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隣国へ
147:岩と光と闇
しおりを挟むお風呂で湯を堪能して、
のぼせそうになると水筒の水を飲んで。
私とマイク、ディランの3人は
あの後、身体を重ねることはなかったけれど
なんとなく甘くイチャイチャしながら
広い部屋で眠った。
そして翌朝。
「ユウさま!」というマイクの声で
目が覚めた。
「マイク? どうしたの?」
隣で私を抱き込むように寝ていたディランも
その声で目を覚ます。
「外を、外をご覧下さい」
そう言われ、私とディランは
眠い目をこすりながら起き上がった。
そしてガラス戸へと目を向ける。
たしか昨日、生垣が生まれてたんだよね?
マイクが私の前でガラス戸を開けた。
「へ?」
思わず変な声が出た。
ディランが私を抱っこして
ガラス戸に早足で近づく。
「これは…すげぇな」
ディランも絶句したように立ち尽くした。
目の前には…昨日見た生垣の先に
露天風呂が見えた。
うん、どう見ても、露天風呂だ。
少し小高い丘のようになった場所に
私が見たイメージ通りの
大きく広い露天風呂に、休憩場、
椅子のようなものがあるのも
遠目だがわかる。
露天風呂を囲むように
生垣があったが、出入口に
なっている場所がこちらにむかって
開け放たれている。
しかも、その場所から
この部屋のガラスへ続く
整備された小道まで生まれていた。
「これ……私?」
またやってしまった?
「すげぇぞ、ユウ。
風呂でユウを抱くたびに
村が修復されるんだったら、
ずっと風呂小屋に籠ってたらいいんじゃないか」
ディランが呆れたことを言う。
案の定、マイクが蔑んだような
視線でディランを見た。
「何をバカなことを!
そんなことより、ユウさま。
これほどの偉業を成し遂げたのです。
お身体はお辛くありませんか?
何か異変は…」
「大丈夫、ありがとう」
異変どころか、沢山寝てめちゃくちゃ元気だ。
それにしても…凄いな。
2人に愛されて、無意識に力を
使ってしまったのかな。
確かに愛されているのが嬉しくて
幸せだって思ったけれど。
こうやって無自覚に力を使ってしまうのは
良くないというか、怖い。
はやり力の使い方を練習すべきだ。
私は改めて女神ちゃんからもらった力の
使い方を練習しようと誓う。
そして私はディランに体を下してもらうと
まずは着替えることにした。
それから朝食を食べて3人で
露天風呂を調べに外に出ることにする。
朝食は昨夜の残りのシチューとパンだ。
朝ご飯はきっちり食べておいた方が良いので
しっかり食べて、水筒を持って。
私たちは外に出た。
ガラス戸から外に出ると、
露天風呂まではすぐだった。
湯治に来ていた人は、
私たちが寝ていた広間で休んでから、
露天風呂に行く人もいれば
小屋のお風呂に入る人もいたのだろう。
風呂小屋と露天風呂の距離はかなり
近かったので、裸のまま移動
していた人がいてもおかしくはない。
というか、きっと裸移動だったのだろう。
だって露天風呂には脱衣所らしき場所はなかったもの。
そんな話を二人としていると
露天風呂の前でディランが
にやにや笑いながら
「じゃあ、今夜はここでするか?」
と、あからさまな言葉を言ってきた。
けれど、マイクが即座にディランを罵倒して
その話は流れた。
よかった、返事を求められなくて。
ほっとした私が視線を彷徨わせると、
その先に私たちが寝ていた部屋側とは
反対側の生垣にもう一つ、
出入口があることに気が付いた。
私はディランとマイクを促して
そこから外に出てみる。
と、すぐ目の前にあの蓮の池があった。
「結構、近かったんだな」
ディランが驚いたように言う。
「そう……ですね。
……近かったと言うか、
立地から考えてあの沼の半分以上が、
あの外にある湯殿だったように見えます」
マイクも呆然とした顔のまま応えた。
昨日見た蓮池は狭くなっていて、
マイクの見立てが間違っていないと思う。
「ということは、この池の先に
泉があるということだよな」
ディランの言葉に今度は私が頷いた。
「わかんないけど…でも、これで
新しく通れる道ができたから
行ってみたい」
昨日は泥沼で通れなかった場所が
ぬかるみにはなっているけれど
水が干上がり道になっている。
「では、参りましょう」
マイクが言うと、
ディランがさっと私を抱っこする。
マイクは何か言いたそうに口を開いたけれど
私が小さく首を振ったので、
何も言わずに頷いた。
「私が先頭を参ります」
マイクが先に歩き出し、
ディランは私を抱っこしたまま
その後に続いた。
ぬかるんだ道のすぐ横は蓮池だ。
池と道との境を示すものは何もないので
足をすべらせたら落ちそうだった。
私は抱っこされてるので安心だけど
ディランとマイクに気を付けるよう
何度も言ってしまう。
歩いている道は、
蓮池からだんだん離れていき、
やがて草木が生い茂る場所へと変わっていく。
静かな森だった。
普通の森であれば、草木の匂いや
鳥の声や虫の気配とか。
何かしら感じることができるのに、
この森はやけに無機質だった。
マイクもディランも何か感じているのだろう。
無言だけれど、緊張感が伝わってくる。
「ディラン、下ろして」
もし何かと戦うことになったら
私が足手纏いになってしまう。
私の意図に気が付いたのだろう。
ディランもすぐに私を下してくれた。
「不気味な森だな」
ディランの声に
「生命の匂いがしませんね」
とマイクも言う。
嫌な予感がする。
これ、絶対に何かあるよね?
