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新しい世界

91:小料理屋のおやじ

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 ふと目を覚ますと私はシーツにくるまっていた。
どうしたんだっけ、と思って
マイクに抱かれたことを思い出す。

体を起こすと、
部屋には私一人しかいなかった。

私はベットから下りる。

服はシャツ一枚羽織っただけだったけど
着替えがベットの端に用意してあった。

マイクの仕業だろう。

私は一人で服を着ると、
部屋をぐるりと見回した。

広い部屋だが、
誰か隠れているかぐらいはわかる。

一応、侍従の控室も
浴室も覗いたけど、誰もいなかった。

ひとりぼっちだ。

え?
ひとりぼっち?

この世界に来て、
独りになるのって初めてじゃない?

私の傍にはいつも誰かがいた。

だから、一人になるのは
眠るとき以外は…いや違う。

寝ている時だって、いつも誰かがいたから
やっぱり初めてだと思う。

「ひとりだ…」

ちょっと、わくわくした。

もちろん、ディランやマイクが
私を置いていくわけがないと
理解しているからこそ
『ひとりぼっち』を楽しむ気分に
なっているのだけれど。

どうしよう。
どっか出かけてみる?

私はフードが付いたコートを手にした。

元の世界にいたときは、
一人で良く本を読んだり
スマホゲームをしたりしていたけど
この世界にはそんなものは無い。

となれば、
元の世界でもあまりできなかった
ウインドウショッピングを……。

と、思ったら、
ワクワクした気持ちが、
しぼんでいく。

なにせ私は、一人でお店に入れないのだ。
……人の目が気になって。

元の世界でも、一人でカフェにすら
私は入ることができなかった。

洋服も最低限、いつも同じ店で
購入していたし、
通常、一人で入る店は
夕飯の食材を買うスーパーぐらいだった。

そんな私が、しかもお金すら
持っていないのに、
異世界でウインドウショッピングなんて
できるだろうか。

誰か一緒に居てくれたら
心強いけど…と思って、
それでは、ひとりを楽しめない、と
思い直す。

私の性格は随分と前向きになってきたと
思うのだけど、対人関係に関しては
まだまだみたいだ。

どうしようかと悩んでいると、
かちゃりと扉が開いた。

「ユウさまっ」

マイクが部屋に入って来た。

「申し訳ございません。
まだ眠っておられるかと思い
ノックは差し控えさせていただきました」

ノックの音で私を起こさないように
配慮したらしい。

うん、優しい。

「いいの、目が覚めたところだったし」

大丈夫、と言いかけて、
マイクの視線が私の手に向いていることに
気が付いた。

「マイク?」

「ユウさま、どこかお出かけに?」

私が手に持っているコートが
気になるらしい。

「う…ん。
一人で部屋にいても仕方ないから
出かけようかな、って思ったんだけど、
やめたの」

一人で出かけるのって無理だしね。

「そうなのですね。
理由を聞いてもよろしいですか?」

「えっと…たいしたことじゃないんだけど、
一人で街をうろうろしたことないから
興味はあるけど、怖いっていうか…。

お金も持ってないし、そもそも物価とか
そういうのもわかんないし。

お金も持たず、街で何をするんだ、って
そう思ったら、なんか…行かなくてもいいかな、
とか、思えて来て…」

なんか、恥ずかしい、というか
情けないと言うか。

この年になっても
一人で街を歩けないって
どうよ!って感じだよね。

小さな声でぼそぼそと理由を言っていると
マイクが笑顔で私を見た。

「では、ご一緒に行きましょう」

「え?」

「じつは、新しいコートを
新調してきたのです」

マイクは私に真新しいコートを見せてくれた。

今手にしているのは長いロングコートだ。

黒目黒髪を隠すことを重点に置いた
大きめのサイズのものだったのだ。

しかも色も暗い色で、目立たないのは
良いけれど、怪しさ抜群のコートだった。

けれどマイクが見せてくれたのは
可愛らしいポンチョだった。

フードは付いているけれど、
明るい赤い色をしていて、
フードや襟元などには白いラインが付いている。

またフードからは、首元で縛ることが
できるように、白くてレースみたいな紐が結んであった。

ポケットのラインも白で、元の世界だったら
クリスマス時期に着てみたい逸品に思えた。

「か、可愛い…」

元の世界だったら、
絶対に選べないぐらい
可愛い女子向きのポンチョだった。

女子がいない世界なのに、
何故こんなに可愛い物が多いんだ?
この世界は。

……はい。
女神ちゃんが可愛い物が
好きだからでーす。

と馬鹿な自問自答を頭の中でしつつ、
私はマイクにポンチョを着せてもらった。

鏡を見せてもらうと、
可愛い…と呟いてしまう。

元々可愛い顔立ちの勇くんの白い顔が
明るいポンチョの赤に映えて見える。

勇くん、ハンサムだったけど
幼いころはやっぱり可愛かったんだよねー。

しみじみ思う。

