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新しい世界

67:初期設定は大切です

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 真っ白い空間で、
私は紅茶を飲み、やさぐれていた。

目の前でテーブルにつっぷして
泣いている女神ちゃんの
やさぐれるしかない。

女神ちゃんは、泣いていると言っても
テーブルに顔を伏せて、
ちらちらとこちらの様子をうかがっている。

私が声を掛けなにと
永遠に話は始まりそうにない。

「わかった。じゃあ、最初から
順番に説明して…じゃなくて、
私が聞くから、それに答えて?」

女神ちゃんから話を聞いていては
先に進めないと思い、
私は自分で知りたいことから
質問をして答えてもらうことにした。

言いたいことばかり伝えるのは
女神ちゃんの悪い癖だと思う。


「わかったのじゃ!」

私が声を掛けたからか、
怒りは解けたか?
と女神ちゃんが勢いよく
しかも笑顔で顔を上げる。

……いままでの、泣きマネじゃないよね?

「じゃあ、幼女が聖女の設定が
今はどうなったのか教えて?」

「どうもなっとらん。
残念じゃが、幼女は無理じゃし」

「そしたら、幼女が聖女の国は
どんな設定になってるの?
いきなりディランに犬歯が生えてきて
びっくりなんだけど」

「そうか! 犬歯か!
ワイルドじゃろ?」


って、そこは喜ぶところじゃありません。

なんか…ないかな。
見るだけで女神ちゃんの作った国の設定がわかるやつ。

と思っていたら、
女神ちゃんは、そっと私の前に
A4判の冊子を置いた。

「ぜひ読んでみてくれ」

「なに?」

「獣人の世界じゃ!」

表紙を見ると、ディランにそっくりの
褐色の肌の男性や、筋肉がもりあがったような
イケメンだろうけど、工事現場で働いていそうな…

ガテン系?

そんな男性が楽しそうに笑っている。

ただし、その男性たちは全員、
ケモノの耳やしっぽが生えている。


これか。
これを女神ちゃんは真似したのか。

私はおそるおそるその冊子を手に取った。

以前、このパターンで私は
『エロの金字塔をあなたに』という
衝撃のキャッチフレーズが書かれた本を
読まされたのだ。

しかもあの世界の設定として。


私は冊子を開き、まずは世界観と
あらすじを読んでみることにした。

やっぱりこれは、私の元の世界の
BL系シミュレーションゲームの
ファンブックだった。

もう、これぐらいでは驚かない。



ざっくりと冊子を読んでみたけれど、
理解できたのは、BLの世界ということと
獣人たちが、たとえ筋肉ムキムキの人であっても
耳としっぽが付いているだけで可愛く思える、
ということだけだった。


ストーリーは、獣人の国の騎士団のメンバーが
恋愛していくもので、主人公がいろんな人たちに
愛されていくだけの内容だった。

エンディングは主人公が選んだ相手と
らぶらぶで終わるだけで
何を参考にしたのかわからない。

いや、参考にはしたんだろう。
ディランの容姿とか。

キャラクターを見ると、ディランは
狼の獣人のようだ。

なるほど、やはり獣だったか。


「それで?」

私は女神ちゃんを促した。

「これが元になっていて、
何が困ってるの?」

「それが…わしもな、そのゲームのように
もふもふで癒されたいと思ったんじゃ。

可愛い幼女を愛でることができないなら
もふもふが良いと思ったんじゃ。

じゃが、ただ恋愛イベントだけがあっても
ちーっとも面白くないじゃろ?

じゃから、仕掛けを作ろうと思うて…」


女神ちゃんの声がだんだん小さくなる。


面白くない?

誰が?


めちゃくちゃ真面目に生きてるのに、
面白いとか面白くないとかで
人生を決められたくないんですけど。


「そんでな。
新しい国にも『聖樹』を作ったんじゃ。

『聖樹』を元に国を発展させていけばいいのじゃが、
その『聖樹』が何故か育たない。

そこでそれをなんとかするために
聖女を探し出し『聖樹』を蘇らせるのじゃ」


「でも、聖女はいないんでしょ?」


「ん?
聖女はもうユウでいいじゃろう?」

で、いい、ってなに?

ユウでいいって。

私はちっとも、良くないですが?


