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獣人の国

217:賢者の正体

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 私はぐずぐずと泣いてしまったけれど、
心配するディランとマイクの声に
ようやく我に返った。

「ごめんなさい、いきなり泣いてしまって」

私は賢者さんから離れた。
そして、賢者さんの顔を見上げる。

「パパ先生?」

そう呼ぶと、賢者さんは
物凄く嬉しそうに、笑った。

積もる話も、疑問も沢山あった。
けれど、マイクやディランがいるのに
それはできそうにない。

だって、背中に二人から
刺さるような視線を向けられているんだもの。

私は手の甲で涙を拭った。
すると賢者さんが、ポケットから
ハンカチを出して拭いてくれる。

「ありがとうございます」

私は頭を下げた。

「えっと、なんてお呼びすれば?」

賢者は称号だろうし、
パパ先生は名前ではない。

「それは君が決めてくれればいいよ」

と、賢者さんは言う。

「でも……」

私はパパ先生の名前を知らない。

「じゃあ、名前は後回しだ。
僕のことはパパ先生でいいよ」

そう言って、パパ先生は
ディランとマイクに頭を下げた。

「僕の子を守ってくれてありがとう」

二人は、驚いたようにかたまった。

それはそうだろう。
二人は私が異世界から来たことを知っているし、
捨て子だったことも知っている。

「パパ先生は、私が育った施設の
一番偉い先生だったの」

本当はもっとおじいちゃんだったけど。
私がこの世界に来た時、
勇くんの身体は18歳だったのに、
この世界では10歳ぐらいに見られた。

世界を渡った時に体が幼くなったのだ。

パパ先生も同じなのかもしれない。
パパ先生は幼く、ではなく若く、だけど。

だからだ、と思った。

私だけ特別なカップ。

それはあの絵本に出て来た
妖精の花で作られたカップだ。

幼いころの私は、
妖精のカップが欲しいと
パパ先生にねだったことがある。

甘いミルクも、
施設で飲ませて貰った。

ハチミツは高いから、
あまり購入できないけれど、
夜にどうしても怖くて眠れなかったとき、
仕事をしているパパ先生の部屋に行くと
パパ先生は「内緒だよ」と甘いミルクを
カップに入れて飲ませてくれた。

パパ先生の家は施設と隣接していて
すでに家族と他界していたパパ先生は
毎日のように施設で寝泊まりしていたのだ。

最初はパパ先生のことを
ずっと本当の父親だと思っていた。

甘えたし、頭を撫でてもらうと嬉しかった。

でもそれは、私が施設で一番年下だったから。

その事実に気が付いたのは、
私より年下の子が施設に来るようになり、
絵本を読んでもらえなくなったから。

そうして私は施設で弟妹達の世話をするようになり、
パパ先生たちが守ることができない場所……
学校などで、弟妹達がいじめられることが
ないように、必死で弟妹達を守ったのだ。

思えば、パパ先生の力になりたいと
必死だったのかもしれない。

私はパパ先生にマイクとディランを
改めて紹介した。

「ずっと私を守って
旅を続けてくれたのよ」

というと、パパ先生は
「二人にたくさん愛してもらってるんだね」
と優しく言う。

深い意味にとると恥ずかしいけど、
そういう意味ではないとわかるから
私は、うん、と頷いた。

でも二人は違ったようで
照れたような顔をする。

そんな二人をパパ先生は
穏やかに見つめて、
もう一度椅子に座るように勧めた。

私は……パパ先生の隣に座った。

二人は嫌そうだったけど、
もともと4人がけのテーブルに
無理やり3人並んで座っていたので
バランス的には良いと思う。

「さて。僕のことはおいておいて、
この世界の話をしていこうか」

パパ先生は穏やかに話を始めた。

と言っても、
パパ先生の話は、デビアンさんに
聞いた話とほぼ同じだった。

ただ一つ。
『獣化の呪い』の話以外は。

パパ先生は呪いの話は調査中として
二人に話をしていた。

パパ先生がどこまで知っているのか
わからなかったので、
私もパパ先生の話を黙って聞く。

「取り急ぎの課題は
『聖樹』を増やすことだと思う。

それさえできれば、
呪いも起きないわけだし」

パパ先生は二人の顔を見ながら言った。

「そこで、王宮から来た君たちには
この国には、あとどれだけの土地が必要なのか。

そのために『聖樹』が何本必要なのかを
調べて欲しい。

あとそうだね。
街も区分けした方が良い」

「区分け?」

ディランが首を傾げる。

「そう、区分け。
差別じゃないよ?

住みよい環境は人によって違うだろう?

無理に移動はできないだろうけど、
家や好みの環境によって
住みやすい場所に移住してもらうことも
視野にいれておいた方がいいと思う。

土壁の家に住みたいのなら、
その家にあった場所がいい。

樹木で作った家と、土壁の家は
同じ条件では無いからね。

気候や風土で劣化具合も変わってくる。

そういう主義主張が違う者たちが
1つの所に集まって生活するよりも、
同じ主義の者たちが集まって、
生活した方がいいだろう?

だから区分けだよ」

パパ先生がそう言うと、
ディランは納得したように頷いた。

「わかった。
王にはそう伝える」

「マイクはディランを手伝ってあげて」

私はすぐに付け加えた。

マイクは物凄く嫌そうな顔をしたけれど
私がお願い、と言うと、
しぶしぶ頷いてくれる。

マイクは細かい気配りができるから
他人との打ち合わせとか交渉とかが
上手いと思うのだ。

「じゃあ、まずはその方向で
こちらでできることを調整する」

ディランは力強く言う。

「僕の方は引き続き、
『聖樹』の増やし方を調べておきますね。
あ、この子を一晩、お借りします」

「え?」

「は?」

マイクとディランが一同に声を挙げた。

「パパ先生?」

「久しぶりの親子の対面ですし、
この子には『聖樹』の話もしておきたいですしね」

パパ先生は穏やかに言うが、
何故か拒否できないような圧があった。

「わかりました。
『聖樹』はわが国でも
秘匿にされていることが数多くあります。
私が話を聞くことは許されないのでしょう」

マイクがしょんぼりと呟くように言う。

「え? 俺はまたユウと一緒にいれないのか?」

ディランが嫌そうに言ったので、
「ディランはすることあるでしょ」と
私が言うと、物凄く悲しそうな顔をした。

「で、でも、終わったら
ずっと一緒にいれるよ?」

慌ててそう言うと、
「そうか、頑張るか」とすぐに力強く言う。

私は気が変わらないうちに、と
二人を急かすように立ち上がった。

「明日には迎えに来てね」

「はい、もちろんです」

「おう、任せとけ」

パパ先生はそんな私たちのやり取りを
にこやかに見ながら、
私と一緒に二人を見送る。

「じゃあ、明日ね」

二人に手を振り、
その姿が見えなくなったところで、
パパ先生は私に声を掛けた。

「じゃあ、話をしよう」

その声は、さっきまでとは違って、
固く、真剣な声だった。





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