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獣人の国

262:賢者の驚愕【賢者SIDE】

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 翌朝、目を覚ますと、
驚いた顔の悠子ちゃんが目に入った。

よく見ると、悠子ちゃんの指先が光っている。

窓から差し込む朝の陽ざしで
良くは見えないが、光っているのはわかる。

「おはよう、悠子ちゃん。
まだ光っているのかい?」

そう言うと、悠子ちゃんの表情が
曇ったような気がして
僕は慌てて付け足した。

「これなら悠子ちゃんが
どこに行っても探し出せそうだね」

笑って見せると、悠子ちゃんもつられて笑う。

「じゃあ、僕は朝ごはんの準備をするから
悠子ちゃんは顔を洗っておいで」

悠子ちゃんが着替えているうちに
昨日の女神との交換日記ノートに
悠子ちゃんの光る現象を
書き加えておこう。

そう思ったのに、
いきなり悠子ちゃんが僕を呼び止めた。

「朝食は私が創るわ」

いきなりの言葉に驚いたけれど、
愛娘の手作りの朝ご飯なんて
素晴らしいと思った。

「悠子ちゃんが作ってくれるのかい?
それは嬉しいなぁ。
悠子ちゃんの手料理は初めてだ」

「ううん。料理はしないの。
創るだけ」

意味が分からず、
おもわず首を傾けてしまう。

けれど悠子ちゃんは何も言わず
「早く着替えて、パパ先生。
私も着替えたらキッチンに行くから」

と言って部屋から出て行ってしまった。

僕はまだ悠子ちゃんには
秘密があるのかもしれないと思い、
深くは聞かずに着替えをした。

女神ノートを開いたが
交換日記と言ってはいても
女神からはまだ何も書かれていない。

僕は一応、悠子ちゃんの身体が
淡く光ることを書き加え、
問題や対処法があるのなら
教えて欲しいと書いておいた。

このノートは日本語で書いてあるので
僕と悠子ちゃん以外の誰も
読めないとは思うけれど、
紛失することはできないし、
もし女神とやりとりができると
誰かに知られたら大変なことになるかもしれない。

このノートは僕が保管しておいた方が良いだろう。

僕はノートを『空間』に保管して
キッチンに向かった。

悠子ちゃんも着替えたばかりなのか
キッチンにいたけれど
何かを作る気配はなかった。

「何を作ってくれるんだい?」

と聞いたけれど、
悠子ちゃんは僕に何が食べたいかを聞いてきた。

この家にはそんなに食材がないので
選択肢などほぼ無いようなものだけれど、
悠子ちゃんが楽しそうに行くので
話に乗ることにした。

元の世界の話を思い出したいのかもしれないと
僕は日本食定番の、白いご飯にお味噌汁、
なんて話をした。

一瞬、亡き妻の朝ご飯を思い出してしまった。

「わかった、じゃあとにかく座って」

悠子ちゃんは僕を
キッチンのテーブルに座らせる。

何をするのだろうと思っていたが、
悠子ちゃんは僕の前の座り、
祈るように目を閉じた。

するといつの間にか消えていた
悠子ちゃんの指先の光が蘇り、
その光が悠子ちゃんの全身に広がっていく。

呆然と見ている僕の前で
悠子ちゃんが、組んでいた指を広げ
テーブルに向けた。

光がテーブルにまで広がり、
まぶしくて一瞬、目を閉じてしまう。

次に目を開けると、
驚愕した。

目の前に、
白いご飯に豆腐とわかめのお味噌汁。
それから焼いた鮭と、味付け海苔。

ずっと昔、僕と妻が愛用していた
お膳の上に、使い慣れた食器と共に
それらが現れたのだ。

それに悠子ちゃんのお膳には
鮭の代わりにベーコンエッグが乗っている。

妻の、黄身がトロトロした半熟の目玉焼きだ。

「……すごい、ね」

それ以外の言葉は、出なかった。

でも、悠子ちゃんが不安そうな顔をしたので
僕は悠子ちゃんの髪を撫でた。

「ありがとう、もう一度食べたいと思っていたんだ」

そう言うと、悠子ちゃんはほっとしたように笑った。

それから僕は、朝食を食べた。

僕は柔らかいご飯が好きだったけど、
固めに炊いたご飯が好きだった妻はいつも
朝だけは、ご飯を固めに炊いていた。

それは「しっかり噛んで食べることで脳が働く」からだ。

僕は何時も妻にそう言われていた。

このご飯も、少し固めに炊いてあるようで、
妻の言葉を思い出した。

カツオと昆布の合わせ出汁も、
鮭の塩加減も、妻が作ったのと同じ味だった。

僕は涙を必死でこらえて食べた。

突然失った妻との時間が戻ったようだ。
そしてその中に、娘がいる。

僕と妻と悠子ちゃん。
三人で食事をしているようにも思えた。

嬉しいけれど、妻はもういない。
それを認識してしまうと
寂しい気持ちも蘇る。

僕は妻の作った味を噛みしめながら食べた。

僕たちが食べ終えると、
悠子ちゃんはあっという間に
目の前から食器を消した。

驚く暇もなく、これが『力』だと
僕に言う。

ーーー創造スキル。

本当にこんな『力』があるとは。

確かに悠子ちゃんには聞いていたけれど、
どこか夢物語として捉えていた。

この『力』は悠子ちゃんの
記憶や想像力と連動しているらしい。

僕の妻の味が再現できた食事も、
悠子ちゃんの記憶があったからだ。

「きっと、ですけど
私が想像したものは何でもできると思います」

この言葉に、僕は絶句するしかない。
こんな神にも等しい力を持っているなど、
危険極まりない。

誰もが悠子ちゃんの『力』を欲しがるだろう。
それこそ、血が流れる争いになってもおかしくはない。

しかも、そこに政治的な欲望だけでなく
悠子ちゃんを性的な対象として望む者も
多数いるはずだ。

だからこその『祝福』なのだろう?

恐ろしすぎる。

何も理解していなさそうな悠子ちゃんに
僕は慌てて、『力』のことを知る人間は
僕以外にいるのかと聞いた。


「このこと?
マイクとディランは知ってる……けど?」

可愛く言ってもダメだ。
これは重要案件だ。

「そうか。
じゃあ、その二人には固く口留めをして。
このことはもう僕以外に
誰も知られないように、いいね」

あの二人が悠子ちゃんを
傷つける真似はするはずがないので
問題はないと思うが、
口留めは必要だろう。

あとは、どうするかだ。

『聖樹』の成長を促すのも、
区画整理も、この『力』を使う必要がある。

けれども、『力』を使うのが
悠子ちゃんだと知られるわけにはいかない。

それに『考えただけで、何でも生み出せる』ことは
絶対に知られてはいけない。

僕はどうしたらいいのかと、
考えを巡らせた。









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