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新しい世界

108:従者が乙女すぎて旅立てない

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 結局、『聖樹の街』の通行書が宿に届いたのは
一週間以上経ってからだった。

私はすっかり高級宿になじんでいて、
朝からお風呂に入ったり、
風呂上がりに果実水を飲みながら
だらだらしたり、やりたい放題だった。

今まで自堕落な生活などしたことがなかったので
罪悪感も感じたけれど、
そんなの最初の数日だけだった。

3日も経てば慣れてきてしまって、
今ではこの宿に永住したいぐらいの
気分になっている。

もちろん、マイクが甲斐甲斐しく
お世話をしてくれるものだから、
至れり尽くせりだ。

しかも…毎晩、マイクに愛されるものだから
『器』は満タン。

最初は私が手を伸ばさないと、
私に触れることさえためらっていたマイクも

一週間もあれば
マイクから触れても私は拒否しないと
理解してくれたのか、さりげなく私に
触れてくるようになった。

たとえば…
果実水を渡してくれる時は
私の手を両手で包むようにしてきたり、
着替えを手伝ってもらう時に
背中から抱きしめるように…

でも、抱きしめることはなく、
首筋に口づけられたり。

乙女か!
乙女なのか、マイク!

と、内心悶えるようなアピールをされているのだ。

でも、そんな控えめなアピールは
今までされたことがなかったので、
くすぐったくて、嬉しい。

そんな甘い日々を堪能していた朝、
マイクが朝食と一緒に手紙を持ってきた。

ようやく出発になりそうだ。

「結構、返事が来るのに時間がかかったね」

「はい。むこうも女神の愛し子を
どう扱うかを考えていたのでしょう」

「それ、仲良くできないって
ことだよね?」

と聞くと、マイクは苦笑して
返事はしなかった。

「まずは朝食をお召し上がりください」

マイクは私の座るテーブルに
パンと紅茶を並べてくれる。

マイクには給仕は必要ないと言っているので、
並べ終わるとマイクは私の前に…
ではなく、隣に座る。

うん。距離が近い。

ディランのように
いきなり膝の上に座らせることは
ないので、そのあたりはマイクらしいと
いえばらしいのだど。

随分と距離感が近くなってきたとは思う。

いいこと…だよね?

私は朝はあまり食べないので
紅茶と小さなマフィンみたいな
甘めのパンが1つだけ。

マイクはそんな私の横で
しっかり食べている。

パンにスープにサラダに
焼いた肉まである。

最初は私の分も用意してくれていたけど
私が食べれずに、お昼ごはんに
それを食べたので、
それ以降、マイクは私に何を食べるかを
聞いてくるようになった。

お昼はお昼で、朝の残りのような
ものではなく、きちんと食事を
して欲しいとも言われた。

私としてはありがたい申し出だったけど、
私に遠慮してマイクが食事を減らすのも
おかしな話だと思ったので、
マイクはちゃんと食べたい量のご飯を
食べるように伝えた。

マイクが綺麗な所作で
大量に食べるのを見るのも
結構好きだし。

そういうとマイクは照れたような顔をした。

ちょっと可愛いと思ったのはナイショだ。

マイクはたまに可愛くなるけど
食べる量も多いし、背も高い。

聖騎士と比べたら、剣は苦手だと
言っていたし、筋肉量は少ないとは
思うけれど。

抱かれているときは…いっぱいいっぱいで
マイクのことを直視できないのと、
夜だから部屋が薄暗いこともあるけれど。

マイクのお腹に触ったら
腹筋は固かったし、物凄く体力があるし。

私は女神ちゃんの祝福が無ければ
絶対にマイクに抱きつぶされていると思う。

じっくり見るとマイクは綺麗な顔を
しているけれど、髪の毛は銀色…ケインと同じ色だ。

枢機卿の子どもで教皇の孫でもあるケインは
綺麗な銀髪をしている。

王族は金色を持って生まれるらしいから
教会に深くかかわる一族は
銀色を持っているのだろうか。

それにはっきりとは言わないけれど、
貴族で、しかもかなりのお金持ちだと
思うんだよね、マイクは。

位も高いと思う。

だって紅茶を飲む仕草も綺麗だし、
気が利くし。

あと、長くて細い指が好きだな、と思う。

「……あの、ユウさま」

「え? あ、なに?」

急に声を掛けられて、私は慌てた。
ぼーっとしてた。

「いえ、あまり見つめられると…」

「あ、ごめん」

そりゃ、見てたら食べ辛いよね。

「ユウさまに見つめられるのは光栄ですが、
少し照れてしまいますね」

なんて笑うから、やっぱり乙女か!って思う。

何か、可愛く思えてくるんだよね、マイクって。

「こうしてユウさまと一緒にいると
封を…開けたくないとわがままを言いたくなります」

マイクは持っていた紅茶のカップを
テーブルに置くと、そのすぐそばの手紙を
ちらりと見て、私の手を見る。

あ、触られる、って思ったら、
やっぱりテーブルの上にいた私の手に
マイクが手のひらを重ねてきた。

「ずっとこのまま、
2人だけで過ごせたらと…」

夢を見てしまいます。
と、囁くように言われたら、
甘い雰囲気に耐性が無い私は
顔を熱くしてうつむいてしまう。

私もずっとここに永住したい、って
思ってたけど。

絶対に意味合いが違うよね?

