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隣国へ

191:女神ちゃんの拒絶

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 やわらかなものに包まれて
私はまどろんでいた。

ふわふわと、気持ちいい。

『すまんな、ユウ』

そんな私を、少し高い幼女の声が正気に戻す。

「女神ちゃん?」

目を開けると、私はあの白い空間にいた。

けれど、いつものように
お茶とテーブルはなく、
何故か私はふわふわの毛布のようなもので
全身を包まれていた。

しかも、裸だ。

「えっと、何がどうなって?」 

理解がついていかない。

『そなた、気が付いたじゃろ?』

女神ちゃんが、少し離れた場所に立っていて
私の胸のあたりを指さす。

「え? なに……」

『そなたの『器』の残骸じゃ』

ドクン、と心臓が鳴った。
あの、冷たい塊のことだろうか。

『わしはな、そなたの「愛されたい」欲を
利用して、愛を溜める器を作った。
そしてそなたの欲は、底なしじゃった』

女神ちゃんは私の顔を見ることなく、
淡々と言葉を紡いでいく。

私は混乱した。
こんな女神ちゃんを見るのは初めてだ。

いつもは笑ったり拗ねたり
怒ったりして、子供のようにうるさいのに。

今日はどうしたのだろう。
やけに女神ちゃんが、遠い。

『じゃがな、ユウ。
器が無くなり、わしが利用したそなたの
「愛されたい」欲だけが、
残骸としてのこっておる。

それを消さねば、
そなたは永遠に愛を求めるだけの存在じゃ』

「え? じゃ、じゃぁ、
これが無くならないと、私はずっと
誰かに愛されたくて、ずっと抱かれることで
満足しつづけないとダメってこと?」

あまりの事実に呆然としてしまう。

女神ちゃんは、いつもの可愛らしい
尊大な顔ではなく、悲しそうな目で私を見る。

『ユウ、わしはそなたにも
幸せになってもらいたい。

わしはそなたを気に入っておる。

わしが強引にこの世界に連れてきたとはいえ
そなたは恩人じゃ。

じゃから、できるだけ手をかしてやりたい』

女神ちゃんはそう言ったけれど、
私に近づくこともなく、
ただ私を見ている。

『じゃが、それが良いことなのか
わしにはわからなくなってきたんじゃ』

女神ちゃんは首を振った。

『ユウ。
隣国への道を繋げた。

泉の件は感謝しておる。

隣国でそなたが成長することを
わしは望んでいる』

そう女神ちゃんが言った途端、
体がぐらつき、視界がぼやけていく。

女神ちゃんの世界から捨てられる。
私はそう感じた。

だから咄嗟に私は叫ぶ。

「待って!
友達なんだからっ」

いつもと違う女神ちゃんに、
私は女神ちゃんと会うのは
これが最後だと言われているように思えた。

「友達なんだから、
ちゃんと話して!

