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獣人の国
252:女神現る
しおりを挟む女神ちゃんは、おろおろと
私の様子を見ていたけれど、
やがて、何も言わずに私の前に座った。
何も言わず、ただ私を見て
私が泣きやむのを待っていた。
私は女神ちゃんの視線を感じながら
何度も呼吸を繰り返して
気持ちを落ち着かせる。
『頑張ったわね。ありがとう』
ふいに、そんな声が聞こえた。
誰?と思って顔を上げると、
白い肌を持った金色の長い髪の女性が
私のすぐそばに立っていた。
20代後半ぐらいだろうか。
とてもきれいな顔立ちをしていて、
長いまつげと、金色の瞳が印象的だった。
それにしても、急な気配に驚いた。
驚きすぎて涙も止まった。
『優しい子ね』
その女性は言いながら、私の頭を撫でる。
『この子に振り回されて、
ごめんなさいね』
この子?と首を傾げた先に、
気まずそうな顔をする女神ちゃんが見えた。
『私はあなたの世界を管轄している女神なの。
この子があまりにも必死だから
私はあなたをこの子の世界に行くことを
許可してしまった。
でも、それによってあなたは
大きなものを、とても大事なものを失った。
それに気が付いたのでしょう?』
私は唇をわななかせて、
何も言えずに俯いた。
そんな私を、
女神は優しく私の腕を掴み、
そっと抱き寄せてくれた。
『あなたは私の世界の住人。
私が守るべき人間なの。
なのに他の世界に行かせたばかりか、
こんな辛い思いをさせてしまって』
悲しそうな声に、
私は何も言えなかった。
状況が飲み込めないのだ。
そんな私に女神は焦らなくてもいいのよ、と
優しく言った。
そしてくるりと指を回して
向かい合う私と女神ちゃんの間に
椅子を取り出すと、そこに座る。
『私にもお茶を』
そう女神ちゃんに言うと、
女神ちゃんは『はい!』と勢いよく
返事をして、女神の前にカップと
ケーキを出した。
少し震えているような気がするけど
怖い先輩女神さんなのかな?
とても優しそうだけど。
『ねぇ、私、言ったわよね?
きちんと計画を立てないと
何度世界を創っても崩壊するって』
女神はおずおずと椅子に座った女神ちゃんを見た。
『歪んだ世界がもし順調に進んでいるのであれば
誰かがその歪みに
苦しんでいるのよ?』
言葉や口調は優しかった。
でも、その瞳は厳しく、女神ちゃんの顔は
真っ青になっている。
この先輩女神は、優しいけれど
厳しい先輩なのかもしれない。
いや、この女神ちゃんを
まともに導こうと思ったら
厳しくせざるを得ないのかもしれないけれど。
『あなた。
この子のことで随分と
迷惑をかけてしまったわね。
何があったか、教えてくれる?』
そんなの言わなくても知ってる筈なのに、
女神は私に言う。
『あなたの口から聞きたいの。
あなたが何をして、
何を感じて、何を後悔しているのか』
ドキっとした。
きっとこの女神は、全部わかってるんだ。
でもこの後悔を口にしたら、
私も、いや女神ちゃんだって傷付く。
きっと。
女神ちゃんは、考えなしで行動するし
迷惑ばっかりかけられてるけど、
それでも頑張り屋だし友達だから。
だから言えない。
私が俯くと、女神はまた
私の髪を撫でた。
『ほんと、良い子ね。
でもいいのよ、言いたいことを言ってみて。
私が手を貸して上げれるかもしれないから』
その言葉に顔を上げる。
手を貸してくれる?
女神ちゃんが無理だったことでも、
言ったらなんとかしてくれるの?
私は声に出さなかったけど、
その想いに応えるように女神は微笑んだ。
だから私は……震える声で呟いた。
「私……は、ただ愛されたかった」
ただそれだけだった。
おそらく生まれたら誰もが、
それを願い、かなえられる願いだと思う。
でも私は無理だった。
親の愛情も、友情も知らない。
もし女神が私の世界の女神だというなら
なんで私の人生は、愛されなかったのか。
愛されるために私は頑張ったと思う。
ずっと、ずっと。
施設の弟妹達が虐められたとき、
背中にかばって立ち向かったけど、
本当は怖かった。
私だって誰かにかばって欲しかった。
怖かったね、大丈夫だよ、って
抱きしめてもらいたかった。
学校で何かが紛失したときは
いつも『施設の子が』と言う目で見られた。
実際に責められたときだってある。
それが冤罪だとわかっても、
誰ひとりまともに謝罪すらしてくれなかった。
だって『施設の子』だから。
そんな時だって、本当はかばって欲しかったし、
せめて「ちゃんと調べようよ」って
そう言ってくれる友人が欲しかった。
なんで私には両親がいないわけ?
なんで私を守ってくれる人はいなかったの?
神様って、人間を幸せにするためにいるんじゃないの?
小さな震える言葉は、
どんどん怒りに変わって、
私は夢中で女神に怒りをぶつけた。
わかってる。
こんなこと言っても仕方ないって
頭では理解している。
だって、異世界に行って私は学んだから。
運命なんてものは存在しない。
女神は人間の感情を操ることはできないから
人間たちがそれぞれの感情で動き、
それが絡み合って人生が決まっていく。
それが運命だというのであれば、
運命は女神が創るものではなくて
その時、その時の状況や周囲の感情で
流動するものであり、
ちょっとしたタイミングで決まっていくのだ。
だから私が捨てられたのも、
私の親の感情と、ちょっとしたタイミングが
重なっただけだったのだ。
わかってるけど、だからといって
納得できるものでもない。
怒りのあまりに涙が出てきた。
そんな私を、女神は辛そうな顔をして
黙って見つめている。
女神ちゃんもじっと私の声を聞いていた。
こんなこと言うつもりはなかったのに
口に出してしまったら止まれなかった。
私は泣きながら、
ずっと辛かった気持ちを吐き出してしまった。
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