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魔法と魔術と婚約者

44:進む恋心

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 俺たちはテントを出て、
ゆっくりとカフェに向かった。

店はサーカスの近くで、
これもまた、父がすでに
席を押さえてくれている。

俺とミゲルはなんとか
涙を止めたが、
顔は涙でぐしゃぐしゃだったと思う。

何故かと言うと、
店について、ヴィンセントが
店の人に名前を言うと、
あっというまに個室に
案内されて、蒸したタオルが
俺とミゲルに用意されたからだ。

俺とミゲルはありがたく
タオルを受け取り、
少し熱いぐらいのタオルを
顔に押し付けた。

……気持ちがいい。

前世で、真夏の喫茶店に入り
おしぼりで顔を拭く
おじさんの気持ちがわかる。

もしくは、温泉に入った時に
「はぁー」と息を吐きたくなる
そんな感じだ。

タオルを顔から外すと、
俺の前に座っていたミゲルが
エリオットにタオルを奪われ、
丁寧に顔を拭かれていた。

なんだかんだ言っても
エリオットは面倒見が良い人らしい。

ミゲルが弟枠であることは
一目瞭然だが、そこからもう少し
関係性が進んだらいいのにな、と
俺は他人事ながら思う。

「イクス、もう大丈夫か?」

隣に座ったヴィンセントに言われ
俺は頷いてタオルを近くにいた
店員に渡した。

落ち着いたが、
急に疲れてきた気がする。

泣きすぎたからかな。
……体力無いな、ほんと。

ヴィンセント俺の頭を撫でて
メニューを見せてくれた。

メニューは前世のカフェと
だいたい同じだが
メニューの数は少ない。

俺はミゲルたちが
落ち着くのを待って、
何をするのか聞いてみた。

ヴィンセントとエリオットは
お茶だけで良いというが、
カフェに来てそれはないと思う。

だいたい俺は、
今日はカフェデビューなのだ。

何かとっておきのものが食べたい。

俺はメニューをテーブルに広げて
ミゲルと一緒に覗き込む。

「イクス、見てみて。
イクスが好きなイチゴがあるよ」

ミゲルがイチゴが乗ったケーキを指さす。

確かに美味しそうだ。
だが俺はその隣のチョコパンケーキに
目を奪われている。

これがイチゴだったらなー。

俺はチョコクリームよりも
カスタードクリームが好きなのだ。

だが、パンケーキはチョコしかないらしい。

俺はふわふわ生地のパンケーキが
食べたいが、どうするか。

前世の俺なら両方頼むところだが
この体では無理だ。

そんなに量は食べない。

真剣に悩んでいると、
隣でヴィンセントが笑った。

「俺がパンケーキを頼もう。
イクスはイチゴのケーキを頼めばいい。
そうすれば二つ食べれるだろう?」

「え?いいの!?」

俺が聞くと、
ヴィンセントは笑ったまま頷く。

「……優しい、すき」

って口がまた勝手に言う。

その俺の言葉を聞き、
エリオットが声を挙げて笑った。

「ほんと、話に聞いてた通り、
可愛いな」

は?

と俺がエリオットを見ると
ミゲルが、ごめん、と小さく言う。

「イクスがヴィンセントさんの
前では、物凄く可愛くなるって、
話しちゃった」

いやいや、おかしい。
それは誤報です。

「おまえにはやらんぞ」

ヴィンセントが何故か威嚇するように言い、
エリオットはまた笑う。

「いいよ、こっちには
可愛いミゲルがいるから、ね」

とミゲルの頭をエリオットが
撫でるものだから、
ミゲルはますます顔を赤くする。

よくわからんが、なんか良い雰囲気だ。

「じゃあ、ミゲルはどうする?」

俺が聞くと、
ミゲルはアップルパイを指さした。

「じつは僕、パイが大好きなんだ」

「じゃあ、俺もこれを頼んでやるよ。
俺のと半分交換しよう」

エリオットがメニューを指さした。

アップルパイの隣にある
フルーツたっぷりのゼリーだった。

「ジュレも、好きだろう?」

エリオットの言葉に、
ミゲルは顔を赤くしたまま
コクコクと頷いている。

ミゲル、嬉しそう。

俺たちの意見がまとまると
ヴィンセントが店の人に
注文してくれて
すぐにお茶とケーキがやって来た。

俺とミゲルは大喜びで
食べ始めたのだが、
俺は泣きすぎたせいか、
気持ちはともかく、
なかなか食がすすまない。

それでも美味しいものは
美味しいから、頑張って食べて
食べきれないぶんは
ヴィンセントに食べて貰った。

ミゲルもエリオットと
半分こして楽しそうにしている。

この空気が心地よくて
俺はどうやってミゲルと
エリオットを二人きりにしようか
悩んでしまった。

が。

全員が食べ終わったころ、
ヴィンセントが大きな手で
俺のおでこに触れた。

ん?

