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新しい世界

87:愛してるなら愛してよ

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 マイクに抱きしめられて、
あたたかい体温と、
マイクの心臓の音に
私はだんだん、落ち着いてきた。

子どもみたいに泣きわめいて、
何をしているんだ、って後悔が生まれた。

恥ずかしくて、
マイクの顔を見ることができない。

ゆっくり息をして、
マイクの胸に顔を押し付けて
心臓の音を聞く。

少し早いマイクの心臓の音は
施設にいた時のことを思い出した。

子どもの頃、まだ施設で私が
『お姉ちゃん』でなかった頃、
こうして私は心臓の音を聞きながら
眠ったような気がする。

それは施設の兄姉のものだったのかは
思い出せないけれど。

私は誰にも愛されていないと
思っていたけれど。

あの施設で私は、兄姉たちに
可愛がられて愛されていたのかもしれない。

マイクに抱きしめられているからか、
過去に受けた<愛>を思い出したからか。

私の中の『器』が安定し始めた。

愛して!って叫ばなくなった。

私は顔を上げてマイクを見た。

ごめんね、って離れようと思った。

けれど。
私はマイクの瞳を見て、動きを止める。

マイクは…
とても優しい顔で、私を見ていた。

愛しい者を見る瞳で、
私を慈しむ瞳をしていた。

急に恥ずかしくなって、
私は慌ててマイクの胸に顔を押しつける。

え?
マイクって、あんな瞳で
私を見ていたっけ?

ずっと、あんなんだった?

私が気が付かなかっただけ?

カーって顔が熱くなってきた。

そう言えばさっき、
私を一人の男として愛してるとか
言ってなかった?

あれ、本気…ってこと?

混乱してきた。

マイクが本気で言ってくれてたのなら
私、随分と酷い言葉を投げつけたし、
物凄く傷つけたかも。

マイクの言葉を全部否定して…

と、思い当たり、
自分が他人に否定されて苦しかったことを思い出した。

私は、施設の子、ということで
私のことを知りもせずに否定してくる
周囲の人たちに、怒りと悲しみを募らせていたのに。

私はマイクに同じことをして、
マイクを沢山傷つけた。

なのにマイクはこんな…
こんな優しい瞳で、私を見ていてくれている。

もっと怒ってもいいのに。
怒鳴ってもいいのに。

「ま…マイク」

私は、小さくマイクを呼んだ。

「はい、ユウさま」

「ごめんなさい」

何に対しての謝罪だったのか
自分でもわからない。

マイクを否定したことか
マイクの愛を信じていなかったことか。

愛してくれているとわかって
応えられない癖に嬉しいと感じていることか、

傷付けてもなお、
こうして傍にいてくれるマイクに
嬉しいと思っている罪悪感からか。

だがマイクは、私を優しく見下ろして、
いいえ、と微笑った。

「私こそ、取り乱してしまい、
申し訳ありません。

ただ、どうか…受け入れることができなければ
それでも構いません」

マイクはそっと私を離した。

そして私をソファーに座らせると、
その前に膝を付く。

「私がユウさまを愛することだけは
お赦しいただきたいのです」

「……私がマイクを拒否しても?」

「はい。
それはとても悲しく辛いことですが、
ユウさまのお気持ちを変えることなど
私にはできません。

ただ、私はユウさまの為だけに
こうして生きております。

ユウさまをお慕いすることを
止めよと命じられれば、
生きている意味さえ、無くなります」

顔を上げたマイクの瞳は真剣だった。

一瞬、私は息を飲む。

「どうか…お赦しを」

その言葉に、
何を言えば良かったのか。

私は息を飲んだ。

こんな、愛、は知らない。

みんな、私を愛してくれた。
私を抱いて、触れ合って。

ううん、
むしろみんな、
私を抱きたがった。

私を抱きしめ、
独り占めしたいって囁いてきた。

でも、それが無理だから
肌を重ねたいって。
愛を伝えたいって。

だから。

私を想うことだけ許して欲しいなんて。
私から何も求めないなんて。

「マイクは…私に何も求めないの?」

愛して欲しいとは、言わないの?

