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獣人の国

291:女神の子

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 女神は今度は私の手を取ることなく、
私が落ち着くのをじっと待っていた。

そして『お茶を淹れ直すわね』と
また指をくるん、と回す。

すると目の前にあったケーキスタンドは消え、
新しい紅茶と、ミルク。
そしてクッキーやチョコレートが乗った
お皿が現れた。

チョコレートケーキ、食べかけだったのに。
と、衝撃的が大きすぎたせいか、
何故か冷静になってきて
そんなことを思った。

私は無言で紅茶にミルクと砂糖を入れた。

いつもは贅沢品だと思って
あまり使わなかった砂糖とミルクを
ティーカップに大量に入れる。

こんな時ぐらい、
贅沢しても許される筈だ。

私は紅茶に息を吹きかけ
冷ましながら飲む。

甘くて美味しい。

暖かい紅茶が、冷えてきた私の体を
温めてくれるような気がした。

私の様子を見ていた女神は、
『落ち着いた?』と言う。

私は頷いた。

真実を知ることは大事だと思う。

そこで私が何を思い、
どう感じるのかは別問題だけど。

もしかしたら、物凄く傷つくかもしれない。

それでも今の私には
慰めてくれる人も、愛してくれる人もいる。

だから大丈夫。
ちゃんと、向き合おう。

女神はそっと微笑って、
私を見る。

『あなたは、彼女の生み落とした子。
彼女の愛の結晶。

最初は気が付かなかったわ。
あなたは、本来の姿ではないのだもの。

でもね。
地球にいた時のあなたの身体を見て
気が付いたの。

あなたは、彼女の面影がある。

優しい顔立ちも、可愛らしい丸い目も』

女神は私に手を伸ばし、
私の髪に触れた。

『今のあなたも、彼女に似ているわ。
誰かを守ろうとする優しさも、
意志の強い瞳も。

姿かたちは関係ないの。
あなたの魂は、彼女にそっくりだわ』

女神の瞳が懐かしそうに細くなった。
私を通して、親友を思い出しているのだろうか。

『人間と女神の血を引いているからこそ、
あなたは、多くの苦しみも受け入れ、
理不尽も受け入れることができた。

多くの弱き者を守り、
傷付いてもなお、友を救うために
その命さえも使おうとした。

あの子の創ったいい加減な世界を
「仕方がない」と受け入れ、
手助けをし、さらに、女神の力までも受け入れた。

ただの人間には、そんなこと不可能よ』

向き合おうと思ったけれど、
その言葉に私は心の中で反発した。

そんなの、女神の血でも何でもないと思う。

ずっと私には親がいなかったから、
愛されたくて、ただそれだけだった。

その為に必死になって生きていただけだ。

現状を受け入れないと生きていけなかったし
施設の弟妹たちを守らなければ
自分の居場所が無くなると思った。

ただそれだけ。

それなのにいきなり、
私が生きてきたことが女神の血を引く
理由だと言われても、
受け入れることなどできない。

『受け入れなくてもいいわ。
でもね、知っててほしいと思ったの』

女神は言う。

『あなたは、愛されたから生まれてきたのだと。
愛し合う二人から生まれ、
あなたの命を救うために、
彼女はあなたを地球に生み落とした。

時の牢獄に入るときに、お腹の子は
査問委員会で消される決定がされていたから。

あなたを救いたくて、
彼女はあなたを私の世界に落としたのよ』

そんなの、自己満足だ。
勝手に生んで、幸せになって欲しいなんて。

自分は何もできないくせに、
私の名を呼ぶことさえできないくせに。

なんて勝手なんだと私は怒りが沸き起こる。

今更だ。

今更そんなこと知っても、
何も変わらない。

何も、変わらないんだ。

『そう、変わらないわ。
あなたはあなたの幸せを求めればいい。

ねぇ、ユウちゃん。
でもあなたが愛されて生まれて来たってわかったら、
ちょっとは嬉しい?』

そう聞かれて、戸惑う。
怒りを強く感じていたけれど、
嬉しいかどうかと言われたら……

もっともっと前に、
そのことを知ることができたのなら
嬉しかったと思う。

親にさえ嫌われ、疎まれて
捨てられたと思っていたから。

でも今は、わからない。

私を愛してくれる人たちと
出会うことができたし、
家族というのであれば
パパ先生もいる。

『そう、良かったわ。
あなたはあなたの手で、愛を手に入れたのね』

女神はそう言うと、
優しい顔をした。

『あと、あなたの『力』だけれど、
残念ながら、引き上げることはできないかもしれないの。

人間に女神の『力』を与えるなど初めてのことだし、
あなたの持つ女神の血が、
あの子の『力』と反応して、
無理なことをすると、何が起こるかわからない』

こんなことになるなんて、と
女神は首を振る。

「それは……」

構わない、と言えばいいのだろうか。

元々、そんなに使うつもりはない『力』だから
あっても無くても構わないといえば構わない。

女神は私の考えを読んだようで
そうね、と頷いた。

『あなたの『力』がある限り、
私やあの子とは繋がっているし、
教会であれば、話だってできるわ。

あの世界は当分大丈夫だと思うけど、
何かあったら教えてちょうだい』

それに関しては私は大きく頷く。

『それからね。
最後に1つだけ……』

と女神は私に最後の隠し玉を伝えたが、
私はそれに返答できないまま。

『それだけは覚えていて』という
またもや、女神の身勝手な言い分だけを
聞かされて、あっという間に
元の世界へと戻された。

女神と言うのは自分勝手な
生き物でしかないと切に思った。



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