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隣国へ
137:温泉?
しおりを挟むあれから私たちは荷物を置いていた家を
もう一度探索した。
そこで埃をかぶったベットや
キッチンのような場所。
それからお風呂も見つけた。
ただお風呂は何故か外にあって、
大きめの小屋の中に風呂とその風呂の場所から
また外に出ることができる
窓のような大きな扉があった。
この家に住んでいた人は
窓から出入りするのが好きな人だったんだろうか。
しかもその窓の外はやはり先ほどの
泥沼の方へと繋がっている。
あ、でも。
もし温泉が出ていたのであれば、
その水をこの風呂に引いていたのかもしれない。
だからお風呂は外にあったのかな。
窓の出入り口は謎だけど、
もしかしたら引き込んだ泉の水の
様子を見るためにわざとドアを
付けたのかもしれない。
私たちが見たポスターっぽい紙にも
「夜空が綺麗な」みたいな宣伝文句だったし。
ディランが風呂小屋の外を、
マイクが中を確かめてくれて、
やはりおふろの湯は外から水を
引き入れていた形跡があること。
ただし、今はそれが人工的に塞がれていて、
お風呂には部屋に備え付けてある魔石で
水を入れたり、お湯を沸かせたりすることが
できるようになっていたことがわかった。
そう、そしてわかったことがある。
この世界には魔法があって
マイクも魔法が得意だそうだけど。
得意なのと、魔力量が多いのは
また別の問題らしい。
通常は魔法士や聖騎士のように
魔力を使って仕事をしたり
戦ったりするのでなければ、
誰が魔法を使っていて
誰が魔石を使っているのかなんて
わざわざ確かめるようなことはないらしい。
何故なら、生活魔法で補える程度の魔法は
魔石で賄うことができるし、
それ以上の魔法はかなりの魔力が必要になる。
その魔力量を有している人間の数は少なく、
だからこそ誰も「持っていない」という
前提で誰とでも接するし
そのように生活をしているのだ。
そう考えるとマイクも
今回は生活魔法で寝る場所を
綺麗にしてくれたけれど、
あまり魔法を使うところを見たことが無い。
マイク曰く、何かあった場合、
すぐに戦えるよう常に魔力を温存しているそうだ。
なるほどね。
だから魔石がある場合は
自分の魔力よりも魔石を使うし、
町でも生活魔法以外の
魔法を使う人を見かけなかったのか。
そう考えると私の『力』ってかなり凄くない?
私が『愛』を感じたら、それが『器』の中に入って
魔法と同じ力になる。
でもその『器』の容量は私が愛されたいと
感じる量なので、もしかしたら無限かも?
だってどれだけ愛されても、
もっと、って思うし、
嫉妬さえ、愛されてるからだと思うと嬉しくなるもの。
自分でも物凄く病んでるとは思うけど
生まれた時からずっと愛されたかったのだ。
自分勝手だとは思うけど、
心が満たされるまでは愛して欲しいと
思ってしまう。
それにたぶんだけど。
私を愛してくれている皆は
それに付き合ってくれると思うのだ。
こんな風に思えることさえ、
凄い変化だと自分でも思う。
元の世界では誰かに愛されるどころか
周囲の人たちを拒絶して、
お金しか信用していなかったのに。
「ユウさま。泥を流されますか?」
マイクが魔石ですぐに湯を入れてくれるというので
私は喜んで頷いた。
泥だらけの服は着替えたけれど
髪の毛はまだ泥が付いたままだ。
ディランが戻ってきて
「俺が洗ってやる」と言ったけど、
マイクが、ユウさまのお世話は王命ですので、と
一向に譲らない。
その変わらないやりとりに
2人の愛を感じて、やっぱり私は嬉しくなる。
「マイク、ディラン」
でも、このままだと何も進まないので
私は二人に声を掛けた。
「私は一人で大丈夫だから、ね。
それよりもしばらくここで過ごすから
2人はその準備をして欲しい」
マイクとディランは顔をしかめた。
「大丈夫。この村には誰もいないし
さっき、レオが威嚇?みたいのを
してくれたから、魔獣や魔物も
近づいてこないと思う」
護衛も必要ないと言うと、
2人はまた嫌そうな顔をしたけれど
「寝るところも食べることも
ちゃんと調えておきたいから、お願い」と
言うと、ふたりはしぶしぶ頷いた。
それからマイクはまだ昼前だったので
一旦、町に戻って食料と情報を仕入れてくると
言ってくれた。
ディランはまだ見ていない森の散策と
食べることができるものがあれば
それを獲ってくると言う。
2人が出ていくのを見届け、
私はまた風呂小屋に戻った。
そしてついでにと、さっき汚れた服を持っていき、
置いてあった古びたタライみたいなもので
それを洗う。
手洗いは得意だ。
元の世界では洗濯機は持っていたけれど
電気代がもったいなくて
