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隣国へ

184:ディランの不安

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 私はマイクが落ち着くのを待って、
手を繋いだままカフェを出た。

そろそろ辻馬車の停留所へ
向かおうと言うことになったのだ。

ディランと合流して少し早めの夕食を
一緒に食べてもいいしね。

ゆっくり街を歩いていると、
ところどころで不穏なうわさが聞こえてくる。

「女神があの森に降臨したらしいぞ」

「魔獣は女神が降臨する光で一瞬で消えたそうだ」

「なんでも女神は美しい聖獣を愛でていたそうだ」

あの教会で見た青年がニュース元だと思うけど
広まるのが早すぎる!

「ところがさ、俺の友人が
その噂を聞いてさっそく馬で
森に行ってみたらしいけど
森にたどりつけなかったらしい」

「俺が聞いた話じゃ、森には入れたけど、
泉があった場所には何故か辿りつけなかったらしいぞ。
同じ場所をぐるぐる回っていたらしい」

「女神がきっと泉に近づくなと
警告しているんじゃないか?」

様々な声が聞こえてくる。

まぁ、悪意のある人は泉には
たどり着けないようにしてるから
面白半分ではたどり着けないかもね。

本当に必要な人以外には
泉には来て欲しくないし。

しかしあっという間に噂が広がっている。
すごいな、教会の井戸端会議って。

まぁ、インターネットもスマホもない世界だし
娯楽と言えば、噂話で盛り上がるぐらいしか
無いのかもしれない。

辻馬車の停留所に戻ると
すでにディランが待っていた。

「お待たせ」と声を掛けた途端、
ディランが私の手を引く。

「おい、街でおまえのこと、
すごいウワサだぞ」

ディランに手を引かれたので
繋いでいたマイクの手が離れた。

のに、マイクがすかさず、
私の手を握ってくる。

「う、うん。知ってる」

私は教会で聞いた話と
マイクにもした今朝の出来事を
ディランにも話した。

「悪意があるヤツは森には来れない。
なら大丈夫か」

ディランは言うが、マイクは首を振る。

「いえ、このまま噂が広まれば、
そのうち王都にもこの話は伝わるでしょう。

何も知らなければ、笑い話で終わりますが
ユウさまのことを知っている者が聞けば
女神の愛し子がかかわっていると
気づくはずです」

「……だよね」

楽しく温泉ライフを過ごすのつもりが、
無理になってきた気がする。

「とはいえ、さすがに王都までは
距離もかなりありますし、
数日は大丈夫でしょう」

マイクは私を気遣うように言う。

でも焦る気持ちが芽生え、どこか落ち着かない。

私は今日ぐらいはゆっくり過ごしたとしても、
数日中には村を出ようと決めた。

女神ちゃんの依頼はもう果たしたし、
長居をする理由はない。

私は辻馬車を待つ間、
二人にその旨を告げて、
御者の人にも話をすることにした。

二人は頷く。

「あ、そうだ。
ディラン、剣はあった?」

「あぁ、それなりにな」
とディランは私に剣を見せてくれたけど
刃物の良し悪しはよくわからない。

「この街ではこれが精いっぱいだった。
また別の街で良い剣があれば
それに買い替えてもいいと思っている」

少し不満そうなディランに
私は、それでも買えてよかったね、と笑って見せた。

何もないよりは、絶対にいい。

それから3人で停留所のそばにある食堂で
夕食を食べた。

辻馬車が来たらすぐにわかるような場所で、
マイクはシチューや焼いた肉の塊を
綺麗に……しかも素早く食べると、
先に席を立つ。

「少し買い物をしてきますので、
ここでお待ちいただけますか?」

マイクがそう言うので私は素直に頷く。

私はちまちまと固い肉をまだナイフで
切って食べていたし、
ディランはディランで大きな姿肉に
かじりついている。

マイクはお店の人に何やら言って、
お金を支払って出て行った。

「ほんとあいつは便利だな」

ディランはマイクが世話を焼くことに
すっかり慣れてしまったようだ。

「ディランだって、ありがとう、って
マイクに言わないとダメだよ?」

私は言ってるもんね!

そう言うと、ディランは気まずそうな顔をする。

「今更だろ。
あいつにとって俺は、ユウのついでだろうし」

「それでも、だよ。
お礼は言われたら嬉しいし、
一緒に旅をしてるんだから仲良くしないと」

「ユウはあいつと俺が仲良くしたら嬉しいか?」

ディランが肉を飲み込んで私を見る。

「え? うん、それは嬉しい」

「じゃあ、あいつと俺と一緒に抱かれるのも、か?」

思わず、ぐっと、口に入れた肉を吐き出しそうになった。

こんな場所で、何故そんなことを言う?!

言えるわけがないと、なんとか肉を飲み込んで
私はディランを見た。

「い、いや、すまん」

ディランも失言だと思ったのだろう。

再び肉にかじりついたが、
ちらちらと私を見る。

二人で無言で食事をしたので、
残っていた料理はすぐに食べ終えてしまった。

私は水を飲み、マイクはまだかと
さりげなく店のドアを見る。

その私の視線に気が付き、
ディランもドアに視線を向けた。

「さっき、あいつと一緒に……」

「うん?」

ディランは視線をドアに向けたまま言う。

「手を繋いでた」

「ディランとも繋いだよ?」

「そう、だな。悪い、ただの嫉妬だ」

ディランはため息のような、
長い息を吐いた。

少し目元が赤いのは、
食事と一緒に飲んだお酒のせいだろうか。

「なぁ、ユウ。
お前は女神が言ったセイジョで、
俺の国の救世主だ。

だから俺はお前を探しに
この国に来たし、お前も俺と一緒に
国に帰ってくれるという」

「うん」
そのために旅をしてるんだしね。

「でも、あいつは違うだろ。
あいつはこの国の人間だ。
俺の国の事情とは関係ない。

本来なら……おまえを追いかけている
聖騎士のやつらと同じで、
おまえのそばには人間だ」

そのいい方がひっかかって、私はディランを見つめた。

「そうだろ?
ユウはこの国を救うために
あの聖騎士たちと一緒にいたんだろう?

そして今度は俺の国を救うために
聖騎士たちを捨てて、俺と一緒にいる。

ならあいつは?
すでにお前に救ってもらったこの国の
人間なのに、なぜあいつはお前のそばにいる?

必要なのは、俺だろう?」

「あうぅ」

ここでも、
盛大な思い違いが生まれていた。

私は金聖騎士団の皆を捨てたわけではないし、
ディランと一緒にいるのは
ディランの国を救うのに必要だからとかそんな
理由だけではないのだ。

もちろん、マイクと一緒にいるのも
女神ちゃんから言われた使命や
役割とは全く関係ない。

そういったことを今説明して、
ディランは理解してくれるだろうか。

……どうしたものか。

私は言葉に詰まり、
持っていた水を飲み干した。








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