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獣人の国

240:可愛い耳とカッコいい耳

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 明らかに混乱しているディランは
私をじっと見ていたが、
思い立ったように、窓を振り返った。

窓には耳が生えたディランが映っている。

ディランはおそるおそるというふうに
両手で両耳に触れた。

……可愛い。
と、言ったらダメなのだろうけど、
物凄く言いたい。

「だ、大丈夫だよ、可愛いよ」

私はマイクに抱っこされたまま言う。

だが、ディランは丸くなった目を
さらに丸くして両耳を掴んだ。

「痛っ、やっぱり本物か!」

ディランはうろたえたように
視線を揺らし、また私を見る。

「か、カッコイイよ」

可愛いではなく、今度はカッコイイにした。

だがディランは乱暴に耳から
手を離すと、来た時と同じように
何やら大きな声で言いながら
バン!と扉を開けて出て行ってしまった。

「か、カッコイイもダメだったかな?」

「まぁ、耳でしたしね」

マイクがよくわからない返事をする。

「お茶を淹れ直しましょう、ユウさま。
どうせそのうち戻ってくるでしょう」

マイクは私をソファーに座らせる。

「マイクは獣人ってどう思う?」

私は元の世界の知識があるので
抵抗は無いけれど、マイクはどうだろう。

「そうですね。
驚きはしましたが、
そう言うものだと認識はしましたので
問題はないかと」

何を認識して、どんな問題が無いのか
さっぱりわからない。

でも、マイクはディランのことを
否定したり、嫌悪したりするような
ことはなさそうだ。

良かった。

「私が思うのは、ディランって
オオカミの獣人だと思うんだよね」

その言葉にマイクは頷いてくれたけれど、
この世界の動物は、たまに私の常識を
軽く覆してくるので、同じものを
想像しているかどうかはわからない。

たとえばクマがショッキングピンクだったり、
ウサギだと思ったら背中に羽が生えてたりする。

奇妙な動物もいるので
慎重に話はしなければ互いに
まったく違うものを思い浮かべている
可能性もあるのだ。

「オオカミはね。
私の世界では、伴侶を大切にして
とっても強い動物だったの」

「……この世界でも同じだと思います」
不本意ですが、と聞こえたけれど、
気のせいかな?

「そうなの? 良かった。
あの耳、三角で可愛かったね」

「可愛い……はともかく、
驚きはしましたね。

感情の動きによって耳が現れたり
消えたりするのでしょうか」

「うん。そうだと思う。
あともしかしたら、尻尾とかも
生えてくるかも」

「それは……まぁ、面白そうですね」

マイクは手で口元を隠すようにしたが
どうみても笑っている。

「尻尾があってもディランは可愛いと思う。
撫でてみたいかも」

「では僭越ながら私も尻尾を握ってみましょう。
動物の尻尾は急所のようなものだと
聞きますので、あやつがどれほどの
屈辱を味わうのかを確かめてみるとします」

いやいや、やめてあげて!

そんな話をしていると、
扉がまた叩かれる。

ディランが戻ってきたのだろうか。

マイクが私の前に淹れたてのお茶を置き、
扉に向かった。

扉を開けると、案の定、ディランがいる。
そしてその後ろにデビアンさんがいた。

「失礼。お邪魔しても良いだろうか」

デビアンさんが後ろから声を出し、
私はもちろん、と立ち上がる。

デビアンさんはディランを押しのけるように
先に部屋に入ってきて、
ディランに早く来い、と言う。

そのディランと言えば、
部屋の扉付近で不安そうな顔をして
立っていた。

三角の耳が、へにょ、となっていて
やたらと可愛くて気になる。

「先ほど愚弟が私の所に飛び込んできてね」

私がソファーに座るように勧めると、
デビアンさんは優雅に座り、
話を切り出した。

ディランはしょんぼりと
ソファーではなく、
私の近くの床に座り込んでいる。

雨の日に捨てられた子犬みたいだ。

マイクがデビアンさんにもお茶を淹れて
再び私の後に立つ。

足もとにはディランがいる。

「獣人というのはこういうことかと思ったよ」

デビアンさんはちらり、と
ディランを見た。

「こういった場合の対処法はあるのだろうか」

「たぶんですけど、パパ先生が言っていたように
イメージ……想像力が大事なんだと思います。

思い込むと言うか、元の姿に戻ると
信じるというか。

あと、感情の揺れや心の動きで
獣化してしまうと思うので、
不安とかそういうのを
感じないようにするのもいいかもしれません」

なんて言うけど、
そんな聖人君子みたいなことは無理だよね。

「けれど、対処法を探すとかではなく、
獣化するものだと受けいれて、
どうなったら自分が獣化するのか。
獣化したときにはどうするのかを
考えていく方が良いと思います」

だって、自分のことだもの。

私がどんなに人間関係が不自由で
誰ともかかわりたくないと思っても、
ひとりぼっちで生きていくことはできない。

だから私は、人間関係が不自由な自分でも
生きていける職場を探したし、
施設の子と蔑まれたときには
笑顔で対応することも覚えた。

私がどんなに頑張っても
『施設の子』である私は変えることができないのだから。

獣人もそれも同じだと思うんだ。

どうあがいても、設定は変わらない。
なら、それを受け入れて
どう生きていくかを考えるしかない。

「そうだな。
私も獣人であるのなら、
それを受け入れるしかないな」

デビアンさんは神妙な顔で頷いた。

「大丈夫です。
デビアンさんは耳が生えても
カッコイイと思いますよ」

ディランは可愛かったけど。

と付け加えると、
デビアンさんは声を出して笑った。

「獣の耳がカッコイイか。
考えたことも無かったな」

「俺もかっこいいがいい」

ディランの声が小さく聞こえた。

「ディランもかっこいいよ」

と言ったけど、
ディランは落ち込んだままだ。

「獣人が良い、人間が良い、と
言う話ではないのだな。

背が高い者がいて、太った者がいて。
そういった者たちと同じように
獣人がいて、人間がいる」

デビアンさんは自分に言い聞かせるように言った。

「私は獣人の人たちは
カッコイイし、可愛いし、好きですよ」

「そうなのか!?」

デビアンさんに言ったのに、
ディランが勢いよく立ち上がる。

「うるさい」とマイクがそんなディランを
小声て窘めた。

「はは。愚弟も人間か獣人かではなく、
セイジョ殿に好かれるかどうかが
問題のようだな」

デビアンさんはそう言って
お茶を飲んだ。

「ごちそうさま。
遅い時間にすまなかったね。
愚弟の状態に驚いてきてしまったが
有意義な時間だった。

これからも愚弟のことを
よろしく頼むよ」

「はい」
私は素直に頷く。

「じゃぁ、私は部屋に戻るとしよう」
おまえはどうする?と
デビアンさんはディランを見たけど
ディランは首を振る。

このままこの部屋に残ると言う意味だろう。

「ではセイジョ殿、また明日」

「はい、おやすみなさい」

私が頭を下げると、
マイクは扉の外までデビアンさんを見送る。

「ユウ、俺はかっこいいか?」

私のそばでディランが恐る恐ると言うように聞く。

私より背が高いのに、
不安そうに腰を曲げて私の顔を見る姿は
本当に捨てられた犬みたいだ。

「うん、かっこいいよ。
その耳、触りたい」

ものすごく可愛い!

心の声を隠して言うと、
ディランは私の前の床に、おすわりした。

「いいぞ、触って」

きゃー!

と私は内心叫びながら
ソファーに座り、
何でもないように装いながら
ディランの耳に手を伸ばした。


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