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獣人の国

229:賢者の希望【賢者SIDE】

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 僕が女神と会ったのは、病院だった。

悠子ちゃんに生前贈与は無理だったが、
弁護士と相談して、
遺産はすべて悠子ちゃんに譲ること。
施設は信頼できる後輩に任すことと書いた
遺言状を作った。

出来る限りのことをしたかった。
それで悠子ちゃん……いや勇くんが
拒むのであれば、仕方ない。

僕は風邪から肺炎をこじらせて
入院していた。

命に別状はないと思ってはいたが、
もう年だ。
いつ死んでもおかしくはないだろう。

もう一度悠子ちゃんに会いたいと思った。
どんな姿であっても、
僕ならきっと悠子ちゃんだと一目でわかる。

悠子ちゃんにあやまりたい。
もっと愛したかった。
僕の可愛い娘だと、言えば良かった。

娘だと言えば、嫁の機嫌が悪くなるので
僕は悠子ちゃんのことを「可愛いお姫様」と
誤魔化すようなことしか言えなかった。

だから。
だから、死ぬのならせめて一度。

『まだ死なないと思うがの』

目を閉じて祈る僕の前に、
金髪の女神が、突然現れた。

とうとうあの世へのお迎えが来たのだと、
本当に思った。

ところが女神は悠子ちゃんを
連れて行った異世界の女神だという。

そこで悠子ちゃんを助けよと言われ、
僕はすぐに頷いた。

拒否する理由などあるはずがない。

僕はすぐに遺書を書いた。

僕が病院から居なくなった理由が
事故ではなく自殺だと判断されれば
遺産は遺言状通りに施行されるだろう。

この世界にもう未練はない。


僕は病衣を着替え、
看護婦さんの目を盗んで
病室の外に出た。

瞬間、視界がゆらぎ、
思わず目を閉じた。

次に目を開けた時は、
真っ白い空間だった。

どこだ、と思う前に、
女神が姿を見せた。

何故か白いソファーとテーブルも
突然、目の前に出て来たかと思うと、
女神が『座るがいい』と言う。

よくわからないまま座ると、
『ユウの好きな菓子だ』と
チョコレートケーキが出て来た。

悠子ちゃんはまだチョコレートが
好きなのかと、ふと思った。

施設ではチョコレートは高級品で、
おやつはたいてい、手作りのクッキーや
量販店で購入できるようなものばかりだったから
チョコレートを食べることができるのは
たいてい、誰かの誕生日か
クリスマスぐらいだった。

それでも悠子ちゃんは
チョコレートを勇くんに
わけてあげていた。

僕はそれを見ていたのに、
声を掛けることさえしなかった。

そんなことを思い出し、また苦い気持ちになる。

『さて、そなた。
悠子に贖罪をとか言っておったな。
では悠子と勇のために、
その命、使うことに厭いはないな?』

チョコレートを見ているうちに
女神は話を進める。

しかし、ここに来る前に
この女神は、
「贖罪なんてばかばかしい」と
言っていたのではなかったか?

