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獣人の国

228:賢者の後悔3【賢者SIDE】

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 僕は施設に戻り、
悠子ちゃんのことを思い出した。

別人なわけがない。
けれど……どうみても、
あの悠子ちゃんは変だった。

違和感しかない。

だが、どんなに考えても
正解などわかるはずもなく、
僕は「必ず話す」と
言った悠子ちゃんの言葉を
信じるしかない。

僕は家を処分することも
施設の後任作業も、すべてストップさせた。

これからどうするかを
悠子ちゃんの話を聞いてから
決めようと思ったからだ。

しばらくすると、
悠子ちゃんの結婚式の招待状が届いた。

近くの教会で式を挙げるらしく、
私は幸せそうな悠子ちゃんの姿を
祝福しに行った。

式は簡単なもので、
披露宴などはせずに、
親しい人たちの前で婚姻届けに名前を書き、
教会の中庭で立食パーティーをして
結婚式は終了だった。

ただ、悠子ちゃんのウエディングドレス姿は
物凄く綺麗で、涙が浮かんだ。

けれど。
悠子ちゃんの幸せそうな姿を見て安心したが、
僕はどうしてもその笑顔に違和感を感じてしまう。

そんな僕の抱えた謎が解けるのは、
結婚式から一か月後ぐらいだった。

悠子ちゃんが新婚旅行から戻って来たと
お土産を持って施設を訪ねて来たのだ。

子どもたちはお土産だという大量のお菓子を
大喜びで運んでいく。

僕は執務室の窓から
そんな様子を見ながら
悠子ちゃんが来るのを待っていた。

「いらっしゃい」
そう出迎えて、僕たちはソファーに
向かい合って座る。

インスタントだけどコーヒーも淹れる。

いつも悠子ちゃんを迎え入れる時は
甘いホットミルクかミルクティーだったけど
今日は大人向けのコーヒーだ。

そして茶菓子に少しだけど、
チョコレートもテーブルに置いた。

「おいしいんだよ、このチョコレート。
食べてみてごらん」

お皿に置いた小さなチョコレートは
カカオ豆の量が20%、40%、60%、75%と
どれも違っているチョコレートだった。

どれぐらいの量かは、包紙をみればわかるようになっている。

「ありがとうございます」

悠子ちゃんは頭を下げて、
迷わず75%のチョコレートを手に取った。

やはり、と思う。
少し苦いチョコレートが好きなのを
僕は覚えていたからだ。

僕は悠子ちゃんが口を開く前に
声を出した。

「勇くん、だね?」

目を見開いた表情も、
困ったように目を細める顔も。

悠子ちゃんの顔をしていたけれど、
どれも勇くんのものだった。

何せ僕はずっと、悠子ちゃんと
そのそばにいる勇くんのことを
何年も見て来たのだ。

二人に気づかれないように、
そっと見つめていた。

悠子ちゃんは、説明が早くて助かります、
なんて言って。

「さすが施設長ですね」と
姿勢を正した。

そこからの話は、
作り話と思えるような話だった。

勇くんが亡くなったことは知っていた。
いや、正確には失踪した、だ。

勇くんがビルから落ちたことは
目撃者がいて証言されていた。

けれど遺体が無かったのだ。

どう見ても助かる高さでは無いのに、
遺体はどこにいったのか。

誰かが持ち去ったのか。

血痕もなく、見間違いではないかと
証言者の声を疑う意見もあったが、
目撃者が一人でなかったため
神隠しではないかという声も出ていた。

そんな状態だったから、
悠子ちゃんの話は、辻褄が合うと思えたし、
なにより、目の前の悠子ちゃんの存在が
本当だと証明している。

「僕は悠子ちゃんにこうして助けられ、
生きることができています。
そして愛される幸せも手に入れました。

僕の身代わりになって
異世界に行ってしまった悠子ちゃんには
申しわけないとは思っています。

でもきっと。
悠子ちゃんも向こうの世界で
幸せになっていると僕は思うんです。

僕が垣間見た向こうの世界での
悠子ちゃんは笑ってました。

悠子ちゃんが大好きだと
愛してるって言う騎士みたいな
男の人たちも沢山いました。

悠子ちゃんはこの世界で
得ることができなかったものを、
向こうの世界で手に入れていると
僕は信じてます」

何度も感じた失望と拒絶を、
また感じた。

この世界で得られなかったもの……
つまり、愛を。
親の愛を。
友人との愛を。
恋人との愛を。

僕が与えなかった愛を、
悠子ちゃんは別の世界で求め、
それを得ているのだと。

別の世界に行かなければ
手に入れられなかった。

本当に、そうなのだろか。

悠子ちゃんは異世界に行かなければ
愛情を受けることができない
存在だったのか?

目の前の勇くんは、
自死を選ぶほど追い詰められなければ。

魂を他人の、悠子ちゃんの身体に
入れなければ、愛を得られない存在だったのか。

違うだろう!
そんなわけがない。

僕の手元で。
僕の施設で。
僕の家族として愛情を注ぎ、
大切に守り、育てていれば、
こんなことにはならなかった!

「幸せです」

拳を握る僕の前で、悠子ちゃんは……
勇くんは、笑った。

「僕は幸せです。
悠子ちゃんも、きっと。
だから、それでいいんです」

もう話は終わりだと、
悠子ちゃんは立ち上がった。

「待ってくれ。
じつは君に、話があるんだ」

僕はすがるように、
懺悔するように、遺産を残したいと話をした。

けれど悠子ちゃんは首を振る。

「ありがたいお話だと思います。
でも、僕は施設長の知る悠子ちゃんではないし、
施設長の家に思い出もありません。

僕にはそれを受ける資格もないですし、
お気持ちだけいただきます」

拒絶されたと思った。
丁寧な仕草で、穏やかな笑顔で。

悠子ちゃんにも、勇くんにも。

僕の子どもたちに、
拒絶されたと、そう思った。

頭を下げる悠子ちゃんが
部屋を出ていくのを僕は呆然と見送った。

何を言えるというのか。

最初に子どもたちを捨てたのは、
僕だったのに。


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