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新しい世界

75:涙

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 ディランの様子がおかしい。

バーナードが来てくれた後、
私はディランが求めるまま
やっぱり肌を重ねてしまった。

でも愛されていると実感できるので
肌を重ねるのは正直、嫌ではない。

ただ、夕方には出立することが
わかっていたので、
抵抗してみただけだ。

けれど。
ディランに抱かれた後、
やっぱり疲れて眠ってしまって。

目が覚めたら、
いつものようにディランに
抱っこされてソファーに座ったんだけど。

ディランの様子がすでに変だった。

愛してる、って言われて。
嬉しかったから、大好き、って
返したのに。

ディランは泣きそうな顔をした。

私の『器』は、ディランの愛で
満たされていて、
とっても満足しているのに
ディランはなんだか違うみたいだ。

でも、こんな時、
ずっと人間関係を最小限にしか
してこなかった私には、
何をどう言えばいいのかわからない。

それにディランは、
いつも通りだと言えば、
いつも通りだった。

私の着替えを手伝ってくれて、
移動するときは抱っこしてくれる。

夕方、バーナードに
指定された時刻が近づくまでは
他愛のない話…
ディランと最初に出会った時のことや
あの村でのこと。

マイクの最初の印象だとか。

そんなことをおしゃべりした。

時間になると
ディランはカバンと私を
一緒に荷物のように抱っこして
屋敷を後にした。

屋敷は一応、鍵を掛けて、
バーナードに返却する予定だ。

ディランに馬に乗せてもらい、
夕暮れ時を進む。

人気が無い道を選んでいるようで
街はずれの道に出るまで
誰にも会わなかった。

街道に出ると、
バーナードが道の脇に
立っているのがわかる。

ディランは馬の歩みを止めた。

私はバーナードに
抱っこしてもらって、
馬から下ろしてもらう。

「ここにもうすぐ
荷馬車が来るから、
それに乗ってくれ」

バーナードディランに言う。

私はバーナードの首にしがみついて
がっしりした肩に額を
ぐりぐり押し付けた。

またしばらく会えなくなる。

甘えたくなって
私の髪を撫ででくれていた
大きなバーナードの手のひらに
顔を押し付けた。

バーナードの大きな手のひらは
私の目も鼻も口もすべて覆ってしまう。

「……猫か」

バーナードが私の仕草を見て笑った。

「ユウ、俺は…俺たち金聖騎士団は
ユウのためだけに存在している。

いいか。
世界のためだとか、国のためだとか。
そういうのはどうでもいい。

ユウがやりたくないことはやらなくていい」

バーナードは私の顔を手のひらで
押さえたまま、小さな声で言う。

「困ったら、頼れ。
必ず、俺たちがなんとかするから」

声は小さかったけど、
真摯な声だった。

たぶん、この言葉はとても重く、
他人に聞かれてはダメな内容なのだろう。

だから、私は。

大丈夫って笑いたかったけど、
その代わりに、大好き、って伝えた。

バーナードの手のひらの中で。

バーナードは俺もだ、と
私の顔から手のひらを外すと、
私の髪を撫でてくれる。

そして、私の身体を
ディランに渡した。

「ユウを頼む」

「ああ」

ディランが返事をして、
少しだけ、沈黙が落ちた。

だが、すぐに馬車の音が聞こえてくる。

大きな荷馬車だった。
ほろが付いていて
荷台には沢山の大きな樽が乗せてあった。

樽は大きくて、私一人が
ゆうに入れるぐらいの大きさだった。

荷馬車の御者は、
かなり年配のおじいさんだった。

「じいさん、悪いな」

「なーに、
ジュリちゃんの頼みじゃ断れん。

それより、結婚式はいつじゃ?
わしも呼んどくれよ」

「ええ、そうですね」

バーナードは苦笑する。
私のことがあって、
きっと結婚式もまだなんだろう。

できれば私も結婚式には
参加したいけれど、無理かな。

「ユウも、俺とジュリの式には
来てくれよ」

ディランに抱っこされている私に
バーナードも笑って声を掛けてくれた。

「うん。行きたい」

行く!とは言えないけど、
行きたい。参加したい。

私とディランはおじいさんに
軽く挨拶をしたけれど
バーナードは挨拶もそこそこに
おじいさんを急かした。

「じゃあ、そろそろ…
夜になる前に出た方がいい」

バーナードの合図で
私とディランは荷台に乗る。

「じゃあ、ユウ。
気を付けて。
ディランも、頼む」

「わかっている。
ユウは守る」

「バーナード、ありがとう」

簡単な挨拶をして
荷馬車は出発した。

おじいさんは、
御者台から私たちに
話しかけてきた。

私たちは、荷馬車の真ん中あたりで
樽に囲まれている。

樽は1つ1つ、中身が違っていて
中には干した薬草が入っているらしい。

しかも、そのほとんどが、
ジュリさんの研究に使うために
集められたものなんだとか。

私は知らなかったけど、
ジュリさんは薬草や薬の研究者として
ものすごく有名な人らしい。

そして有名な理由は
その腕前だけでなく、
その研究を国の機関ではなく、
ジュリさん個人でやっているということだ。

膨大な費用がかかるけど、
莫大な利益もジュリさんが一手に握っているとか。

ジュリさん。
とても可愛くて、優しそうな人だったのに
そんなにやり手だとは思わなかった。

人は見かけによらない、って
改めて思ってしまう。

私はおじいさんから
ジュリさんの話を聞き、
その合間にディランにジュリさんの
話をした。

ディランのカバンから
ぬいぐるみのくまちゃんも
出してもらう。

「これもね、ジュリさんに
作ってもらったの。

服も、ジュリさんの手作りなんだよ」

「へー、器用なんだな」

「うん、それにね。
可愛いものが大好きなの。

私と一緒にリボンを選んだり、
くまちゃんとお人形遊びを
してくれたのよ」

くまちゃんを掲げて
得意げに言うと、ディランは笑った。

ずっと見せていた、ぎこちない笑顔ではなく
優しい笑顔だ。

「お人形遊びか。
ユウはやっぱりまだ子どもだな」

違う、って言いたかったけど。

ディランの目が優しかったから
私は言葉を飲み込んだ。

そのかわり、ディランにすり寄り
手を重ねる。

「ユウ?」

「あのね、ディラン」

おじいさんに聞こえないように
私は小さな声でディランに囁いた。

「私はディランが大好きだから、
一緒に居れて嬉しい。

でも、ディランが私と一緒に
いるのが辛いなら、言ってね」

それを言われても、
私はディランの国に行かなければ
ならないので、どうすることもできないけれど。

ディランが私の言葉に目を見開いた。

「なんか、ディランが私を見るとき、
辛そうな顔をしてる気がして」

違うって思いたかったけど。
重なった手は温かいし、
ディランはいつも通り優しかったけど。

ディランに抱かれていた時、
何かあったとしか思えない。

でも私は何も覚えていないから。

そして、ディランが何も言わないなら、
何があったのか、私は聞こうとは思わない。

何があったとしても、
私がディランを好きだと言うことと、
ディランの国に行くことは
変わらないのだから。


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