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隣国へ

149:黒い獣

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 私の身体から生まれた光は
勢い良いく岩に向かって放たれた。

岩にぶつかった光が、
弾けるように周囲が明るくなる。

衝撃音はしなかったけれど、
黒いもやは徐々に薄くなっていく。

と、何かが岩の裂け目から牙をむいて飛び出してきた。

咄嗟にディランが剣を振るい、
私はマイクの防御魔法に守られる。

牙とマイクの剣が刃を交え、
鋭い音がした。

「くそ」

勢いがあったからか、
ディランは一瞬、剣を引き、
衝撃を受け流す。

そして私たちは岩から出て来た
黒いモノと対峙した。

それは見るからに……魔獣だった。

大型犬ぐらいの大きさで、見た目も犬っぽい。
ただし、可愛さは皆無だ。

開いた口からは、涎の代わりに黒い液体が
地面にぽたぽたと落ちている。

真っ黒い口から見える牙だけが
やたらと鈍く光っていて恐怖を感じた。

それに、目が。

目だけが、異様に赤かった。

「こんな魔物は、初めて見ます」

マイクが私を守りながら言う。

目の前の魔物からは、
黒い煙のようなものが立ち上がっている。

おそらくこれがもやの正体だろう。

「闇を生み出してるようだな」

ディランも剣を構えたまま言う。

「闇を生み出す魔物がいるとは……」

マイクは驚きに言葉が続かないようだった。

「どうする? ユウ。
やばそうな相手だが、逃げるか?」

逃げる気など無さそうなディランが
一応、私に聞いてきた。

「ユウさま。
犠牲になる者がおりますし、
一旦、ここは引いて体勢を調えますか?」

マイクがしれっと、ディランを犠牲にしようとする。

こんな状態なのに、
いつも通りの2人の言葉に
私は笑ってしまった。

うん。
私は大丈夫だ。

絶対に二人を守る。

「大丈夫。
もう一度……浄化してみる」

さっきは、浄化するイメージが
きちんとできていなかった。

初めて来た森をイメージして
本来の姿に戻すなんて
できるわけがない。

だってその姿を私は知らないのだから。

漠然としたイメージしかできなかったので
私の力はあまり効果を発揮しなかったのだろう。

でも、今度は違う。
目の前には力を使う対象物があり、
どうすればいいかも、明確だ。

もちろん『器』には
まだまだ大量の『愛』が詰まっている。

次は失敗しない。

私はもう一度『器』に意識を向ける。
今度は目の前の魔獣を浄化する。
そして…できれば闇を取り除き、
可愛い犬の姿にーーー。

私は手のひらを魔獣に向けた。

手から放った力が、魔獣を浄化する。
そんなイメージを……ぶつける!

ギャウっ、と魔獣が飛び上がった。

私の姿はディランの後ろで隠れていたから
気が付かなかったのだろう。

突然の光に魔獣は逃げようとしたが
飛び上がって逃げても、光は追いかける。

だって私のイメージで自由自在なんだもの。
なんだってできてしまう。

逃げた魔獣の足を、光が捕らえる。
そして私はそのまま、光で繭を作り、
その中に魔獣を閉じ込めた。

「すげぇな、無敵か?」

ディランが繭を見て、私を見る。

「まるで光の牢獄ですね。
美しく、素晴らしい」

マイクも目を輝かせている。

上手くいって良かった。
イメージが曖昧だと、
力はうまく発動しないことは
今回の件でよくわかった。

今後はイメージ力を鍛える必要があるかも。

私は息を調えて、
二人を連れて繭のそばまで行く。

疲れた。

「どうしよう、これ」

とにかく魔獣を閉じ込めることと、
魔獣から溢れる闇を封じ込めることしか
考えていなかった。

「このまま消滅できないのか?」

ディランの言葉には首を傾げるしかできない。
だって、やったことないんだもの。

「ユウさま、あれを!」

マイクが私の腕を掴み、
私を岩からかばうように体を引き寄せた。

ディランもその動きに反応する。

確かに魔獣は封じたのに、
よく見ると岩の裂け目からは
まだ闇の魔素が溢れ出ていた。

そうだ。
裂け目で見たのは黒い触覚のようなモノだった。

繭に閉じ込めた魔獣にはそれがない。

と言うことは魔獣はもう1体いるということになる。

私たちが警戒を強めて岩の裂け目を見ていると、
不意に、その黒い……触覚のようなものが
裂け目から出て来た。

……触覚?

いや、かなりそれは太い気がする。
触覚というよりは……長い、耳?

「ひっ」

私は悲鳴を上げそうになった。

ずる、っと滑った長い耳のようなものが
裂け目から出てきたのだ。

細く、長く上から下に伸びる裂け目は、
長さはあるけれど、さほど太くはない。

なのに、その裂け目から
体積とか容積とか、とにかくそんな常識を
まったく無視した大きさのものが
ずるずると出てきているのだ。

私が毛嫌いしていたホラー映画を見たって
これほどの恐怖を感じないと思う。

心が硬直したような、
息ができない苦しさを感じる。

それでも悲鳴を上げてパニックにならずに
冷静に見ていられるのは、
私の身体を支えてくれるマイクと
背中を向けて守ってくれているディランのおかげだ。

ずるっとは外に出て来た。

丸くうずくまる黒い体には、
長い耳が付いている。

そして、よく見ると……背中には翼が見えた。

あ、と思った。
領主が見た魔獣ではないだろううか。

再び、闇の煙が立ち込める。

裂け目から出て来た魔獣から
闇の魔素が生まれているのだ。

裂け目から出てきて蹲っていた魔獣が
立ち上がり……こちらを見た。

「な……っんで」

私は目を見開く。

目の前の魔獣は……ウサギの姿をしていた。

いや、ウサギっぽい姿で背中には翼がある。

本来ならふわふわであろう毛も
闇はべとついた油のように
テカテカと光っていて、
生理的に嫌悪感が生まれる。

けれど。
どう見ても、闇に染まって入るけれど。

目の前にいる魔物は、
私が知っている聖獣にしかみえない。

「どうなってるの?」

私が呆然と呟いた声は、
生気のない森に、ただ響いた。





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