たいていお風呂に入るときに
その日着ていた服を一緒に洗って
風呂場にそのまま干して寝ていたのだから。
一晩寝たら、脱水なんかしなくても
服は乾いていたし、アイロンいらずだったもんね。
私は素っ裸で服を洗い、
それを脱衣所の扉にひっかけた。
水滴を落とすためだ。
湯は勢いよく魔石から浴槽に入っているが
マイク曰く、時間が来れば勝手に湯は止まるのだそう。
おそらく浴槽に湯が溜まる時間を計算して
設定されているのだろう。
浴槽は少しだけ床より高い位置にあり、
階段を2段ほど登った場所にある。
空を見上げると、屋根はさすがにあったけれど、
今は朽ち果てて大きな穴が開いていた。
私は体を湯で流し、それから頭を洗った。
石鹸はなかったけど、
砂埃が無くなればそれで充分だ。
それから湯が止まった浴槽に入る。
階段は石でできていて、
私はすべらないように気を付けながら
湯に浸かった。
「ふぁー」
きもちいい。
空を見上げると、
真っ青な空に綺麗な空気。
疲れが取れていくような温かい湯に
目の前の少し曇ったガラス窓の先には
あの蓮の花が見えた。
これ、温泉に浸かってるのと
同じなんじゃないだろうか。
夜に入ったら星空が見えて
もっと綺麗なのかも。
いいな、こういうの。
久しぶりにのんびりしている。
元の世界では全くなかった経験だし、
この世界に来てからは
ゆっくりしたことはあるけれど
その時は必ず誰かがそばにいた。
このように一人になったことは無い。
「ひとり、だ」
私は湯に浸かり、空を見上げて呟いた。
私は「ひとり」ということばが嫌いだった。
それは寂しい人間だと示す言葉だと思っていたから。
一人で生きてきた私は、
一人の自分が恥ずかしいと心のどこかで思っていた。
愛されたいけど、それが言えない自分。
意気地なしで、他人と関われない自分。
だから、ひとりぼっちの自分。
そうやって、愛されたい気持ちだけが
どんどん大きくなってしまったけれど。
こうやって愛してくれる人と出会い
一人になってみると、
「ひとり」なんて大したことじゃなかったってわかる。
だって私は「ひとり」だけど愛されてることを知ってるし
「ひとり」だからこそ、のんびりできる。
「ひとり」だから自由だし
「ひとり」だから何の気兼ねもなく、
何でもできてしまうのだ。
そうたとえば…
「湯の中を泳ぐとか」
私は浴槽をすい、っと泳いだ。
と言っても、プールみたいに広くは無いから
数回、平泳ぎのように手で水を掻く程度だったけど。
それでもこんなに自由に
広いお風呂を使うのは初めてだ。
お風呂だっていつも誰かが一緒だった。
そう考えると…私は今、
物凄く自由だ。
私は浴槽の中にある段差に腰かけた。
目を閉じて、風や水の動きを無意識に追う。
ふと、脳裏にこのお風呂の映像が浮かんできた。
子どもたちが数人、はしゃぎながら体を洗っている。
そしてそのまま、大きな窓から外へと飛び出した。
その先には…温泉のようなものがあった。
綺麗に整備された浴槽と、身体を洗う場所や
休憩所なのか椅子が並んで置いてある場所もある。
浴槽から溢れた温泉の水は近くの川に流れ
この村を巡っていく。
村は田畑があり、どれも実り豊かに思えた。
また温泉の近くには
溢れた水が川には流れずに
池になった場所もあった。
その池には蓮の花が咲き乱れている。
綺麗だ。
鳥になって空を飛んでいるように
私は村の様子を見下ろしている。
「ユウ?」
声を掛けられ、私は我に返った。
「ディラン」
目の前にはディランが立っている。
「寝てたのか?
湯で寝ると危ないぞ」
「うん、そうだね」
寝てたの…かな?
でも夢とは思えないほど
物凄く鮮明な映像だった。
ううん、違う。
夢じゃないと思う。
だってレオが言ってたじゃない。
私には魔素から記憶を読むことができるって。
その時は、何の?って思ったけれど
きっとこの土地の記憶を見ることができるんだ。
だから私が見たのはきっと
以前のこの村の様子だ。
あんな綺麗な村だったんだ。
蘇らせてあげたい。
そう思う。
けど。
その前に疑問を解決しておこう。
「ディラン、なんでここにいるの?」
それになんで裸なの?
私の問いに、ディランは犬歯を見せて
嬉しそうに笑った。
「やっと二人っきりだ」と。
その笑顔に私は…
何も言えずに、曖昧に微笑った。
だって。
ディランの意図することがわかったから。
そして私はそれを拒否なんて
できそうになかったから。
私は…ただ、気恥ずかしさと
若干の期待を込めて。
湯にディランを招き入れた。
それが…
とんでもないことを
引き起こす引き金になるとは
この時には思いもしなかったのだ。
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