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新しい世界
120:浄化
しおりを挟むレオと子どもは真っ黒い『聖樹』のそばにいた。
私はまず子どもを浄化することにした。
私は子どもを抱きしめ、
聖なる力を子どもに流す。
子どもには抵抗することなく
それを受けとめた。
闇の力が反応して苦しむとか
抵抗するとかあるかと思ったけれど、
まだ闇が体になじんでいなかったのか、
それとも、ただ闇ではない別の力で
操られていただけだったのか。
浄化した闇の力は
グルマンと比べるとほんの少ししかなく、
子どもはすぐに浄化できた。
浄化が終わった瞬間、
子どもは目を見開き、私を見た。
そして…気を失った。
私はその子を床に寝かして、
レオを見る。
レオの前にペタンと座って。
敵意はないよ、って両手を広げる。
レオはぐるぐると唸っていたけれど、
私の手に聖なる力を感じたのだろう。
身をよじって逃れようとした。
「ダメ、おいで」
私はレオの首に力任せにしがみつく。
もちろん、私の手には…体にも
『器』から力を出して乗せている。
レオの体がじゅーと音がして
黒い煙が出て来た。
レオは苦しそうに私の腕で暴れたけれど
たぶん、私の『力』が強いのだろう。
レオは抜けだすこともできず、
私にただ、両腕で首を絞められている。
いや、抱きしめられている。
「レオ、落ち着いて。
大丈夫だから」
首を絞めていて大丈夫も何もないが
そんな言葉しか言えない。
だって、じっとしてくれないと
浄化できないし。
やがで腕の中でレオがぐったりとした頃、
レオの身体から出ていた黒い煙は消え、
レオの身体は元の…真っ白い毛に変わっていた。
おぉ、って後ろで声がする。
「レオ、レオ、起きて」
まさか死んでないよね?
私がレオを揺さぶると、
レオは目を開けた。
『愛し子……ユウか』
「よかった」
私は今度は純粋にレオにしがみつく。
「何があったの?」
『人間が…『聖樹』を闇で満たしたのだ』
「え?」
それって、グルマンがしたんだよね。
『それを阻止したかったのだが
間に合わなかった。
闇に染まった『聖樹』には
どんどん『闇』の実が生った。
それを食べた者たちは、
『闇』に染まり、この街の『闇』を
さらに深く、濃くした』
「じゃあ、街の人たちも、
この子も…?」
『そうだ。
『闇に落ちた聖樹の実』を
一人の人間が、多くの者に食べさせた。
料理に混ぜ、飲み物に混ぜ、
井戸の水に混ぜた』
なんて…ことだ。
また、怒りがふつふつと湧いて来る。
『それらすべてを浄化することはできん。
だからせめて『聖樹』だけでも浄化しようとしたのだが
逆に闇に取り込まれてしまったようだ』
しょんぼりとするレオは可愛くて、
私はレオの髪をわしゃわしゃ撫でた。
「じゃあ、浄化しよう。
レオ、手伝って」
『あぁ、わかった』
「ねぇ、ここは教会でしょ?
女神ちゃんと話せる?」
『いや、ダメだ。
この場所は闇で穢れすぎて
女神に声は届かない』
その言葉に、後ろで息を飲む音がする。
「そっか。
じゃあ、まず『聖樹』を何とかしないと…
レオ、この街はたぶんだけど
空気の中の<闇>の魔素が濃いんだ思う。
他の人たちは普通に動いてたけど
私は息苦しくて仕方なかったの。
空気は物理的に上から
押さえつけられてるみたいに重たいし、
苦しいし」
『……だから、あの人間を
上から潰したのか?』
レオの言葉に苦笑する。
グルマンへの報復の方法は偶然だ。
「とにかく、私は浄化をするから
レオは私の『力』をできるだけ
遠くに飛ばして?
できる?」
『わかった、やってみよう』
私の中では、クーラーの冷たい空気を
うちわや扇風機で隣の部屋へと
送るようなイメージだったのだけど、
レオにちゃんと伝わったかな?
でも、できるというので
任せてみよう。
「マイク」
「はい」
「ディラン」
「おう」
近くに二人がいる。
「めいっぱい頑張ってみるから
あとはよろしくね」
「はい、お任せください」
「わかったけど、無理すんな」
私は二人の声を聞いて
レオから手を離す。
レオは上を見上げた。
天井はぽっかり空いていて、
どんよりと曇った空が見える。
私は立ち上がり、
『聖樹』に触れた。
手のひらがぴりぴりする。
いったいどれだけの<闇>を
取り込んだのか。
そしてそれほどの<闇>を
生み出すために子どもが犠牲になったのか。
あぁ、また怒りに我を忘れそうだ。
私は『器』の力をゆっくりと指先に乗せ、
『聖樹』に這わせていく。
私の指は『聖樹』の幹に触れているけれど。
まずは根からだ。
私は手のピリピリ感が馴染んできたころを
見計らって、指だけでなく、腕や足、
身体全体に『力』を纏わせた。
足から出る『力』は根に注ぎ込む。
地面に根を張る『聖樹』の内側から
浄化していくのだ。
黒い根は私の『力』で
聖なる力を取り戻していく。
そして浄化した根は、
根を伸ばした先にある地に
光を放つ。
地面から…街を浄化する、
そんなイメージだ。
そして手や体から出た『力』は
『聖樹』の内側から枝や葉に流れる。
葉脈の1本1本にまで、光は満ちていく。
私はそんなイメージで
『力』を注いだ。
魔に満ちた実は落ち、地面で浄化される。
大きく伸ばした枝や葉は、光に満ち輝きはじめ
その光は街へ。
そして街の外へ、あの砂漠へ。
遠く、遠く…
レオが飛び上がる音が聞こえた。
目を閉じていても、わかる。
レオが大きな白い翼を羽ばたかせて
天井から空へと舞いあがったのだ。
大きな翼が羽ばたく音がする。
まるで私の『力』を遠くに飛ばすように。
そう。
遠くに。
遠くに届いて欲しい。
この街が生み出した闇がすべて消えるように。
あの砂の地を緑にしたい。
城壁など消して、笑顔があふれる街になって欲しい。
あの御者のおじさんが
笑顔で…あんな砂の中を通らなくても、
景色がいいと笑いながら街を行き来できる
そんな道があればいい。
『器』にたまった力が、どんどん消えていく。
けれど、息苦しさが無くなり、
私は呼吸をしやすくなっていた。
今なら…女神ちゃんに声が届くだろうか。
「女神ちゃん」
私は…呟いた。
結構『力』を使っていて、
大きな声を出す力も残っていないのだ。
「これがもし、幼女が聖女の試練だったら
めちゃくちゃ、怒るよ、私」
私の本気が伝わったのだろうか。
空が、いきなり晴れた。
曇っていた空から太陽の光が差し込み、
その下にある『聖樹』を…
私を、照らした。
うん、あったかい。
そして『器』に力が戻ってくる。
「もう少し頑張れってことか」
私は呟いて、また『器』に溜まった力を
浄化の力に変えて放出した。
ほんと、女神ちゃんは人使いが荒い。
しかも、無意識だからタチが悪い。
でも、でも。
怒るけど、憎めないんだよね。
私はそんなことを思いながら
『器』が空っぽになるまで
力を出し続けた。
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