「ただ、お慕いすることさえ
お赦しいただければ、十分です」

「私を…昨日みたいに
抱きたいとかは、思わないの?」

「そ…れは」

私はじっと、マイクを見つめた。
ウソは、聞きたくない。

「私は…ユウさまをお慕いしております。
女神の愛し子としてのユウ様を敬愛し、
一人の男として、ユウさまを愛しております」

マイクは、きちんと私の瞳を見た。

「ただの人間の男として、
もちろん、私はユウさまを…」

マイクは少しだけ表情を崩した。
言いずらいのか、一拍、呼吸を置く。

「ユウさまを抱きたい…と、
思っております。
ユウさまの肌を知らなければ
このような想いはなかったかもしれません。

ですが、昨夜私は、
あなたをこの腕に抱いてしまった。

あの男とあなたが、肌を合わすところを
見てしまった。

私は嫉妬と、怒りで気が狂いそうになったのです」

だから、とマイクは言った。

「私はユウさまを愛するだけでいいと、
そう思うことにしました。

ユウさまからの愛を求めるがゆえに、
嫉妬に身を焦がし、
ユウさまを傷つけてしまいそうになる。

私はただ、ユウさまをお守りしたい。
あなたを傷つける対象は、私自身も含まれているのです」

こうべを垂れるマイクを
私は見つめた。

『器』が、震えている。

冷たく、凍ったような状態だった
私の心が、『器』が、
歓喜に震えているのだ。

マイクの深い愛に。
差し出された、愛情の深さに。

そんなに言うなら、
いっそ私をその愛で傷つければいいと、
そう思ってしまう程に、
私の心は、歓喜している。

求めているなら、抱けばいい。

そんな気持ちになり、
そして、私はようやく気が付いた。

マイクの言葉の意味を。

マイクは私を抱くだろう。

つまりは、そういうことだ。

マイクは自分の身体を、
私の性欲のために好きに使えと
言ったのではない。

自分からは私を求めることができないから、
抱きたいと、
そう言いたかったのだ。

だって、マイクの言葉が本心であれば、
マイクは私が望まなければ、
指一本、私に触れることさえできないのだから。

ただ想うだけでいいなんて。

ふと、笑ってしまった。

何度も何度も、
私を抱きつぶした金聖騎士団の団長さんに
教えてあげたい。

「ユウさま?」

急に笑った私を、マイクは不安そうに見る。

「マイク、立って?」

「はい」

マイクは立ち上がり、
ソファーに座る私の前に来た。

「私を想ってくれてありがとう」

マイクの手を取る。

「ごめんね、子どもみたいに泣いたりして」

「いえ、それは…」

私はぎゅっと、マイクの手を握った。

「マイクがね、義務で私のそばに
いてくれているって思って、悲しかったの」

女神に仕えているから、
私にも優しくしてくれているだけだと
そう思ったら、胸が苦しくなった。

辛くて、悲しくて、
マイクに大切にされてるって思っていた
その気持ちさえも、消えてしまった。

「私はマイクがそばにいてくれて
嬉しかったから。
それが義務だったって思ったら、
裏切られた気分になっちゃったの」

ごめんなさい、って素直に謝る。

だって私の勘違いだったから。

マイクは私の言葉を聞き、
目を輝かせた。

「それは…私がユウさまの
おそばにいても良いと、
お慕いしていても構わないと
捉えてよろしいのでしょうか」

私はマイクの手を引く。

マイクのお腹に顔をうずめて
「うん…」って呟いた。

恥ずかしい。
でも、言わなければならないことは
伝えておかないと。

「あのね、マイク。
マイクの気持ちは嬉しい。

きっとね、私は
この世界では
生きていけないんだと思う。

皆に愛してもらった思いを
『力』にして、
『聖樹』を蘇らせたりしているから。

だから、誰か一人に、
愛を返すことはできないの。

それでも、いい?
それでも一緒にいてくれる?」

私を愛してくれているというマイクの前で
たぶん私はこれからも、
ディランや…もしかしたら
金聖騎士団の皆に愛されることが
あるかもしれない。

それはマイクを傷つけるかもしれない。

私の傍にいることが、
マイクを傷つけるだけなら、
私は一緒に居て欲しいとは言えない。

だから。

「私はマイクに愛を返せない。
マイクのことは大好きだけど、
マイクだけを愛することはできない。

きっとこれからも、ずっと私は
マイクの前で誰かに愛されると思う。

それでも、いい?」

マイクの顔が見れなくて、
マイクのお腹に顔をうずめて。

卑怯かもしれないけど、
これが精いっぱいだった。

「ユウさま、私はお伝えしたハズです。
ただ、お慕いすることを
お赦しいただければ、それでいいと」

柔らかな声が聞こえて来た。

優しい人だと思った。
ううん、違う。
深い愛を持つことができる人なんだ、マイクは。

私と言う存在を、
そのまま受け入れようとしてくれている。

愛されるとか、関係ないって、
愛してるからそばにいるだけだって、
そう言ってくれる。

なんか、泣きそう。

「マイク…」

「はい、ユウさま」

「私のこと、好き?」

「お慕いしております」

「もっと違う言い方をして?」

「……愛しております」

「うん」

嬉しい。
傷付いた心も、『器』も、
修復されていくのがわかる。

「じゃあ、マイク。
愛してるなら、愛して」

私はマイクを見上げた。

マイクは目を見開いている。

私が自分からを誘ったのは
マイクが初めてだ。

でも、マイクの愛を感じたいって思った。

恥ずかしくなって、
ぎゅってマイクのシャツを握る。

マイクは身をかがめると
私のその手を取り、
ゆっくりと強張った指をほぐしてくれる。

そして「愛しています」と
指先に口づけた。

その仕草に私は顔を真っ赤にして、
目の前のマイクに抱きついた。










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