それに…それに。
昨夜だって、めいっぱい抱かれたのに、
なんで朝からそんな甘い目で
私を見つめてくるのか。

ここで私がマイクの手を
振り払えば、甘い空気は四散する。

そして、いつも通りの会話になって、
きっと手紙の封を開けて
出発になる。

わかってるのに、動けない。

「ユウさま」
って、マイクが私の顔を覗き込んでくる。

私の意志を確認するつもりなのか
それとも…

顔を見るふりをして、
私の額に唇を軽く押しあてたかったのか。

恥ずかしいし、身悶えてしまう。

でも嫌じゃないから困るのだ。

だってマイクは。
私と視線を合わせない。

私の『祝福』は知らない筈なのに、
視線を合わせなくても、私を求めてくれる。

私に指先で触れ、私の気持ちを確かめ、
そして最後に…目を見るのだ。

私を抱きたいと瞳に熱を込めて。

そんなことされたら、もう『祝福』なんて
わからなくなる。

どうでも言い、って思ってしまう。

私はいつも『祝福』が発動したから
皆、私を抱くのだと思っていたけれど。

マイクはそうじゃない、って示してくれるから。

だから、安心する。

嬉しくなる。

『祝福』も女神ちゃんも関係なく
私を見てくれる、愛してくれるって思えるから。

だから私は、うつむいたまま
マイクの方に体を寄せた。

ぴくん、って私の手と
重なっていたマイクの指が動く。

そしてその指が、私の指に絡みついた。

ただ重ねていただけだったのに、
指が私の指と絡み、指先が私の指や
手の甲を擦る。

私の反応を確かめるように
マイクは徐々に私に触れていく。

それは拒絶されないかを試しているのか、
それとも、強引に動いても良いのかを
確認しているのか。

もどかしいけど、嫌じゃない。
恥ずかしいけれど、私はマイクに
ゆっくりと触れられるのが心地よく感じている。

まるで恋人同士のように、
甘い空気にたぶん、酔っているのだ。

強引に抱かれるのも、愛を囁かれるのも
もちろん、嫌では無いけれど。

でも、私の周りは
激しく強引い愛を求める人ばかりだったから
マイクの行動は新鮮で、くすぐったくて。

俯いた私の頬に、身をかがめたマイクの頬が
そっと触れた。

え?と思ってマイクに顔を向けると
唇が重なる。

不意打ち~っと思ったら、
マイクが微笑んだ。

「ユウさまは、本当に可愛らしい」

可愛いのは私じゃなくてマイクだよ!って
いつか言ってやりたい。

可愛い、可愛いと何度も言って
マイクの髪をぐしゃぐしゃと撫でたい。

でも、できないんだろうな、って思うのは
この緑がかった瞳に見つめられると
動けなくなるから。

もう一度、唇が重なるのがわかってるのに
動けない。

絡み合った指ごと引き寄せられ、
ソファーに座ったまま肩を抱かれた。

私の首元にマイクの息がかかる。

「明日出立するために、
今日はこのまま…宿で過ごしましょう。
体調を調えておかなければ…」

毎日、だらだら過ごしていたから、
体調は万全だけど…。

でも、私の返事は、はい、しかない。

「マイクは…ゆっくりしたい?」

「はい。明日に備えて今日は一日
このままで」

「うん。じゃあ、ゆっくりしよう」

マイクの手が、私の腹部に回る。

なら、触れても…?」

私はシャツを一枚羽織っただけだったが、
シャツの上からマイクの指が優しく
お腹を撫でただけで、身体が熱くなった。

昨夜の…痴態を思い出したのだ。

「ユウさまも私を欲しがってくださるのですね」

なんて言いながら、マイクは私の身体を
ソファーに押し倒した。

私の上に覆いかぶさるマイクは
それでも瞳に不安をよぎらせる。

私を抱いていいか、確認したいのだ。

それがわかっているから
私はマイクに手を伸ばす。

マイクの首に腕を回し、
自分の方へ引き寄せる。

深呼吸をして、互いの心臓を合わせるように
マイクの香りを吸い込むのだ。

そうするとマイクはゆっくりと
私を抱きしめ、動き始める。

私に口づけたり、指を体に這わせていく。

あぁ、またソファーで抱かれてしまう。

そう思うけれど、何故か私は興奮していた。

きっと…私は。
マイクとこの宿の自堕落な生活に
すっかり慣らされてしまったのだ。








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