私のこの身体は幼馴染の勇くんの身体で
しかも勇くんが中学生ぐらいの
頃の姿だった。

この頃の勇くんは、
きっと可愛かったから女子に
モテモテだったんだろうって思う。

もっとも勇くんは施設の部屋に
引きこもっていたから、
女子に会う機会は無かったと思うけど。

「お気に召していただいて
嬉しいです、ユウさま」

マイクは鏡を見つめる私を
微笑ましく見ていた。

「あ、あの、うん。ありがとう」

自分の顔に見惚れるってどーよ!
って恥ずかしくなって。

私は笑ってごまかした。

「では、出かけましょう」

マイクの話では、
まだ時刻は昼過ぎぐらいらしい。

眠ってしまった私のために
マイクは昼食を用意しようと
外出したのだけれど、
このポンチョを見つけて
一目ぼれして買ってしまったのだとか。

そして早く私に渡したくなって
昼食も買わずに急いで宿に
帰って来たんだって。

なにそれ、子供?
って笑ってしまった。

マイクにもそんなところがあるんだって
笑えたけど、可愛くも思う。

よしよし、って背伸びをして
頭を撫でてあげたら、
マイクは驚いた顔をして
頬を赤くしていた。

なんだ、これ。
ちょっと楽しい。

皆が私を甘やかしたいって思う気持ちが
ちょっとわかったかもしれない。

私はマイクについて宿を出た。

お昼ごはんを食べる店を
マイクが先に調べておいてくれたらしい。

テイクアウトもできるけれど
店で食べることもできるとかで
私は素直にその店で食べることにした。

マイクが選んだ店だったら
間違いないと思うもんね。

味とかではなくて、
店の客層とか雰囲気とかが。

ディランと一緒に居るときは
酒場のような場所で
立ってご飯を食べたこともある。

食べる時ぐらい座りたいと思うし、
酔った大きな大人たちに
揶揄われながら食べるのも
正直、苦痛だ。

そんなお店しかない街もあったから
文句は言えないのだけれど。

マイクが連れて来てくれたお店は
小さな小料理屋だった。

食堂よりは高級っぽかったけど、
量の少ない料理を出してくれる店らしく、
色んな味を楽しめるらしい。

夜はお酒を出す店になるので、
小さめの料理はお酒のアテにもなるようだ。

「ユウさまは小食ですので、
できるだけ沢山、
色々なものを食べていただきたくて」

一つの皿の量が少なければ
沢山食べれるかもと、
マイクは考えてくれたそうだ。

嬉しい。
ありがたい。

この世界の人たちは、
身体や体格も大きいからか、
食べる量もとてつもなく、多い。

一度、ポテトサラダみたいなのが出て来て
それを一生懸命食べていたら、
それは前菜だったそうで。

サラダでお腹いっぱいになった私は
そのあと出て来たメインのお肉と
スープと、デザートが食べれなかった。

物凄く残念だった。

そんな残念な料理は大笑いしていた
ディランに食べられてしまったけれど。
デザートだけは、食べたかった。

それ以降、私は出て来た料理を
まず少しだけ取り分けて貰って、
残りはディランに食べてもらうことにしている。

そうして、少しづつ、いろんなものを
食べることができるように
自分なりに工夫していたのだ。

……ディランに言わせれば、
俺が食う料理を少しわけてやってんだ。
ということらしいが。

そんな私とディランの食事の話を、
マイクは聞いていたのかもしれない。

小料理屋は空いていて、
昼はたいていテイクアウトをする人ばかりで
実際に店で食べる人は少ないらしい。

うちの客は酒を飲むやつばかりだからな、
と、店主のおじさんは笑った。

「けど、小さな子どもがいて
飯を作るのが難しいって家もあるだろ?

うちはそういう家のために
昼間も店を開けてるのさ」

だから味付けも子ども向けだし、
量も子供向けなのだと言う。

「素敵ですね」って言ったら、
店主さんは何故か、うるせぇ、って
顔を赤くして厨房の奥に入ってしまった。

褒めたのに、何故怒られたのか。
まったくわからない。

テーブルに座り、
口をとがらせていたら、
マイクがクスクスと笑った。

「ユウさまが可愛らしいからですよ」

なんて言ったが、全然フォローになってない。

というか、意味が分かんないし。

正直、料理は美味しかった。

小料理屋というから、小鉢みたいなものが
沢山食べれると思ったら、
全然、そんなことはなくて。

でも、お肉が入ったサラダと、ス
ープとパンは食べた。

あと、パスタみたいな、ラザニアみたいな?
とにかく、何かにチーズを乗せて焼いたものも、食べた。

全部、マイクに半分以上食べて貰ったけど
どれも、元の世界で言うケチャップとか
マヨネーズとか。
そういう甘い味付けがしてあって、
サラダのドレッシングも、
食べやすいように甘めのソースで美味しかった。

だから、お金を支払うマイクの横で
「美味しかったです、ありがとうございました」
って店主さんにお礼を言ったのに。

やっぱり店主さんは
「うるせぇ」ってそっぽを向いた。

そこはありがとうございます、じゃないの?

……解せぬ。





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