうだね」

エミリーにもお礼を言うと
エミリーも顔を赤くして
光栄です、と笑う。

あー、
友だちっていいなー。

会話をしたら癒されるし、
相談したらこうやって
助けてくれる。

めちゃくちゃ嬉しい。

「あの、僕も二人に
何かお礼をしたいんだけど
何かあるかな?」

そう言うと、メイジーも
エミリーも顔を見合わせて
首を振った。

「もう私たちお友達ですもの。
お礼は必要ないですわ」って
メイジーが笑う。

めちゃくちゃ良い子だ。

「僕も二人の友達でいいの?」

と聞くと、二人は
もちろんですわ、と言う。

俺はクリムとルシリアンの顔を
見たら、二人とも頷いてくれた。

やった!

友だちが二人もできた!

俺は嬉しくなって
クマをぎゅーぎゅー抱きしめる。

「じゃ、じゃあやっぱり
お礼がしたいな」

友だちになってくれたし。

そう思うと、今度は
エミリーが笑顔で俺を見た。

「もう素敵な栞を
頂きましたわ。
私たち全員お揃いの」

あんなしょぼい栞を
そんなに喜んでくれたのか。

「じゃ、じゃあ、今度、
また別のを持ってくるよ」

俺は庭に咲いている花を思い浮かべる。

「また別の、ですか?」

ルシリアンが言う。

「うん。
今お庭に良い香りがする花が
咲いてるんだ。

それで匂い袋を作ったら
良い香りがするんだよ」

俺はポケットに入れていたハンカチを
四人の前に出した。

「香水とかだと、
匂いがきつくて僕は
ちょっと嫌なんだけど。

でもこれだと、
気にならないでしょう?」

俺のハンカチは、
サリーにお願いをして
匂い袋と一緒に収納してもらっている。

「兄様も僕が作った匂い袋を
使ってくれてるんだよ」

というと、女子二人が
「きゃーっ」と恥ずかしそうに
顔を赤くした。

うん?
なんでだ?

「あの、アキ様」

ルシリアンがそっと俺に耳打ちをする。

「同じ香りを纏うのは、
その……深い関係だと
周囲に示すことになりますので」

うん?

同じ匂いをしてたらダメなのか?

「えっと、じゃあ、
僕と同じ匂いを皆がしてたら
ダメってこと?」

「ダメではないですが、
その……僕たちはまだ
成人の儀を迎えていないので
構いませんが、

成人すると、貴族はたいてい
調香師に自分だけの香りを作らせ、
それを身に纏うものなのです」

へー、凄いな、貴族って。

つまり自分と同じ香水を
使っている者は一人もいないってことか。

ということは。
同じ匂いをしてたら、
その人たちは恋人とか
そういう関係だってことになるのか。

なるほど、なるほど。

「じゃあ、匂い袋はダメだよね。
じゃあ別のを考えてみる」

俺は素直に引き下がった。

良かった、聞いておいて。
知らずに匂い袋を渡して
この初々しい二組の
恋人たちの間に
亀裂が入ったら大変なことになるところだった。

「いえ、私たちは良いのですが、
その……アキ様は
ジェルロイド様と同じ香りを?」

ルシリアンが戸惑うように聞く。

「うん。庭で採れた同じ花から
作ってるから」

ダメか?
でも兄弟だし、
同じ家に住んでるんだから、
それぐらいはかまわないだろう。

俺がきょとんとして
言ったからか、ルシリアンは
それ以上は何も言わなかった。

俺もそれでその話は終わったし、
それ以上は何も気にしていなかった。

だから。
『俺と義兄が同じ匂い』と
言うことが、あっという間に
女子たちの社交場で広がり、
『禁断の兄弟愛』の噂が
さらに過熱してしまうことを
俺は全く知らなかったのだ。



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