また女神ちゃんの「聖女設定」の
トラップとか言わないよね?
心の中で「勘弁してー」と思いながら
私はゆっくり二人の背中の後ろをついていく。
ふと目の前に、ふよふよと
まあるく小さい柔らかい光が
飛んでいるのが見えた。
蛍のような、あの蓮の花から生まれていた
淡い光と同じもののように思える。
それは最初は風に吹かれて
飛んでいるようにも見えたけれど、
向かい風になっても進む方向は変わらなかった。
まるで意志を持って飛んでいるようにも見る。
「……後を付けますか?」
マイクが私を振り返る。
「うん、気になるし…行ってみよう」
淡い光はいつのまにか
あちこちから別の光が
どんどん集まってきて、
最初は1つだったのが、すでに
数十個は飛んでいるだろうか。
全て同じ方向に向いて光は進む。
まるで魚の群れみたいだ。
無機質な森に、不思議な光の群れ。
不可思議な現象に私たちは無言になる。
だが少し進んだところで、
いきなり光の群れが止まった。
隠れる必要はないかもしれないけど
私はディランの服を引っ張って
慌てて周囲の木々の陰に隠れてしまった。
つられたようにマイクも傍にくる。
「おい、なんで隠れるんだよ」
ディランが小声で聞いて来るけど
私は何となく、としか言えない。
でもなんだか悪いことをしているみたいに思えて
つい、隠れてしまった。
ふよふよと飛んでいる光たちは
目の前で渦を巻きながら
光の輝きを強くしたり
弱くしたりしている。
光の前にあるのは
ただの岩……だと思う。
物凄く大きい岩で、
3人ぐらいの大人が両手を広げて
手を繋いでも、まだ手が届かないぐらいの大きさだ。
よく見ると岩には上から下へと
ヒビが入っていて、光はそのヒビをあたりを
くるくると回っている。
意味不明の光の動きは
まるで何かの儀式のようだ。
「何をしているのでしょうか」
マイクもじっと光を見つめながら言う。
「あの岩を元通りにしようとしてるんじゃないか?」
ディランがそんなことを言う。
割れた岩が元通りになるわけがないと
言いたいけれど、この世界には魔法もあるし
できるかできないかの判断は
私にはつかなかった。
でも、とりあえず危険はなさそうだ。
と私が思った時、ぶわっと、いきなり鳥肌が立った。
ディランが腰に付けていた剣を抜き、私の腕を引く。
私はディランの背中に隠され、
その横でマイクも私を守るかのように背を向けた。
ーーー敵意。
いや、そんな言葉では言い表せない程
強烈な感情を向けられた。
たとえば…憎悪、みたいな。
それはあの岩から放たれたように感じた。
「あの岩……ヤバそうだな」
ディランが呟く。
「ええ、いきなり闇の魔素を
大量に吐き出すなんて
常識では考えられません」
マイクの言葉に私も岩をじっと見る。
確かに、闇の魔素を感じる。
あの岩の裂け目から。
さっきまで何もなかったのに…
あの光が、闇の魔素を生みだしたのだろうか。
もしかしたら戦闘になるかもしれない。
私は緊張で震える手を握る。
『器』を意識して、
いつでも力を使えるようにする。
私の『器』の力は頭で考えたイメージが
そのまま力になる。
だから状況をよく見て、判断しなければならない。
イメージする分だけ
発動までに時間がかかるから
慌てずに、2人の負担にならないようにしなければ。
私は絶対に2人を守らなくては。
そのためにはまずは足手まといに
ならないようにしなければと、
岩の裂け目をにらみつけた。
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