女神ちゃんのこと、聞かせてっ」

まともな友達なんていなかったから
何をすれば友達と言えるのかなんて
私にはわからない。

でも、確かに私は女神ちゃんの
友だちだって思ってたし、
女神ちゃんだってそうだって言ってくれていた。

だから。

「女神ちゃんは私の友達で、
私の妹分でしょ!
勝手に決めて、勝手に動かないでっ」

叫んだら、身体のぐらつきが消えた。

すぐ目の前に、
涙を浮かべた女神ちゃんが、いる。

『わ、わしは妹分なのか?』

「そうでしょ?
だって女神ちゃんは、私がいないと
ダメダメじゃない」

毛布の中から手を伸ばして
女神ちゃんを引き寄せた。

よくマイクがしてくれるみたいに、
毛布の中に女神ちゃんを引き込んで
くるり、と二人で毛布に包まった。

女神ちゃんは大人しくしている。

「どうしたの?
いつもの女神ちゃんらしくないよ」

『わしは……ユウのために、と思ったんじゃ』

「うん」

女神ちゃんは唐突に話し出す。
でも、私はゆっくり頷いた。

『じゃが、わしでは、
ユウを成長させることはできんのじゃ』

「え? そう?
そんなことないと思うけど」

『ん? そうか?』

女神ちゃんが顔を上げた。

「だって私、女神ちゃんの世界に行って
物凄く成長したと思ってるよ」

そういうと、女神ちゃんは
ぱぁ、っと効果音が付くぐらい
笑顔になった。

『そ、そうか。そうなのか。
うむ。わしは世界を創る女神じゃからな。
人間たちを成長させるのは
得意なんじゃ!』

……物凄く信憑性が無い言葉だ。

と思ったけれど、もちろん、言わない。

『じゃがな。
わしでは、そなたの『器』の残骸を
消すことはできん。
それはそもそも、そなたの中にあったもんじゃ。

それをわしは……神であっても、
消すことはできないんじゃ』

神であっても消せない……操作できないもの。

それが人間の感情なのだと、
私はもう知っている。

じゃあ、私の奥に潜む小さな
鉄の塊のような冷たいものは、
私の感情が生み出したものなのだろうか。

『わしは、手出しできん。
以前、言ったであろう?

そなたが常に愛されなくても
生きていけるようにするには
そなたの成長が必要だと』

私は頷く。
覚えてる。
だって、成長って良くわからないと思ったから。

『そなたの、その残骸が無くなれば、
常に愛される必要は無くなるかもしれん』

「その成長ってどうすればいいの?」

いや、どんな成長をしたらいいのか、と
聞くべきだったか。

女神ちゃんは、うなだれて首を振る。

『それは、わしが言うものではない。
わしが言っても、おそらく今のユウには
理解できんじゃろう』

それは、私の成長レベルが
一定ラインに達していないから、だろうか。

『すまん。
わしはユウに迷惑をかけてばかりじゃ。

それに、それに。
わしがユウの与えた祝福は、
ユウにとって迷惑だと言われたんじゃ』

「え? 誰に?」

確かに迷惑だけど。

というか、迷惑をかけられてばかりと
いうことも否定できないけど。

女神ちゃんはうなだれたままだ。

「もしかして、先輩女神さん?」

と聞いたけど、
女神ちゃんは首を横に振った。

『わしはな。
ユウに良かれと思ってしたんじゃ。

じゃが、それはすべて
ユウが不幸になる要因にしかならんと、
ユウのことを考えてない自己満足なわがままで、
わしのわがままをユウに押し付けただけじゃと……』

女神ちゃんは大きな金色の目に
涙を浮かべている。

『そう、なのか?
わしは迷惑だったのか?』

否定すべきなんだけど、
実際に迷惑だったので、即答はできなかった。

一瞬、言葉に詰まったので
女神ちゃんの瞳がうるうるする。

しかし凄いな。
女神ちゃんにそんなことを……
しかも直球で意見できるなんて、
尊敬してしまう。

だって女神ちゃんは私が何を言っても
まったく聞く耳を持たなかったのだから。

「ねぇ、女神ちゃん。
迷惑じゃなかったとは言わない」

私は女神ちゃんの髪を撫でる。

「でも、女神ちゃんは友達で、
私の妹分だから、いいよ、それで」

施設の弟妹達の世話に明け暮れていた私は
たぶん、山ほど迷惑を掛けられていた。

でもそれを迷惑だと思って、
拒絶することはなかった。

あの弟妹達が、血は繋がっていなくても
私がどんなに人間関係が不自由で
他人をどんなに冷ややかにみていたとしても
私にとっては、施設の皆が家族だったから。

それは、女神ちゃんも同じだ。

迷惑だと思うけれど、
だからといって、女神ちゃんを拒絶なんかしない。

文句は言うけど、
離れて欲しいとは思わない。

女神ちゃんは、べしょべしょと泣きながら
私の胸にしがみついた。

裸だったから気恥ずかしいけど
相手は神様だから、まあいいか。

神様なのに、ほんとに子供みたい。

「しょうがないなぁ、女神ちゃんは」

私は、笑う。

「落ち着いたら、ちゃんと話してね」

そう言いながら、私は女神ちゃんの頭を
優しく撫で続けた。





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