こんなにすぐに意見を変えるなんて
本当に神なのだろうか。

じっと見つめると、
女神は、にぱっと笑った。

『わしのことを女神らしくないと
思うているな?
うむ。
わしもそう思う。
ユウにはいつも怒られておるしな』

女神はどんどん話を続ける。

『この紅茶はユウが好きだと
言っておったぞ』

テーブルに今度は紅茶が出て来た。

恐る恐る飲むと、
確かに悠子ちゃんが好みそうな味だった。

『うまいじゃろう。
それで悠子のことじゃがな』

女神は話しがあちこち飛ぶ。

勇くんに話を聞いていなければ
理解不能になっていたかもしれない。

それでも僕は女神に食いつき、
質問を続けた。

女神の機嫌を損ねないように
お茶とケーキを食べ、
さりげなく褒めたたえ、
世界を創る大変さを大げさに認めて見せた。

すると女神がどんどん機嫌が良くなり、
『やはり、そなたは賢者にしよう。
うむ。
種を渡すから頼むぞ』と
話を切り上げようとする。

そして賢者なんて無理だとか、
種はいったい何のことかとか、
また質問を繰り返していると
女神はめんどくさそうな顔をした。

『そなたはユウと一緒じゃな。
細かいことを知りたがる。

そうじゃ。
そなたにはわしの知識を授けよう。
そしてわしの世界のことを
まとめておくれ。

ユウがきっと喜ぶ。

ユウはすぐにわしのすることに
文句を言うんじゃ。

何かする前には相談しろとか、
行き当たりばったりで
決めたらいかん、とか。

しかしわしは、
細かい理を管理するのが苦手なんじゃ。

何かに書きとめるのも面倒じゃしな。

じゃから、それをそなたに任せよう』

そういった女神の指先が
僕の額に触れた。

『そたなはこれで、ものを
ことができる。
役立つぞ。
……たぶん。

いや、ユウには役立つ、じゃろう。
きっと』

物凄くアヤシイ口調だ。

『そなたには、
獣人の国に行ってもらう。
素敵じゃろう?

BLで獣人のめくるめくもふもふじゃ』

全く意味がわからない。

そもそも、びーえるとはなんだ?

『あとわしの知識は本とかにしておいた方がいいな。
そなたはどんな家に住みたい?』

家、と聞かれて、僕は考えた。
悠子ちゃんと一緒に住んだ家を考えたが、
もうあの家は必要ない。

ならば、と僕は女神に絵本の話をした。

悠子ちゃんが幼いころに好きだった
妖精がでてくる絵本だ。

『ふむ。これかの?』

女神が手を振ると、
何もない場所から絵本が出て来た。

「そ、それです」

それは汚れぐらいから見ても
間違いなく施設にあった絵本だった。

女神はその絵本をぺらぺらめくり
『ユウはBLよりも
友情エンドが好みじゃったのか』と
また意味不明のことを言う。

『わかった。
これと同じ家を用意しよう。

この絵本はユウと繋げておくとしよう』

絵本が光輝いた。

ほれ、と僕に絵本が手渡され、
その絵本を見ると、
表紙が変わっていた。

少女の絵が、悠子ちゃん……いや
勇くんに変わっていたのだ。

『その物語はユウが紡いでいく。
わしも読むのが楽しみじゃ。

ユウが誰を選び、どんな幸せを手にするのか
ワクワクするのう』

女神は楽しそうに言うが、
誰を選ぶとはどういう意味だろうか。

『そうじゃ。あと獣人設定じゃな』

ぽん、と手元に本があらわれた。

『それを読んでユウに教えてやってくれ。
あとは、これが種じゃ』

本の上に、小さな皮の袋が乗った。

『頼んだぞ』

笑顔で言われたけれど、
理解がおいついていない。

僕は何を頼まれたのだろうか。

「あの、質問が……」

話は終わったと言わんばかりに
立ち上がった女神に、
僕は必死で食らいつく。

何もかもわからない。

僕はいったいどこで何をすればいいのか、
悠子ちゃんは何をしていて、
どこに行けば会えるのか。

必至で聞くと、
女神は、しかたないの、と呟いて
もう一度椅子に座り直してくれた。

僕は胸に不安が広がった。

大丈夫だろうか。

僕も、悠子ちゃんも。

僕はポケットの中に入れていた
手帳とペンを取り出して
「もう一度、聞かせてください」と
女神に頭を下げた。

何とかなると曖昧にしていたら
ダメなケースだと、
僕の理性が警告をしている。

『わしは、楽しいことだけが好きなんじゃ』

そう言って楽しいことだけできるのなら
神様と言うのは羨ましい存在だ。

「では、その楽しいことだけでいいので
聞かせてくれますか?
たとえば悠子ちゃんとの出会いとか」

女神は悠子ちゃんのことを
気に入っているようだった。

だからと思って悠子ちゃんの名を出すと
女神は嬉しそうに話し出す。

僕はその話を書き留めながら
合間合間に質問を繰り返して
なんとか必要そうな情報を
女神から聞き出した。



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