私の不機嫌にも気が付かず、
女神ちゃんは話を続ける。


「あの国はな、小さな国で
ずっと他の国との交流はないことにした。

山の中の小さな国で、
『聖樹』があの国を護ってるんじゃ」


「護る?」


「そうじゃ。『聖樹』は子どもを作るために
必要な実を作るだけでなく、
<闇の魔素>も遮断する。

つまり『聖樹』があれば、
魔獣や魔物は国には近づかない。

ところが、人口が増え、
森を開拓し、国を広げようとしたとき
『聖樹』の力が届かない範囲があることを
あの国の者たちは知ったのじゃ。

じゃから、あの国の者たちは
新しい『聖樹』を求めて旅立つ。

という設定じゃ!」


嬉しそうに言いますが。
女神ちゃんにとっては、ただの設定で
ただのイベントかもしれないけれど。

巻き込まれる人間の身にもなってほしい。

「でも『聖樹』は、『大聖樹』の枝を
接ぎ木しないと、新しく生えることはないんでしょ?」


「何を言うておる。
そなたが『聖樹』を種から大樹にしたではないか」


あ、と思った。

最初にマイクやディランと出会った村。
あれが、そもそもの始まりだったのか。


「あの村は良い<気>が溢れておった。
わしへの祈りが常にあり、
力を発揮しやすい場所じゃった」

「だから『聖樹』の種をマイクに渡したのね」

「うむ。わしもまさか、あんなに上手く種ができるとは
思わなかったからの。

嬉しくなって早くユウに育てて欲しくてな。
それでそなたをあの村に行かせたのじゃ!」


椅子から立ち上がって、褒めて欲しそうに
笑顔を見せる女神ちゃんに、
申し訳ないけど、殺意が湧いた。

それぐらい、私は悲しくなったのだ。


「ど、どうしたんじゃ、ユウ。
わしは何か悪いことをしてしもうたか?」

私の感情の動きに気付いたのか
おろおろと女神ちゃんにが私の顔を覗き込む。

「何故泣くんじゃ、ユウ。
わしは、そなたも一緒に喜んでくれると思うて…」

「女神ちゃん」

私は手の甲で涙を拭った。

今は泣いている場合じゃない。

そうだ、女神ちゃんはこんなんだけど神様なんだ。
だから、きっと私の感情はわからない。

私が急に金聖騎士団の皆と引き離されて
どれだけ悲しかったか。

ひとりぼっちで、あんな場所に放置され、
どれほっど寂しくて怖くて、辛かったか。


言葉にしないと、女神ちゃんにはわからない。
そう思ったけれど、ディランに抱かれて、
祝福があることを恨んだとか、

それでも快感に流され、
『器』に<愛>が溜まるのを感じて
喜ぶ自分とか。


言葉では言い表すことができない感情の渦が
私の中に沸き起こり、私は声を挙げて泣いた。


子どもが癇癪を起したように。

こんな泣き方など、子どもの頃でも、
私を赤ちゃんから育ててくれた施設の先生たちの前でさえ、
したことがなかった。

でも心の底から沸き起こる感情を
私はもてあまし、泣きわめくことしかできない。

そんな私を女神ちゃんは、
そっと抱きしめた。


驚いた。

ずっと小さくて手がかかる新米女神だとばかり
思っていたから。


神様かもしれないけれど、
私が手を貸さないと、どうしようもない
幼い子だって、心のどこかで思っていたから。


「すまない、ユウ。
そなたがそんなに、あの人間たちを
大切にしているとは思わんかった。

あの国での『聖樹』イベントは終わり、
あの国は救われた。

じゃから、ユウには次のイベントとして
獣人の国に行って欲しいと、
そう思っただけなんじゃ」


イベント。

その言葉で、すべて納得できた。

女神ちゃんは神様で、
人間の感情なんか関係ないんだ。

ゲームのように女神ちゃんは
設定を考えて、イベントを作り、
プレイヤーとして世界を見る。

そしてプレイヤーが一つのイベントを
終えると、また次のステージに行くように、
女神ちゃんは私を次のイベント、
次のステージに連れて行ったのだ。

元の世界のシミュレーションゲームや
ロールプレイングゲームのように。


理解できないことを、理解しろというぐらい、
無理なことはないだろう。

だから私は嘆くのをやめた。

神様に人間の感情を理解させるのは
無理だと思ったから。

だけど、これだけは言っておこう。

「あのね、女神ちゃん。
女神ちゃんは私のことを
気に入ってくれてるでしょ?

友だちだって言ってくれた。

その私が突然、いなくなったら
嫌じゃないの?」


「嫌じゃ!
わしはまだまだユウと一緒に遊びたいんじゃ」

「でしょう? 私も同じなの。
一緒にいて仲良くなったら、
離れたくないし、突然離れてしまったら
悲しくなるし、嫌だって思う」

「そう…か。
そうじゃの。人間もわしと同じ…なんじゃな」

違うかもしれないけど、頷いておこう。

「わかった。ユウが大事に思う人間たちと
離れ離れにならないようにしておこう」

「え?」

なんか、不穏な言葉に聞こえるんだけど…?

「大丈夫じゃ。
そなたには苦労ばかりかけてるからの。
それにわしはユウが大好きじゃ」

にぱっと笑う笑顔は、めちゃくちゃ可愛い。

でも…大丈夫…かな?
本当に。


不安……そう、不安しかない。


私がかかわった人たち全員と
どうやっても離れられない呪い……
いや、祝福とか。


そんなことにならないことだけは祈る!




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