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新しい世界

126:大聖樹の宮

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 あの話し合いの日から3日後には
私は馬車に乗られて旅に出た。

次の『聖樹』の街にもすぐに着くことができたし
移動も宿も、さすが王子様が一緒にいるだけあって
最高のもてなしだった。

大きな乗り心地の良い馬車の中には
たいてい私とディラン、マイク。

バーナードとカーティスは
馬で馬車を並走している。

けれど、たまにカーティスが
拗ねてしまうので、
ディランと交代して
馬車に乗ることもあった。

もともとバーナードが
準備していてくれたおかげで
街に着くとすぐに『聖樹』を
見ることができる。

今までの旅を考えると
物凄くらくちんだった。

『聖樹』は聖獣たちが報告していたように
問題がなさそうだったけど、
私は念のため『聖樹』の幹に手を当てて
『器』の中の力を注ぐことにした。

すると、古くなっていた幹からは
新しい枝や芽が芽吹き、
葉もつやつやに光り輝いた。

おかげで、神官や、神父たちが
こぞって私を跪づいて崇めてくるという
恐ろしい場面が生まれた。

そうやって私は
意図せずに女神の愛し子アピールを
し続けながら王都へ戻って来たのだ。

王都に戻ってきても
まだヴァレリアンたちとは合流できていない。

私は神殿と王宮の間に建てられた
『大聖樹の宮』に久しぶりに
戻って来て、感慨深く息を吸った。

『大聖樹の宮』はその名の通り、
この世界で一番最初の『聖樹』がある宮だ。

この『大聖樹』と呼ばれる大きな『聖樹』を
蘇らせることが、私のこの世界に来た
最初の理由と言ってもいいと思う。

大きな宮だけれど、
この宮の中央には『大聖樹』が
枝を伸ばして立っているのが
外からでも見える。

中央には屋根がなく、
『大聖樹』の枝がどこまでも
空高く伸びることができるような
作りになっているのだ。

その周囲を取り巻くように
部屋がある。

一番大きなものが『大聖樹』の
そばにある礼拝堂。

あとはこの宮に勤めている
神官たちの部屋。

『大聖樹』と高位神官たちを
守るための騎士や護衛達。

その人たちに仕える侍従たちの部屋など
かなり大所帯だ。

その中に、私が与えられた部屋もある。

私がこの世界に来たせいで
神殿と王宮との間で諍いが起こったらしい。

愛し子わたしを誰が保護し、
後見人となるか。

その経緯もあり、
私はまだ愛し子として
お披露目もしていなければ、
カーティスのお父さんや
ケインのお父さんたちとも
挨拶すらしていない。

つまり、王様と枢機卿…
王家と神殿のどちらが先に
愛し子わたしに挨拶をするか、
なんてことでも、揉めているのだ。

おかげでこの『大聖樹の宮』は
治外法権…?

王家と神殿との影響を受けない
場所になった。

そして私を守ってくれている
金聖騎士団の管轄…らしい。

また、ディランやマイクと
出会った旅はここから始まった。

この宮の私の部屋は、
金聖騎士団の皆も一緒に休めるように
大きなソファーにテーブル。
ベットも広いし、侍従の部屋や
奥には浴室までついている。

ケインとエルヴィンたち
2人のヒヨコには内緒だが、
何度もヴァレリアンや、カーティス。
スタンリーとも愛し合ったことがある部屋だ。

この世界には、私の家も家族もないけれど
それでもこの『大聖樹の宮』に戻ると
なんとなく、帰って来た、という気分になる。

それだけ金聖騎士団の皆や、
この宮の人たちと過ごした日々が、
私にとって大切なのだろう。

私はバーナードの後ろに付いて
宮の中を歩いた。

カーティスはこの宮に着いてすぐに
王様に会いに行くとか言って
どこかに行ってしまったのだ。

マイクはかつての職場だから
自然にその後ろをついて来ていたけれど
ディランは珍しそうにきょろきょろしている。

宮の奥…『大聖樹』と同じぐらい
警備が重厚な場所に私の部屋はあった。

私はものすごく人見知りが激しくて、
この部屋にいた時は、侍従さんですら
一緒にいると気苦しかったので
私の食事とか着替などの世話は、
いつも金聖騎士団の皆が交代でしてくれた。

