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新しい出会い

34:招かれざる客?

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翌朝、私はマイクとも
ディランとも、気まずい朝を迎えた。

いや、マイクはいつも通りだったし、
ディランは…

いつも通りだとは言わないけれど、
それでも大人対応で、
何事もなかったかのように接してくれる。


私の中では、マイクの
ペロペロ事件が現実なのか
気になるところだし、

ディランに関しては、
まだ昨日の恐怖を引きずっている。

これでは、ダメだと思うのだけど。

宿屋でマイクが買ってきてくれた
朝ご飯を食べていると、
この街のことと、水事情を
マイクが教えてくれた。

この街はもともと、
<闇の魔素>が一番に大量発生し、
大型魔獣で壊滅された街だったらしい。


行き場のない傷ついた民が溢れ、
たとえ『大聖樹』が蘇っても
人々の暮らしは良くはならない。

そういった経緯から
王様がこの国では禁止されている
カジノをこの街にだけ
許可をだして、
王宮と神殿が力を合わせて
この街の復興に力を入れたらしい。

おかげでこの街は
カジノと歓楽街の街として
有名になった。

それはそれで
よかったのだが、
今、この街にある大きな井戸が
<闇の魔素>の影響で枯れてしまい、
街の人たちは飲み水にさえ
困っている状態らしい。

だから、この街では
水よりアルコールの
価格が安く、宿や店では
水の代わりにお酒がでてくるんだとか。

なるほど。

歓楽街だから
子どもがい来ることは
あんまり考えていないのだろう。

大人だけならば
アルコールが主流でも
なんとかなるのかもしれない。

……大人のみんなが
アルコールを飲めれば、だけど。

これ。
じつは物凄く
深刻な問題なんじゃないの?

アルコールを
飲めない体質の人だって
いるだろうし、

飲み水が無いってことは
料理に使う水とかも
確保するのに大変かもしれない。

近くに大きな川があると言うので
入浴の水は大丈夫かもしれないけれど。

たとえ水の魔法が使えなくても、
生活魔法の魔石で水は出すことができる。
けれども、こんな非常事態の時は
魔石は驚くほど価値が高くなる。

話を聞くと、この世界では
市場に介入する機関がないので、
人が欲しがるものは価値が
際限なくどこまでも爆上がりし、
価値がなくなるときは一瞬でなくなるんだとか。

怖いよね、そういうの。

元の世界では投資とか関係なく生きて来たし、
スーパーで買う野菜が高くなってきたとか
思うことは合ったけど、それだって数十円のことだ。

けれど、この世界では、品薄の品の値は、
一日で倍以上になることもあるという。

それって、この街で生活している人は
ほんとに困ると思う。

私に何かできることはないだろうか。

<闇の魔素>が原因なら
私に何かできるんじゃないかな。

一度、井戸を見に行ってみようか。

朝食のパンを食べ終えて、
私は果実水を飲んだ。

この果実水も
きっとかなりの高額なのだろう。

「マイク、あのね」

私は思い切って
マイクに井戸を見に行きたいと
伝えようとした。

だが。

ドアをノックする音に
私の声は遮られる。

訪問者?

知らない街の
初めて泊まった宿屋なのに?


私が首をかしげると、
ディランもおかしいと思ったのか
手元にあった剣を掴んだ。

マイクは扉を開けずに
ドアの外に声を掛ける。

すると、
この宿の支配人の声がいた。

マイクとは顔見知りのようで
ディランは警戒を解くことは
なかったけれど、
マイクはドアを開ける。

支配人は白いシャツに
紺色のジャケット、
ネクタイ…だろうか。

ベージュの
スカーフのようなものを
首に巻いた優男だった。

茶色い短髪に茶色い瞳は
優しい雰囲気を醸し出していた。

支配人はマイクに
何度も頭を下げて、何かを
お願いしているようだ。


マイクは支配人に
待つように伝えたようで、
一旦、ドアを閉め、
私の傍まで来た。

「どうしたの?」

「じつは…
来客があるそうです」

「お客さま?」

「はい。
しかも…ユウさまに」

「私に?!」

ありえないと思う。

この世界で
わざわざ宿に訪ねてくるような
顔見知りもいないし。

私がこの宿に
宿泊していることを
知ってる人もいないはずだ。

なにせ、私は昨日、
この街に到着するまで
街のことも、泊まる宿も。

何も知らなかったのだから。

「私を訪ねてくる人なんて
いないと思うけど…

どんな人?」

「それが支配人は
詳しいことは知らされて
いないようでして。

この街の領主から
ユウさまを客人の元に
ご案内するように言われたそうです」

「領主様?」

嫌な予感がする。

政治的なアレコレ、とかじゃ
ないよね?

