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愛があるれる世界
303:王族として【王弟SIDE】
しおりを挟む怒りに満ちた瞳で
俺の執務室の扉を叩いたのは
一人息子のヴァレリアンだった。
ただならぬ雰囲気に
俺はすぐに人払いをする。
俺は机に座ったままだったが、
持っていた書類を置き、
目の前に立つ息子を見上げた。
「どうした?」
「愛し子のことで、話がある」
短い言葉だったが、
怒りに満ちた声に愛し子のことで
何か進展があったのだと理解した。
金聖騎士団が王家や神殿から
距離を取り、愛し子の
捜索をしていたことは知っている。
通常ではありえないことだが、
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直轄となっていた。
その為、国王であっても
金聖騎士団に勅命を出すことはできない。
いや、聖騎士団としてではなく、
個人として命を下すことは
可能かもしれないが、
それでも、愛し子のためであれば
拒否することもできる。
何故なら、愛し子は
この世界を創った女神の愛し子であり
この国を救うために女神より
もたらされた救世主だったからだ。
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『聖樹』や『大聖樹』を蘇らせた。
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愛し子に忠誠を誓った金聖騎士団を
与えたのだ。
それもこれも、愛し子に
ずっとこの国にいて
この国の繁栄に力を貸してもらうためだ。
それがいきなり、隣国という存在が
女神によって明らかになり
愛し子がこの国から去ってしまう
可能性が出て来た。
それだけは避けたかった。
だからこそ、あまりやりたくなかったが
俺は保険を掛けた。
愛し子に侍従のように付き従う神官に
「必ず愛し子をこの国に戻すように」と
国王である兄に進言し、
王命を下させたのだ。
息子はどうやらそのことで
怒りをあらわにしているようだが、
この話は随分前に一度終えている。
愛し子がこの国を出た後、
この息子に追求され、
正直に話をしたからだ。
だが、国として最善の策だったと
そう言えば納得していた筈なのだが。
首を傾げると、息子の口から
愛し子が帰って来たと告げられた。
その後は、そのまま息子の言葉を聞かず
強引に息子を連れて兄のもとに向かった。
俺だけ話を聞くのではなく、
国王である兄も一緒に聞くべきだと思ったからだ。
俺はどうも直情的なところもあり
冷静に話を聞き、判断することが
苦手でもある。
だからこそ王には兄がなるべきだと
思っていたし、兄を支えるために
俺が騎士団を率い、
争いごとは一気に引き受けているのだ。
俺は息子の腕を掴み、
兄の部屋に飛び込んだ。
一応、扉を叩きはしたが、
返事も聞かずに部屋に入る……と、
兄とその息子のカーティスがいた。
カーティスは何故か床にしゃがみ込み、
泣き崩れている。
これはただ事ではないと思う。
が、もちろん、顔には出さない。
そっと兄と視線を交わして
まずは話を聞こうと結論づける。
息子であるヴァレリアンの話を聞き、
息子たちが何に憤り、
何に苦しんでいるかを理解した。
だが、だからと言って
それらを受け入れることはできない。
俺たちは国民の命を預かる王族だからだ。
一個人の感情だけで、
国の利益を損なう判断は出すべきではない。
俺はどうするかを考えていたが、
ふと愛し子の言葉を思い出した。
「人間の運命は、人間が作るそうだぜ」
確かに愛し子はそう言っていた。
女神さえも、人間の感情はあやつれないのだと。
そしてその人間の感情が複雑に絡み合い、
運命が作られるのだと。
そういうなら、あの時の俺や兄の判断により
俺たちや息子たちの運命が動いたことになる。
だが、もし運命を変えたいのであれば、
息子たちが動けばいい。
それで何かが変わるかもしれない。
だが俺たちは王族でもある。
その意識は息子たちにはあるのだろうか。
自分一人の感情で、
多くの民が苦しむかもしれない。
その重荷を背負って判断できるのかと
俺は問う。
「俺たちはお前たちが大事だから
あの時は、あれが最善だと判断した。
そして今がある」
愛し子があの時の判断を「嫌だ」と
言うのであれば、その責を負うのは
俺と兄貴だ。
その覚悟を持って、
俺たちはあの判断をした。
では、息子たちはどうなのか。
「お前たちは、これから何を考え、
どう動く?
お前たちの最善はなんだ?」
息子たちが考える最善は
自身の愛を成就することなのか、
それとも民の命を守ることなのか。
この世界のために動くことが
最善だと言えるのか。
あの時の判断は、確かに
最善だった。
国としての利益と
子どもたちの愛する者を
この国に必ず戻すという二つの
目的を達成させるための最善策だと思った。
そしてそれは今でも思っている。
王族である息子たちを見知らぬ他国に
何の調査も無く行かせるには
リスクが大きすぎる。
だからたとえ、愛し子に
嫌われたとしても、あの判断は
間違っていなかったと今でも言える。
その判断を息子たちが否定するのであれば
それでも構わない。
ただ、その息子たちが下す最善とは
どういうものかを俺は聞きたい。
息子たちは、何を求めるのか。
国か、愛し子か。
「今すぐは、返事できない」
俺と兄の視線を受けて、
ヴァレリアンが言った。
片手はいまだに床に座っているカーティスの
手首を掴んでいる。
「俺たちの望みは、決まっている。
だが、最善はまだだ」
ぐい、っとカーティスの腕を引き上げ
ヴァレリアンは俺と兄を見た。
「俺たちには優秀な参謀がいる。
あいつなら、
俺たちの最善を
必ず叶える策を考えるはずだ」
そう言えば、幼馴染とはあと一人、
融通が利かない宰相の息子がいたなと
思い出す。
息子も親に似て、頭は良いが
自分にも他人にも厳しいと評判だった。
「おい、早く立て」
ヴァレリアンはカーティスを立たせて
まるで弟にするかのように
カーティスの髪をぐしゃりと撫でた。
「落ち込むのはここまでだ。
情報は伝えた。
次に動くのは俺たちだ」
ヴァレリアンの言葉に、
カーティスの瞳に光が戻る。
「もう一度言うが、
ユウは、今回戻ってきたのは
あの神官に出した王命があったからだと言っていた。
そして次にあの神官に手を出したら
あの神官の一族全てを連れて、
隣国に移住するとも言っている」
「それは……穏やかではない話だね」
兄の声はやや緊張があったが
それでも、表情は変わらない。
「本来であれば、
俺たちも隣国に行きたいぐらいだ。
だが、それは最善ではない」
わかってるではないか、と
俺と兄貴はそっと視線を交わす。
「だからそれは最終手段だ。
また報告に……来ます」
と、最後だけは兄に言ったのだろう。
一応は丁寧な口調に語尾だけ変えて
息子はカーティスを連れて部屋を出て行った。
「結構、大事になっちゃったね」と
兄は笑って言う。
さすがだと思う。
女神の愛し子に喧嘩を売った状態なのだ。
内心はかなり焦っているとは思うが
そんな様子は一切感じない。
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最善を聞いてから
今後のことを考えようか」
兄の言葉に俺は素直に頷いた。
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