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獣人の国

222:心の錘

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 よし、言うぞ!
と思ったけれど、いざパパ先生を前にすると
つい、口ごもってしまう。

そんな私を見てパパ先生は立ち上がると、
「良かったら飲むかい?」と
明らかにお酒だとわかる瓶を持って来た。

「お酒、ですか?」

「あぁ、だがそんなに強いものではないから
大丈夫だと思う」

パパ先生は私の果実水に、
ほんの少しだけ、お酒を垂らす。

「飲んでごらん」

言われて飲むと、
甘い、柑橘系の香りが口に広がった。

「おいしい」

「だろう?
これも私の手作りなんだよ」

とパパ先生は笑った。

「日本だと勝手にお酒を作ったら
違法だろうが、ここでは関係ないからね」

と、また不器用なウインクをする。

その仕草に勇気づけられて
私は口を開いた。

「パパ先生、女神ちゃんにもらった
私の『力』のことなんですけど……」

どう言おうか迷った。

でも、下手に隠しても説明できそうにないし、
この世界の住人でないという意味で、
パパ先生は私の唯一の理解者ともいえる。

女神ちゃんの趣味と性癖を
ばらしてしまうことにもなるけれど、
パパ先生だってこの先、
私と同様に、女神ちゃんに
振り回される未来しかないのだ。

早いうちに話しておいた方が
いいかもしれない。

私は、冷たいグラスをぐいっと飲む。

「いえ、まずは、この世界の話からさせてください」

『BLエロの金字塔』という女神ちゃんの
趣味と実益を兼ねたこの世界の話を。

 私は語った。
女神ちゃんのBL愛を。

そして勇くんが、
この世界の人間に愛されることで
世界を救うということに脅え、
嫌がったのは、同性に愛されることへの
恐怖もあったことも話した。

だからこそ、女性であった私が身代わりに
なるのが適任だったのだ。

また『幼女が聖女』の意味や
『獣人がいい』の意味も話してしまった。

パパ先生の穏やかな顔が、
どんどん歪んでいく。

そして私の『力』のことも、
言ってしまった。

誰かに愛され、
抱かれることで<愛>を器に溜め、
それを『力』に代えるということ。

そのために、エロの祝福を
沢山持っていること。

目を合わせたら淫らな気持ちになるとか、
そういう呪いがすぐに発動してしまうことや
貞操観念とか倫理観が物凄く
薄れてしまって、流されやすくなっていること。

パパ先生とはそんなことには
ならないと思うけれど、
この世界ではすでに私は多くの人に
愛されているし、そのおかげで
『聖樹』を再生することができたことも
すべてを話した。

『器』があるせいで、
自分が愛された量がわかるようになり
苦しんだことや、
愛されることが義務になり、
苦しんだ時に、弟として家族として愛していると
言ってくれる人に救われたことも話した。

そして今は『器』が壊れてしまったこと。
女神ちゃんの『力』を分け与えられ、
2つの力が身体を巡っていることも伝える。

「愛は、使ったら無くなるんです。
だから『力』を使ったら、
誰かに愛してもらわないと補充できなくて。

でも私はちゃんと愛されたし、
『器』も満たされました。

でも、ダメだったんです。

どんなに愛されても、どんなに抱かれても、
私は「愛して欲しい」とそればかり求めていて。

愛されたい欲が大きいからこそ、
『器』も巨大で、世界を救えた。

そう考えれば良かったと
そう言えるのかもしれないけど。

でも、いまだに私は愛されたくて。

ほとほと、困ってます」

こんな泣き言を言うなんて情けない。
でも、言える相手がパパ先生しかいないのだ。

それにパパ先生なら
受け止めてくれると、信じていた。

「女神ちゃんが言ったんです。

私は一生、誰かに愛され、
抱かれないとダメなのかと聞いたとき、
自分で愛を生み出すことができるって。

でもその方法は教えては貰えませんでした。

私が自分で気が付かないとダメだって言って」

パパ先生はじっと私の話を聞いている。

「それで、何か気が付いたのかい?」

「気が付いたというか……この国に来る途中、
色々あって、私も愛したい、って
思うようになりました。

ずっと愛されたかったけど、
私も誰かを愛してみたいと。

愛してくれた分だけ、私も愛を返したいと
そう思うようになりました。

でも結局、どうやって愛を返せばいいかわからない。

昨日も私を愛してくれる人に、
愛したい、と言ったら、
無理に愛さなくてもいい、と言われたんです。

愛することは義務じゃないし、
愛そうと思って愛せるものではないと
そういう意味だと思います。

でも、そうなると私は愛し方がわからない」

うつむくと、パパ先生は手を伸ばして
私の頭をなでなでした。

「パパ先生?」

「いい子だね。頑張ったね」

そんなことを言われて、
涙がまた滲む。

「おもり、が」

「うん?」

「胸の奥に、重たくて冷たい錘があるんです」

私は右手で胸を押さえた。

「愛に満たされても。
力が身体を巡っても、ここに錘があって
うまく力を循環させることができないんです。

何故こんなものがあるのかわかりません。
でも、私が誰かを愛せたら、
きっと無くなるんじゃないかって思ってます」

パパ先生の手が、私の髪から
胸に移動した。

私の手のひらの上に、
パパ先生の大きな手が重なる。

「私も、持ってるよ。
冷たく重たい錘」

「え?」
パパ先生も?

私は目を見開いた。

「僕は、その錘の意味を知っている。
ただ、悠子ちゃんの錘と
僕の錘が同じかどうかはわからないけれど」

知りたい?
と言われて、私は頷く。

でも、パパ先生は何も言わなかった。

代わりに、お酒を私のグラスに入れてくれる。

そして自分のグラスにもお酒を入れた。

「飲もうか、悠子ちゃん。
僕はね、一度でいいから
施設を卒業した子どもたちと一緒に
お酒を飲みたいと思っていたんだ」

「言ってくれれば、
いつでも付き合いましたよ」

と私は言ったけれど、
それは無理だったと思う。

私が卒業したころは
すでにパパ先生は高齢だったし、
それ以前に、ご家族の事故以来、
パパ先生は施設の子どもたちとの関りを
できるだけ絶っているように見えた。

施設の先生というだけで、
友だちのように飲みに行くなど
無理だろうし、ましてや
親しくもない施設長を誘う人もいないだろう。

ほんのひととき、
私たちは無言でお酒を飲んだ。

「悠子ちゃん。
僕の心の鉛は、悠子ちゃんが
消してくれると思うんだ」

不意に、パパ先生が言った。

「僕に名前を付けてくれたら、
僕の錘は消えると思う。
だから僕に名前を付けてくれるかい?」

私は……酔っているのだろうか。

また難しい問題が生まれたように聞こえた。

「パパ先生?」

「急がなくてもいいよ。
そのうち、ね。
時間は沢山あるからね」

そういうパパ先生の顔を、
私は眉間にしわを寄せて見つめてしまった。






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