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隣国へ

183:マイクの不安

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 マイクに事情を説明したあと、
立ち上がり、マイクの手を取る。

ディランとの待ち合わせの時刻まで
まだ時間はあるし、
こんな空気のまま終わりたくない。

だから私はマイクの手を引いた。

「一緒に、街を歩いてみよう?」

そう言うと、マイクはなんとか頷いてくれた。

私はマイクの手を引いて、
街の大通りを歩く。

王都と比べると小さい街だけれど、
活気がある街だと思った。

あちこちでお店の人が
呼び込みの声を挙げているし、
お店も飲食店や雑貨店、服飾店など
みるからにいろいろな種類の店がある。

絶対に入ってみたいと思えるような
可愛い店はなかったけれど、
お菓子を売っている店は甘い匂いがしていたし、
オープンカフェみたいな店からは
紅茶のような匂いもした。

私とマイクはそのカフェで
パウンドケーキみたいなお菓子を食べることにする。

席に座って甘いお茶を飲んで
ケーキをつついていると、
ようやくマイクの強張っていた体から
力が抜けるのを感じた。

良かった。

私も緊張がほぐれて、
暖かいお茶を飲むことにする。

王都から逃げてきてから
ずっと気が張っていたので
久しぶりにのんびりした空気が流れていた。

金聖騎士団の皆から逃げる必要は
本来は無いのかもしれないけれど。

異国のことにこの国の聖騎士団が
不用意に関わることはダメだと思うし、
ダメだからこそ、王様や王弟さんは
私を逃がしてくれたんだと思う。

金聖騎士団の皆が私を心配してくれるのは
嬉しいけれど、一緒に行くわけにはいかない。

でも、これだけ王都から離れたんだもの。
そろそろ警戒を解いても大丈夫かな?

それに王様だってヴァレリアンたちに
「行くな」命令できるはずだし。

と、思って、私は『大聖樹の宮』のことを
急に思い出した。

そういや『大聖樹の宮』は神殿とも王家とも
切り離された不可侵の場所になったとか
言ってたっけ?

そんで、その『大聖樹の宮』は
私の管轄になっていて、
金聖騎士団は私の直轄の騎士団になったとか……
言ってたような気も、する。

ん?

金聖騎士団は王家直轄ではなく
私の支配下にあるってこと?

いやいや、考えるのはやめよう。

地の果てまで追いかけてくるヴァレリアンたちの
姿が浮かんで、私は慌てて首を振った。

「ユウさま?
いかがされましたか?」

「ううん、なんでもないの。
美味しいね」

私は適当に誤魔化して、ケーキを食べた。

「美味しいから、
ディランにもお土産で買って帰ってあげようか」

「……そうですね」

ディランの名前を出したからか、
マイクはあからさまに嫌そうな顔をした。

「マイクはディランのこと嫌い?
認めあってるように見えるけど」

思わず聞いてしまったが、
「はい、嫌いです」とマイクは
間髪入れずに答える。

うん、清々しい。

「私は自分でも驚いているのですが、
随分と嫉妬深いようでして。

ユウさまのお傍に、誰よりも先に
お仕えしたかったのに、
あやつは私より先にユウさまにお仕えし、
寵愛を受けております。

嫉妬するのはみっともないかもしれませんが
私はユウさまがあやつを気に掛けるのが
物凄く嫌ですし、あやつに甘えるユウさまを
みると物凄く……」

一気にしゃべるマイクを呆然と見てしまったからか
マイクは私の様子に気が付いて、
申し訳ございません、と小さく言った。

「こんなに自分が小さな人間だとは
思ってもみませんでした。
感情に振り回されるなど愚かな人間が
することだと思っていたのに、
このように……」

マイクはまたうなだれた。

「私は不安なのです、ユウさま」

「不安?」

「はい」

私は意味が分からずに首を傾げる。

カフェは空いていて、近くには誰もいない。
話を聞くのは今だと思った。

「私は思うのです」

マイクは小さな声で、呻くように言う。

「ユウさまは今回、金聖騎士団を切り捨てた」

その言い方に、ドキっとする。

「金聖騎士団の……第三王子や王弟の息子、
宰相の息子たちのユウさまへの寵愛は
私の耳にも入っておりました。

少なくとも、大聖樹の前でユウさまが
眠りに入られた間、彼らは本気でユウさまを
心配し、愛を告げていた。

それをユウさまは受け入れておられたはずだ。

今の私とディランと同じように」

マイクの瞳が、私の瞳とかさなる。

一瞬『祝福』の発動を恐れて
視線を外してしまったけれど、
マイクは少しだけ傷ついたような顔をした。

「私はユウさまが金聖騎士団に寵愛を与えたのは
この国を守るためだった。

聖樹を甦らせ、この世界の均衡を保つため、
彼らを必要としたのだと思ったのです。

そして今度は隣国の話が出てきた。
これも女神の意向だと伺っています。

そして隣国のディランがユウさまと
行動を共にしている。

それはきっと、隣国の問題をユウさまが
解決するためにディランが必要だということ」

違う、とは言えない。
だってその通りだし。

「では、私は?
すでに女神やユウさまの意識は
隣国に向いている。

では、ユウさまに救われてしまった
すでに使命を果たしてしまったこの国の
人間である私は、きっとユウさまにとって
必要ではない……少なくとも、女神にしてみれば
私はユウさまに必要のない人間ではないかと」

マイクはそこまで言って、
息を吸った。

「私もまた……ユウさまが
使命を果たすとき、
切り捨てられるのでしょうか」

金聖騎士団のように。

ヒュっと喉が鳴る。
そんなつもりは、なかった。

ヴァレリアンたちだって
切り捨てたつもりはないし、
今後、マイクだって一緒にいてくれたら
嬉しいと思っている。

「も、申し訳ありません、ユウさま」
お顔が真っ青です、とマイクが優しく微笑んだ。

「困らせるつもりはなかったのです。
もし、ユウさまが私を必要でないと
ご判断された時は、私はそのご意志にに従います」

マイクは私の手を自分の額に当てた。

まるで忠誠を誓う騎士の仕草だと思った。
もしくは愛を乞う仕草のようだと、思う。

「けれど私はユウさまと離れても、
ユウさまをお慕いしております。

この命も想いも忠誠も、
すべてユウさまのもの。

もし私を切り捨てるときがきたら、
命を絶てと、どうかお命じください」

私は止めていた息を、吐いた。

「そんなの、言わない」

マイクの重たい言葉に、
私はきっぱりと言った。

「ずっとマイクには生きててほしいから。

もし私がマイクと離れることを
選んだら、それはそうしなければ
ならなかったからだと思う。

今回の……金聖騎士団の皆との別れのように。

でも私はこの国に戻ってくるつもりだし、
ちゃんと女神ちゃんからのお願い事を
解決出来たら、金聖騎士団の皆とも会うつもりだし」

切り捨てたつもりはないと、
私はマイクに訴えるように言う。

テーブルに乗せられたマイクの手を
両手でつつみ、その手に力を込めた。

「だからもし、私とマイクが何らかの理由で
離れることになったら待ってて。

必ず戻るから。

場所は、えっと『大聖樹の宮』。
そこなら私でも場所がわかるし。
ね?

絶対に戻るから、マイクのところに
戻るから、私のこと、待ってて。」

そういうと、マイクはうっすらと
涙を浮かべた。

「はい……。
嬉しい、です」

いつも光栄です、と格式ばった言い方をするマイクが、
呟くように言った。

私はそれ以上は何も言えなくて。
マイクの手をぎゅーっと握った。



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