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獣人の国

267:名前と家族と愛する人

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 私はパパ先生に抱っこされたまま
嬉しすぎて泣いてしまったけれど。

その後は体を下してもらって、
深呼吸を繰り返した。

すると体から出ていた光は次第に消えていき、
パパ先生はそれを見てから、水で濡れた
テーブルをタオルで拭いていた。

綺麗に掃除をしてから、
パパ先生は、私のためにお茶を
淹れ直してくれるというので、
話をする場所をキッチンに移動して
私もお茶を淹れる手伝いをする。

キッチンのテーブルに座ると
パパ先生がクッキーを出してくれた。

本当はこの世界の食べ物ではなく、
元の世界の食べ物を創ることだってできる。

でも私はパパ先生が望まないので
自分からは何も言わない。

パパ先生の前で朝食を創ったのは
1度だけだ。

パパ先生が気軽に力を
使わない方が良いと言ったことと、
もう会えないパパ先生の奥さんの料理を
何度も食べるのはパパ先生が
辛いと思ったからだ。

もしパパ先生が食べたいとか言うなら
もちろん、すぐにでも創るけれど。

私とパパ先生は、今度は
あったかいお茶を飲み、
クッキーを食べる。

朝ご飯は食べたけれど、
お昼までにはまだ時間があるので
ちょっとしたおやつだ。

元の世界ではおやつなんて
食べる機会があまりなかったから
贅沢な気がして、ちょっぴり嬉しい。

甘いクッキーをかじって、
お茶を飲んで。

少し落ち着いた頃に
パパ先生は口を開いた。

「僕はね、まだこの国の住人じゃないんだ」

私は口を挟まずに、パパ先生の話を聞く。

勇くんの命は失われて、
そのタイミングでこの世界に来た。

というか、実際は私の魂が入った
勇くんの身体が、というべきだけど。

でもパパ先生はまだ生きている時に
元の世界から来てしまったので、
パパ先生の存在は、宙ぶらりんの状態らしい。

元の世界に戻りたいと思えば、
帰ることができるし、
この世界で生きたいと願えば
それもできる。

けれど、この世界の住人として
この世界に組み込まれるには
『名前』が必要なんだとか。

『名』を呼ばれ、初めてパパ先生は
この世界に生きる者だと
正式に認められる。

そしてこの世界で生きることを決めたら
私に名前を付けてもらうように
女神ちゃんに言われたらしい。

だからパパ先生の呼び名は、
今、この世界では
賢者でパパ先生なんだ。

私がパパ先生の名前を思い出せないのも、
そう言う理由が関わっているのかもしれない。

「まぁ、名前は急がないけどね」

パパ先生は不器用なウインクをして
私を見た。

「僕はこの世界で悠子ちゃんと
生きていけたらそれでいいんだ」

私は嬉しくて、また瞳を潤ませる。

「この世界で君が愛する人を見つけて
愛し合ったとしても。

僕はこの世界で君のになりたい。

君に何があっても、僕は君を守るし、
君がどこに
帰ってくる場所は必要だろう?」

パパ先生は笑う。

「僕はいつだって、ここで君の帰りを待ってるよ」


私の帰りを待っていてくれる人がいるなんて。

「じゃ、じゃあ、もし私が隣の国に行ったら?」

「この家で待ってるよ。
でも……そうだな。

もし隣国と国交ができて、道もできたら
僕も隣の国に家を建てようかな。

悠子ちゃんがどこにいても
すぐに僕の場所に帰ってこれるように」

「家を二つ持つの?」

「この家が僕の家だから
隣国の家は別荘かな?」

「じゃあ、私が『力』で二つの家の空間を
繋げてあげる」

「それはいいね」

なんて、冗談だけれど、冗談でもない話をして
私とパパ先生は顔を見合わせ笑った。

「ねぇ、パパ先生」

私は心が軽くなったのを感じて、
息を吐いた。

「マイクのこと、聞いてもらっていい?」

「もちろん」

パパ先生の笑顔に背中を押され、
私は考えていたことを吐き出した。

パパ先生は私の話を遮らずに聞いてくれた。
私はマイクに感じる罪悪感をすべて吐き出し、
泣きそうになる顔を隠したくてお茶を飲む。

パパ先生は私の話を聞き、
考えるように目を閉じた。

そして目を開けると、僕はね、と私を見る。

「彼は家族のことを、悠子ちゃんが
心配するほど、気にかけているとは
思えないんだよ」

私は首を傾げた。

「悠子ちゃんの話から推察すると
彼は貴族で裕福な家庭で育ったのだろう。

でも、悠子ちゃんと会ったのは
辺境のさびれた村の教会だった。

いくらあの女神のことがあったとはいえ、
たった一人でそんな場所に行くとなれば
家族は心配すると思う。

でも、彼は自分の意志で、
一人でその教会に向かったんだ。

今回の旅に関しても、
隣国の王城から抜け出し、
追手に追われる形になったのに、
それでも彼は悠子ちゃんに従いついてきた。

彼の家族に愛が無いとは言わないけれど、
僕は少なくとも彼の家族は、
彼の意志を尊重していると思う。

この世界の家族の在り方と
僕たちの世界の家族の考え方の
違いもあるかもしれない。

でも僕は、彼の家族は、
彼が自ら選んだことに対して
反対をすることは無いように思えるし、
彼もまた、家族よりも君といることを選んだ。

僕から見ても彼は悠子ちゃんといると
とても嬉しそうだし、心配はいらないと思うよ」

そんなものだろうか。

私の不安を感じたのだろう。
パパ先生はさらに言葉を続ける。

「僕の息子も、僕と一緒に住んでいたけれど、
嫁と結婚した当初は、何年も別々に暮らしていたし、
その間、年賀状一つ届かなかったんだよ。
愛する人ができたら、息子なんてそんなもんだ」

その言葉には、さすがに驚いた。

「僕の妻が体調を崩したことがあってね。
それをきっかけに同居することになったんだ。

……今から思うと、嫁は同居も嫌だったのかもしれないね」

パパ先生は、最後は悲しそうに小さくつぶやいた。

私は親も兄弟もいなかったからわからなかったけれど、
愛する人が出来たら、何年も音信不通?
でもたいしたことではないと言われて、
戸惑ってしまう。

私が考えていた家族愛って、
もっと深く想いあうとか、
心配しあい、大切に慈しみあうとか
そういうものを想像していた。

違うのだろうか。
漫画や小説では……いや、
現実では違うのか?

わからなくなってしまったけれど、
少なくとも、マイクも、マイクの家族も
私のせいで引き離されて辛い思いをしているわけでは
無さそうなことがわかって、私はほっとした。

「でも、彼か」

パパ先生は、うん、うん、と頷く。

「パパ先生?」

「悠子ちゃんは彼が
恋愛対象として気になるんだね」

その言葉に、私は固まってしまった。



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