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獣人の国

223:愛されたい欲の正体

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 私が固まってしまったからか、
パパ先生は、穏やかに言った。

「僕の心の錘はね。
きっと、君が言う『愛されたい欲』と
同じだと思うんだ」

愛されたい欲?

まさか、パパ先生も持ってるの?

首を傾げると、パパ先生は
ふふ、と声を出して微笑う。

「僕は、僕の弱さが嫌いだ。
幼い君が僕に伸ばした手を拒絶して。

だというのに、君の優しさに甘え、
本来、僕が守るべき子どもたちを
君に任せてしまった。

僕の心の錘は、その後悔と
自分を忌避する想いの塊だと思う」

穏やかな口調だったのに。
優しい笑顔だったのに。

パパ先生の瞳だけは、
深く傷ついているのがわかった。

「いつか僕が僕を赦し、
僕自身を愛せたら、
この錘は消える……と、信じてる」

というか、信じたい、かな。
パパ先生はそう言った。

「悠子ちゃんはどう思う?

悠子ちゃんの中にある錘は、
僕と同じで後悔や不安や
脅えや、自分自身への不信感とか。
そう言ったものなんじゃないかな」

推測だけどね。

パパ先生はそう言うと、
グラスを傾けてお酒を飲んだ。

私は何か言おうと思ったけれど、
言葉にできなかった。

頭が混乱して、
でも、パパ先生の言うことは理解できた。

愛されても、愛されても、
満たされない心。

少し前まで私は、
本当に欲しかったのは、
パパ先生からの愛情だったんだ、って思った。

欲しかったパパ先生の愛情が
得られなかったから、
私はいつまでも、愛されたい欲に
支配されてたんだって思っていた。

でも、それだけじゃない?

私も、一口お酒を飲む。

「私は、私のことが嫌いなんだ」

だから、どんなに愛されて
どんなに満たされても。

私が自分自身を愛せず、
愛される存在だということを
信じていないから、
私はいつまでも愛を求めてしまうんだ。

自分で愛を生み出す。
それは自分で自分を愛するということなのかもしれない。

「悠子ちゃん?」

「でも、そんなのわかったとしても、
どうしようもないでしょう?

だって、私は私が愛される存在だって
信じてないんだもの。

私はこんな自分が大嫌い。

誰も私のことを愛してくれなかったし、
誰も……」

何を言っているだ、私は。
こんな話を、パパ先生に聞かせて
いいわけがない。

「そうだね」

イライラしたように口から出た言葉に、
パパ先生は頷いた。

「私は悠子ちゃんに、
ちゃんと愛情を渡してあげれなかった。

本当は抱きしめて、大好きだと
伝えなくっちゃいけなかったのに。

僕の妻は君を養女にしたいと
言っていたのに、僕たちは年寄りだから、
僕たちが親になるのは可哀そうだと、
そんなことばかり考えて」

養女?
私がパパ先生の?

「そして僕は家族を失った時、
君への愛情も失ったように思ってしまった。

生きるのが辛くて、
君の手を離してしまった」

すまない。
パパ先生はそういって頭を下げる。

「だが、やりなおせるだろうか。
僕は君の親として、もう一度
君を愛したい。

ずっと頑張ってくれた君を、
僕は甘やかしたいんだ」

パパ先生が私の顔を覗き込んだ。

「悠子ちゃん。
君がずっと我慢してきたことを
僕に聞かせて欲しい。

君が頑張ってきたことや
辛かったことも、僕は知りたい。

そうして僕は1つ、1つ、
君の話を聞き、一緒に泣いて、
一緒に笑いたいんだ。

そうやって悠子ちゃんの辛い気持ちが
いつかなくなったら。

そうしたら僕はきっと、
僕のことも少しは好きになれると思う。

悠子ちゃんが僕を赦してくれるなら、だけど」

やり直す?
親子関係を?

今更できるわけがないという想いと、
父親に愛されてみたいと言う想いがせめぎ合う。

「悠子ちゃん。
僕の可愛いお姫様」

それは幼いころ、
パパ先生が良く私に言ってくれた言葉だ。

そっと手が差し出される。

「こんな言い方はズルいかもしれない。
けれど。
僕の前では、元の世界の悠子ちゃんでいい。

女神の愛し子でもなく、
聖女でもなく、
ユウでもない。

僕の娘になってくれないか?」

ユウではなく、悠子としての私を
求めてくれている。

娘として、私をーー。

心が、震えた。

もう女性として生きていくことはできないと
その覚悟はしていた。

元の世界に戻ることは無いと思っていた。

でも、それは悠子としての人生を
失うことでもあった。

だって、悠子の身体は今、
勇くんが使っているのだから。

勇くんが悠子の過去を引き継ぎ、
自分の人生として生きていく。

ならば私は?

死んでしまった勇くんの身体を持つ
私の人生はどうなるのだろう。

新しいユウの人生には、
何もないのだ。

そんな不安をずっと持っていた。

この世界に来たことに後悔は無いのに、
私はいつも不安で苦しくて、悲しかった。

でも。
私は悠子として存在してもいいのだろうか。

少なくも、パパ先生の前ならば。

「パパ……先生」

「うん。パパって呼ばれたら嬉しいかな」

パパ先生の手に指先が触れた。

「パパ先生、
この体は幼く見えるかもしれませんが、
もう私、22歳ですよ?」

パパなんて言う年じゃない。
そう笑ったのに、涙がこぼれた。

「じゃあ、お父さまとか?
そういうのも、いいね」

笑うパパ先生の目にも、涙がにじんでいる。

「また子どもからやり直したら、
私は変われるのでしょうか」

「そうだね。
それはわからないけど……
少なくとも、僕は変われるかな」

だから僕のために、お願いするよ。
なんて、私が断れないように
パパ先生は話をする。

「子どもには戻れません。
でも……でも、私も。
パパ先生の子どもになりたい」

ずっと言いたかった。
ずっと望んでいた言葉だった。

パパ先生は嬉しいよ、とそう言って。
私を抱き寄せて髪を撫でた。



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