「やはりな。
泣きすぎたからか?」

「え? 熱出てる?」

俺が言うと、
ヴィンセントが頷く。

「え? イクス、大丈夫?」

慌てたようにエリオットが
声を掛けてくれるが、
全く問題はない。

「うん。大丈夫。
ちょっと泣きすぎただけだから。

昔から、少し興奮しただけで
熱が出たりしてたみたいなんだ。

成長してマシになったんだけど」

俺が言うと、エリオットが
「魔力量が多いからかもな」なんて言う。

話を聞くと、
魔力量が多いと、その分だけ
身体に負担がかかるので
子どもの頃は病弱な者も多いらしい。

なるほど。
確かに俺の魔力量は多いようだからな。

納得していると
ヴィンセントが立ち上がった。

「悪いが、
イクスはこのまま連れて帰る。
二人はこのまま楽しんでくれ」

おぉ、良い流れだ。

ミゲルもエリオットも
迷うような顔をしたが、
俺は、お願い、と両手を胸の前で組む。

「僕のせいで、せっかくの
楽しい時間が終わるなんて
申しわけないもの。
二人は楽しんできて」

俺がそう言うと、
エリオットはそうだな、と頷く。

「じゃあ、ミゲル。
俺と一緒に街を散策するか」

ミゲルは焦った顔をしたが
俺は、頑張って、と小さく手を振って
合図を送る。

それからヴィンセントが会計をして
俺たちは公爵家の馬車に乗った。

ミゲルたちにも護衛がついているので
帰りは護衛たちが馬車を呼ぶから
大丈夫だという。

俺は馬車に乗り、
ふーっと息を吐いた。

「疲れたか?」

隣に座るヴィンセントが
俺の顔を覗き込んで来る。

「うん。
でも、ミゲルが嬉しそうで良かった」

ずっと顔が真っ赤だったけどな。

俺は声を出して笑った。

「ミゲル、可愛かった。
顔を真っ赤にして」

思い出すだけで笑ってしまう。

「……イクスも可愛かったぞ」

「へ?」

大きな手が俺の髪を撫でる。

「大きな目で、ぼろぼろ泣いて」

「あ、あれは、だって」

俺は慌ててた。
確かに、あのサーカスで
ぼろぼろ泣いているのは
俺とミゲルぐらいだった。

「可哀そうだったもん」

やっぱり俺は、
ハッピーエンドがいい。

「そうか。
じゃあ次は、もっと楽しい
お芝居を見に行こう」

行くか?と聞かれて
俺はもちろん、と即答する。

お芝居か。
前世ではあまり見たこと無かったけど、
今日は舞台の世界に圧倒されたし、
ハッピーエンドの劇を見たら
それはそれは楽しい気分になるに違いない。

そう思うと、
俺は嬉しくなってしまう。

そんな俺を見て、
ヴィンセントはまた俺の髪を撫でる。

それから俺の肩を引き寄せ、
ヴィンセントの膝に頭を
乗せるようにして
俺を寝かせた。

「ヴィー兄様?」

なんだ、急に。

「嬉しそうなイクスの顔を
見るのは俺も嬉しいが。
少し休め。

微熱があるのは本当なんだから」

大きな手が俺の目を塞ぐ。

「うん、ありがと」

俺は素直に目を閉じた。

確かに疲れてたから、
俺はすぐに眠くなる。

ヴィンセントは大きな手で
俺の頭を撫でてくれるから
すぐに俺はうとうとしてしまった。



次に俺が目を覚ましたのは
自室のベットの上だった。

母からヴィンセント君に
抱き上げられて返って来たのよ、と
笑顔で言われ。

父からは、泣きすぎて
微熱が出たらしいな?
大丈夫か?

と真顔で心配されて。

兄からは、
サーカスで熱が出るぐらい
号泣するなんて、
イクスは可愛い、なんて
これまた本気の顔で言われてしまい、

俺は羞恥のあまり
ミゲルに負けないぐらい
顔を真っ赤にしてしまった。

誰だよ、俺の秘密を
家族に垂れ流したのは!

って、ヴィンセントしかいないよな。

……知ってる。



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