思わずテーブルに置いていた
クマちゃんを抱きしめると、
ディランが私を守るかのように
私の背中に立った。

昨夜、あんなにディランを
怖いと思ったのに、
背中が温かくて、嬉しくなる。

「どうされますか?
断ることもできますが…」

マイクの口調から察すると、
断れるけど、断りたくない、

そんな感じがした。

もしかしたら、
マイクは個人的にここの
領主さんと知り合いなのかもしれない。

関係を壊したくない…とか、
何かありそうだ。

「わかった。
じゃあ、会ってみる」

急に攫われたりとかは
なさそうだし、
マイクもディランもいるから
困ったことにはならない
……と思いたい。


私が返事をすると、
マイクはすぐに扉を開け、
廊下で待っていた支配人に返事をする。

私たちはとりあえず
荷物をまとめた。

何かあったとき、
荷物だけ持って、すぐに
宿を出ることができるよう
あらかじめ準備をしておこうと
ディランに提案されたのだ。


確かにこれから
どうなるかわからないので
この宿に戻ってこないことも
想定していた方が良いかもしれない。

といっても、
私の荷物はくまちゃんだけで、
あとはディラン任せだ。

荷物をまとめて外に出ると
すでに馬車が待っていた。

荷物は部屋のテーブルに
まとめて置いたけど、
私はくまちゃんだけは
抱っこしたままだ。


馬車に乗ると、
この馬車は領主所有の馬車らしく

御者がすぐに
領主の屋敷に行くと短く言って
出発した。

「もしかしたら
井戸のことかもしれません」

マイクは呟くように言った。

「ユウさまが前の教会で
『聖樹』を蘇らせたことは
すでに王都にある大神殿に
伝わっているでしょう。

あの辺境の村に『聖樹』が
顕現したことも知らせてあります」


早馬もあるし、
各町の神殿には、
大神殿と声が繋がる魔具があるらしい。

「それでも早くない?」

昨日に今日だ。

王都から何か動きがあるとしても
動きが早すぎる。

「王都からの依頼でなくとも、
昨日のユウさまの活躍を
領主が聞きつけ、

ユウさまの力を
求めている可能性もございます」

確かに…そうかも。

でも、私はもともと、
井戸が気になっていたから
協力を依頼されたなら、
拒否するつもりはない。

そう考えると、
少し気が楽になった。

馬車は街はずれまで来た。

領主の屋敷は
小高い丘にあって、
街を見下ろすような感じで
建っていた。

権力者は高層マンションの
最上階に住みたがる。

なんて元の世界で
言われていたことを思いだした。

自分が統治する街を
見下ろしたいのだろうか。

いい領主さんだったら
良いんだけどな。

相変わらず私は
他人が苦手で、人見知りだ。

ちょっとしたことで、
仲良くなったディランさえ
怖くなったり、
コミュニケーションが
取れなくなってしまうぐらいに。

大丈夫だろうか。

不安になっていると
いつのまにか馬車は丘を登り、
領主の館に着いてしまった。


私はやっぱり
くまちゃんを抱きしめる。

馬車のドアが開き、
先にマイクが下りて
出迎えていた老年の執事さん
みたいな人と話をする。

それから、私の手を取り、
馬車から下してくれた。

ディランは後から
周囲を警戒するように
下りてくる。

いつもはディランが
抱っこしてくれるけど、
私は自分で歩くことにした。

マイクが抱っこする、と
主張してくれたけど、
初対面の屋敷で、
それはないと思う。

一応、私はこれでも
22歳の大人女子だしね。

……体は
勇くんの幼い体だけど。

屋敷の中は広くて、
私たちは前を歩く執事さんの
後をゆっくり着いていく。

私は歩幅が狭いので
ちょこちょこ早足になってしまった。

屋敷は壁に高そうな風景画とか
甲冑みたいなのが飾られていて、
あきらかに高そうな物ばかり。

どう見ても、
お金持ちの人が住む屋敷だった。

転んで、屋敷の物を
壊さないように気を付けなければ。

屋敷は二階建てで、
私たちは玄関ホールの前にある
大きな階段を横切り、庭に面した
部屋に案内された。

執事さんがノックをすると
野太い声が聞こえて、
執事さんがドアを開ける。

「旦那様。
お客様をお連れ致しました」

頭を下げる執事さんの隙間から
太った…40代ぐらいの男性が
扉の前まで歩いてくるのが見えた。

マイクとはやはり
知人らしく、マイクは握手をしながら
挨拶をしている。

私はくまちゃんを抱きしめ、
マイクが私とディランを
紹介してくれるのを待った。

……そう、待っていた。

のに。

部屋の奥を見た瞬間、
私の心は壊れてしまったかのように…

涙が滝のように流れ出てしまった。






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