でも、部屋の前に立っている護衛の人たちや
『大聖樹』の警護の人たちの顔は
ちゃんと覚えている。

だから私が通るたびに
皆が驚いたり、嬉しそうな顔をして
頭を下げてくれるたびに、
見知っている人を見つけて
嬉しくなった。

ちゃんと、私はこの世界で

もう私の身体には戻れないけど、
私は魂だけの存在でもないし、
ちゃんと生きて、この世界の住人に
なっているのだ。

私の部屋の前には
ずっと私が不在だったにも
かかわらず、護衛の人たちがいた。

「愛し子様!」

見知った顔の2人の護衛が
私を見るなり、目を潤ませた。

「よく…ご無事で…」

跪く二人の人に、ただいま、と言う。

いきなり聖獣に攫われた私は、
確かに、よくぞご無事で、みたいな
状況かもしれないけど、
本当は全然違う。

ちょっと気恥ずかしくなり、
私は二人に、私がいない間も
部屋を守ってくれてありがとう、と
お礼を言った。

だって、本当なら必要ないもんね?

護衛たちは首を振り、
「愛し子様の大事な私物を狙う
不届き者がおりますので」
と、物騒なことを言う。

この『大聖樹の宮』の警備の厳しさも
私は知っているし、そして私の部屋は
その一番奥だ。

こんなところまで、しかも金目のものなど
何一つ持っていない私の部屋に
泥棒に入る人間などいるはずもない。

だから護衛の二人が私に
気を遣って言ってくれているのだと
思って、笑ってみせたけど。

護衛達の目が…本気だったので
ちょっとだけ怖くなった。

いやいや冗談だよね?

「それで、この部屋に侵入できた者は?」

バーナードが聞くと、
2人は敬礼をして、誰もいません、と
きびきび返事をした。

良かった。
なんか、ストーカーに狙われているみたいで
気持ち悪いもんね。

私は二人にお礼を言って
ようやく…部屋の中に入った。

……変わってない。

部屋はきっと掃除をしてくれているのだろう。

綺麗に保たれていたけれど、
テーブルの上に置いてある
クマちゃんの着替えが入った箱や
私が好きだった飴が入った瓶。

飾り棚の中には、お気に入りのティーカップや
ポットも見える。

そんなに長い間過ごした部屋ではないのに、
帰って来たんだ、と実感した。

わーい、と私は思わず、
ベットに飛び込んだ。

「ユウ、先に着替えだ」

バーナードの厳しい声がする。

「はーい」

私は素直に返事をする。
こういう時のバーナードは
弟を躾するように厳しいのだ。

「ユウさま、こちらに着替えが」

マイクが私に着替えを準備をしてくれる。
と、扉を軽く叩く音がした。

マイクが着替えをベットの上に置き、
バーナードが身構えるように
扉の前に立つ。

ディランも自然と私の傍に来ていた。

ものすごく…警戒してくれてるけど
ここでは必要ないんじゃない?

マイクが扉を開けると
外にいたのは先ほどの護衛の一人で
マイクに何やら話をしている。

話が終わり、扉を閉めると
マイクは私の前で頭を下げた。

「申し訳ありません、ユウさま。
少し…用事ができてしまいました」

「面倒なこと?」

マイクの顔が嫌そうに歪んでいるので
心配してしまう。

「いえ…そうです、ね。
ですが、私はユウさまのお傍を
離れることはありません。

神官の職など、必要でなければ
捨ててしまえば良いだけのこと」

「え? ちょ、そんな簡単に
何でも決めないでね?」

不穏なことを言うので
慌ててマイクの手を握った。

「何でも一人で決めずに、
ちゃんと私に相談してね」

転職って、物凄く大変なんだから。

私がそう言うと、
マイクは嬉しそうな顔をした。

そして私の手を取り
額に当てる。

「行ってまいります」

その仕草に不安を覚えたけれど
私はマイクを見送るしかできなかった。




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