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獣人の国

260:賢者の想い【賢者SIDE】

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 僕の膝の上で悠子ちゃんは
甘えたように身を預けて来た。

何度も深呼吸をして、
何かを僕に言おうとしている。

僕は焦らずに悠子ちゃんの言葉を待った。

しばらくすると、
悠子ちゃんは意を決したように
僕を下かが少しだけ見上げる。

「私ね、パパ先生。
皆が私を愛してくれている今が
嫌だっていうんじゃないの。
むしろ、嬉しい」

その言葉にそうだろうと思う。

悠子ちゃんは幼いころから
愛されることに敏感で、
でもそれを望んでも手に入らなかったから。

愛情に関しては、
子どもと同じような感覚なんだと思った。

たとえば小さな子どもが、
周囲の大人たちの……親や教師や
近所のおじさんやおばさんたち全員から
好かれたい、可愛がられたいと言うような
そんな愛情を求めるような感じだ。

だから嬉しいと感じているのだと思う。
悠子ちゃんは言葉を続けた。

「もし私が、誰か一人だけを
愛せるようになったとしたら、
それは私がことにも
なるでしょう?」

その言葉で僕は悠子ちゃんが
誰か一人を愛したら、
それ以外の人からは愛されないと
そう思っていることに気が付いた。

まるで唯一の愛を得たら、
それ以外の愛を切り捨てなければ
ならないと思っているようだ。

唯一の愛を手に入れたら、
友情も、肉親の愛情さえも
捨てなければならないというような
そんなことを考えているのではないだろうか。

それに愛してくれた人に
愛情を返せないとしても、
別離がくるかどうかはわからない。

悠子ちゃんを愛した人が
悠子ちゃんの最愛にならなくても、
友情が残るかもしれないし、
それは相手次第だ。

僕はどう言うか悩んだ。

そして思い出す。
悠子ちゃんに与えられたと言う
『祝福』を。

確か、貞操観念がゆるむとか、
倫理観が薄くなるとか、
快楽に流されやすくなるとか、
そういうものだった筈だ。

沢山愛されたいと言う悠子ちゃんの
気持ちもあったから、
それが効率良く発動されているのかもしれいない。

多くの人に愛される。
そしてその愛を『力』に変えて世界を救う。

漫画や小説の世界であれば
とても素敵な話になるかもしれないが
現実ではありえない設定だ。

多くの人に愛され続けるだけの人生など
誰が望むものか。

悠子ちゃんは『祝福』のせいで
そこまで深くは思い至らないようだけれど
僕たちの世界の感覚で言えば、
辛くて仕方がないと思う。

常に求められるのだ。
いろんな人間に、愛情を、肉体を。

性欲に満ちた瞳で見られ、
愛をぶつけられる。

それも相手は一人ではない。

僕はぶるっと身を震わせて、
悠子ちゃんを背中から抱きしめる。

冗談じゃない。
僕の可愛い娘に、あの女神は
何をするんだ、と憤る。

考えよう。
悠子ちゃんがこの世界で
幸せになれる方法を。

僕は言葉を紡ぐ。
たった一人の人を愛し、愛される幸せを。

そして、愛することができない人に
愛されたときは、別れを選ぶ大切さを。

「一番愛することができないのに
その人を自分に縛り付けてしまったら、
その人はこれから先ずっと、
新しい恋も愛しい人との出会いも無くなる。
それって酷いと思わないかい?」

優しい悠子ちゃんが理解できる言葉を考えた。

だからだろうか。
僕の言葉を聞いた悠子ちゃんは
何かを考えるように俯いた。

『祝福』があるから
理解をすることも、感情も
うまくいかないかもしれない。

だから僕は悠子ちゃんに
ミルクを飲むように促した。

「焦らなくていいんだよ、悠子ちゃん」

そう、焦ることは無い。
僕の寿命はこの世界であれば
随分と伸びたし、この世界だって
すぐに滅びるわけではない。

「悠子ちゃんが女神から貰った
『祝福』や『力』はまだまだ必要だし、
まずはこの世界を安定させてからだ。

この国も問題だらけだしね」

そう言って、僕はひらめいた。

悠子ちゃんの持つ『祝福』は
この世界を救うから必要なんだ。

つまり、この世界が安定すれば
悠子ちゃんが『力』を使う必要は無くなる。

<愛>を求める必要がないのだ。

悠子ちゃんがこの世界を救うという
前提を覆すことができれば、
悠子ちゃんの『祝福』も『力』も
必要が無くなる筈だ。

僕は夜だというのに、
物凄くやる気が出てきてしまった。

そんな僕に気が付いたのか、
悠子ちゃんが僕を見上げて言った。


「あのね、パパ先生。
この国のサクランボ聖樹、見た?」

「サクランボ? どういう意味だい?」

この世界もサクランボがあるのか?
意味がわからずに聞き返すと、
悠子ちゃんは僕に広場にあるという
『聖樹』の話をしてくれた。

聞けば聞くほど、
あの女神の感覚がわからない。

小学生が国を作るような
シミュレーションゲームをしたとしても、
もっとうまく作ると思う。

頭が痛くなる。

だが、やる気に満ちた僕は
躊躇なく立ち上がった。

悠子ちゃんを膝から下して、
ノートを用意する。

もう一度まとめよう。

悠子ちゃんの視点から見たこの世界のことを。

そして問題点を洗い出していこう。

僕は悠子ちゃんの話を聞き、
質問しながらノートを埋めていく。

悠子ちゃんは僕たちの世界の女神に
現状を伝えたと言ったけれど、
言葉で言うだけの場合と
紙に書き残すことでは
随分と違うと思う。

だから僕は悠子ちゃんとの話を
下書きとしてノートに書いて、
最後に女神の交換日記に清書した。

満足した仕上がりになる頃には
すでに夜も更けて、あと数時間で
朝になるような時間になってしまった。

悠子ちゃんも眠そうに目を擦っている。

「これをこうして女神ノートに
書いておけば、僕たちの世界の女神に
見て貰えるんだね?」

と確認するば、悠子ちゃんは頷いてくれた。

よし、これで大丈夫だ。

「最初はあの子どものような女神に出会って
この世界は大丈夫かと不安になったけど
良かったよ」

女神の交換日記には驚いたけれど、
これで状況は随分良くなると思う。

「早くこの世界が落ち着かないと、
悠子ちゃんも、自分のことを
ゆっくり考えられないだろうしね」

悠子ちゃんがどんな未来を選ぼうと、
僕はそれを見まもるし、応援する。

けれど、そうなるためには
まずはこの世界を安定させなければならない。

それからだ。
悠子ちゃんの『祝福』について考えるのは。

いやその前にもできることはある。

僕が親として悠子ちゃんを守ることだ。

悠子ちゃんが愛情を欲しがる根本には
捨て子だったことがあると思う。

そして僕の家族や施設などの環境が
悠子ちゃんをそうしてしまったのだ。

だから僕が、悠子ちゃんの家族になり、
今度こそ、悠子ちゃんに愛を教えてあげたい。

一度失った可愛い娘と
人生をやりなおすことができるなんて、
こんな嬉しいことは無いだろう?

僕は初めてあの女神に心から感謝をした。



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