上 下
21 / 308
愛される世界?

13:宝石は愛のプレゼント

しおりを挟む
 義兄がタウンハウスから帰ってくる日、
俺は朝から庭に出て石を磨いていた。

東屋で磨いていると、
庭師のおじいさんが俺に油が染みた布を
一枚渡してくれたんだ。

それで磨くと、もっとピカピカになるよ、と。

庭で使う道具の油を染み込ませた布だったが、
一応は俺が使うからか、新しい布に
少しの油を使っただけの布だった。

わざわざ準備してくれたのだろうか。
本当に公爵家で働く人たちは俺に優しい。

油が染み込んだ布は、磨くと
石についていた余計な汚れを取り、
どんどんピカピカになっていく。

めちゃくちゃ面白い。

俺、こういう地道な作業も
嫌じゃないんだよな。

基本的にデスクワーク向きなんだと思う。

俺の後ろに控えていたサリーが
俺の地道な作業を苦笑しながら
見ていることも知っている。

でもそれを咎めて来ないのも嬉しい。

公爵家は、やりたいことをやらせて
能力を伸ばす教育方針のようだ。

俺がキュキュッと石を磨いていたら
玄関の方で馬車が停まる音がする。

義兄が帰って来たようだ。

俺が東屋から立ち上がると、
サリーが「お声を掛けてきます」と言う。

そしてサリーの後ろにいる護衛に
合図をしてから、サリーは
玄関へと向かった。

義兄のタイミングで、
俺を呼んでくれるのだろう。

義兄が着替えてからか、
それとも夕食の後か。

石は結構仕上がっているとは思うけれど
磨けば磨くほど綺麗になるから
もう少し磨いてみようか。

そう思っていると、
「アキルティア様」とサリーが
俺を呼ぶ声がする。

顔を上げると、なんと、
制服を着たままの義兄がサリーの
傍に立っていた。

「兄さま、おかえりなしゃい」

っと、今のは言えてたよな?
幼児言葉じゃなかったよな。

俺は石をポケットに隠して
義兄のそばに入っていく。

「いいよ、走らないで」

義兄も俺に近づいてくれた。

「僕に話があると聞いたんだけど?」

って、いきなりか。
話はないけどプレゼントがあるんだよな。

この石、仕上がってると言えば仕上がってるけど、
もう少し磨きたい気もする。

どうしようか。
あとでいいから時間が欲しいと言ってみるか?

と迷っていると、サリーがさりげなく
東屋に俺と義兄のお茶を準備してくれた。

仕方なく俺は義兄と東屋に座る。

お茶は冷たく冷えたもので、
飲んだら少し落ちついた。

なんだよ、冷たいお茶だって
用意できるじゃんか。

きっと冷たいものは
俺がお腹を壊すとか言って
今まで出さなかったんだな。

今日は暑かったし、
ここは外だから冷たいお茶を
用意してくれたのかもしれない。

義兄もどうやら冷たいお茶を飲んで
汗が引いたようだ。

着替えてからでも良かったのに
俺のために急いで来てくれたんだろうか。

そう考えると嬉しい。

「あの、兄さま」

俺はポケットから石を取り出した。

油の染みた布も一緒に出て来たけど、
それは慌ててポケットに押し込む。

「プレゼントです」

「僕に?」

義兄は驚いた顔をする。

俺は石を手で包み込んで見えないようにして、
じゃじゃーん!と効果音付き……は
恥ずかしくて言えなかったが、
それぐらいの気分で義兄に石を見せた。

義兄は何も言わずに目を見開いて固まっている。

もしかして、
ただの石だと落胆したのか?

三歳児に何を求めてるんだ、義兄よ。

だがこれはただの石では無いのだ。

俺は石を義兄に無理やり握らせた。

「兄さま。この石はただの石じゃないんでしゅ!」

力み過ぎて、また舌が回らない。

「この石は、ほら、透明でキラキラ!」

俺は義兄の手を掴んで石を光にかざすようにした。

「キラキラは悪いものをやっつけて、
近寄らないようにできます」

よし、言えた。

「透明なキラキラの石は水晶で
持ってるだけで兄さまを守ってくれましゅ!」

あ、まだ舌が……。
くそ。
早く成長してくれ、俺の舌。

俺は義兄の手を石ごとぎゅーっと握った。

「僕の兄さまになってくれて
ありがとう、のプレゼントです」

よし!よし!
一番大事なところは、まともに言えたぞ!

と俺は満足して自然に笑顔になった。
大きな仕事をやりとげた感覚だった。

だが、義兄は。
俺をじっと見たまま、まだ動かない。

大丈夫か?
この石がじつは庭で拾った石だって
気が付いたのか?

俺だってさすがに庭に水晶が
落ちてるとは思わないけどさ。

でも透明だし、磨いたら
すっごく綺麗になって、水晶みたいだろ?

俺は前世で、弟の誕生日に、
公園で拾った透明の石を磨いて
魔除けの水晶だ!って渡したら、
物凄く弟は喜んでたんだぞ。

あの時の弟は今の義兄よりは
小さかったかもしれないが、
子どもなんだから、庭の石も宝石も
似たようなもんだろう。

ようは、信じたもん勝ちってことだ。

庭の石でも魔除けの石だと思えば
水晶と同じ効果がある!……はず。

俺は胸を張って義兄を見上げた。

義兄は……。

目に涙をにじませている。

え?
なんで?

「あ、りがとう。
嬉しい、よ」

石が泣くほど嬉しいのか?

やっぱりあんな父だから
家族じゃないとか、疎外感を感じてたのか?

俺は立ち上がって、
座ったまま涙を落とす義兄の頭を
抱きしめてやる。

まだ10歳だもんな。
公爵家は金持ちだし、権力もあるけど
そんなところにひとりぼっちできたんだ。
怖かっただろうし、寂しかったはずだ。

「兄さま。大丈夫。
僕が守ってあげる」

そういうと、義兄は体を震わせ、
俺の胸に一瞬だけ顔を押し付けて。

それから、俺をそっと引きはがした。

「ありがとう。
でも僕が兄だから。
僕が守ってあげる」

笑顔でそう言われて。

俺はその真剣な顔に、
ただ頷いた。

そんな俺たちの様子を
こっそり見ていた庭師が感動して
涙を滝のように流していたことも。

そばに控えていたサリーと護衛が
目に涙を浮かべて、俺たちを
見守っていたことも。

その後、義兄と俺が
部屋に戻ってから、
様子を見ていた侍女たちが
メイドや護衛たちに俺たちの様子を伝えて
「アキルティア様は本当にお優しい」とか
「素晴らしい兄弟愛」だとか噂になったこととか。

それを聞いた父が有頂天になっていたとか。

そういうことを俺が知ったのは、
随分と後になってからだった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです

魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。 ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。 そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。 このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。 前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。 ※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。 最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者 R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。

処理中です...