上 下
114 / 208
章間<…if>

18:クリスの過去

しおりを挟む


 カーティスはクリスさんの話をした。

クリスさんは女神ちゃんへの
信仰心が厚いケインの一族には珍しく
神官でもなく、聖騎士でもない。

神殿も王宮も毛嫌いしていて
本人が言っていたように
若いころは冒険者だったらしい。

それがケインが生まれたころ、
その腕の良さを買われて
騎士になったそうだ。

「私も父から聞いた話だから
本当かどうかはわからないけどね」

とカーティスは前置きをした。

クリスさんが神殿も王宮も
毛嫌いしている理由の一つとして
考えられる事件が、
クリスさんと愛した婚約者さんの
結婚式の話だ。

クリスさんは今では恋多き人だと
王宮では有名なのだが
以前はたった一人の人にだけ
愛を捧げた愛情深い人だったらしい。

その相手は水色の髪の、
とても美しい人だったそうだ。

その人は女神の信仰心が厚く、
美しい神官として
大神殿でも一目を置かれる
存在だったとか。

当時はクリスさんも神官で、
その人とクリスさんが結婚する時には
すぐに子どもが欲しいからと、
『聖樹の実』を神殿から授かったらしい。

だが、結婚式の前日にその実を食べ
結婚式を挙げた婚約者さんは…

式の最中に倒れ、
帰らぬ人となったらしい。

理由はわからない。

『聖樹の実』が悪影響をもたらしたのか、
それとも、実が悪意ある者に
よってすり替えられたのか。

もしくは、『聖樹の実』は
まったく無関係だったのか。

わかっているのは、
ケインの一族は神殿では
かなりの力を持つ一族だということ。

婚約者さんと結婚することで
さらに力を持つことに危惧する王宮派と、
ケインの一族を蹴落としたい
神殿派がいたこと。

そして、どんなに神殿に…
女神に祈っても、
クリスさんの婚約者は目覚めなかったこと。

そして、クリスさんは
神殿も王宮も拒絶して旅に出たらしい。

そこで冒険者になったのだとか。

クリスさんの婚約者の事件以降、
この世界では、明らかに『聖樹』が
衰え始めた。

ケインが生まれたころには
『大聖樹』でせさえ、その実を付ける数が
極端に減っていたのだとか。

そのせいか、国には魔物や魔獣が増え、
景気も落ち込み、治安もどんどん
悪くなっていったらしい。

そう言った経緯から
王宮がクリスさんに
聖騎士として戻ってきて欲しいと
打診をした。

クリスさんは、冒険者として
報酬を貰って人々を守るのではなく
騎士として民衆を守ることを選んだそうだ。

ただし、聖騎士ではなく、
騎士として。

そのあたりからクリスさんは
王宮で恋の浮名を流すようになったそうだ。

そしてクリスさんは
少なくとも魔獣の脅威が減り、
自領の治安が回復するまでは
騎士を続けた。

それ以降は騎士を引退し、
そのまま自領に引きこもったたそうだ。

その自領には
婚約者と出会った街があり、
二人で過ごすために建てた
屋敷があるのだと言う。

間違いなく、世界の崩壊…
人間の負の感情が増え、
<闇>の魔素が増加した事件だろう。

これが無ければ
私はこの世界に来なかったし、
『聖樹』も枯れることは無かったはずだ。

まさか、こんなところで
クリスさんと繋がっていたとは…。

それにしても、女神ちゃん。

なんでこうなるまで
人間たちを放置していたのだろう。


死んだ人を生き返らせるとかは
きっと無理だと思う。

でも人間たちの負の感情が
『聖樹』を枯らし、世界を崩壊させると
わかっているのだから
もっと早く対応できなかったのかと思ってしまう。


いや、たぶん。
対応できなかったとかじゃなくて
あの女神ちゃんのことだ。

何も考えずに
やりたいことをやった結果だろう。

人間たちの感情など考えずに
『イベント』と称して
色々やらかしたに違いない。

きっとクリスさんは
神殿も王宮も嫌っているだろうし、
女神ちゃんのことも
恨んでいるのかもしれない。

いや、女神と言う存在そのものを
信じていないかもしれない。

そして、
女神ちゃんの愛し子と呼ばれる私は
クリスさんにとっては
憎むべき存在だということか。

うん。
拒否されて当たり前か。

……私には何の関係もない理由だけれど。

理由がわかったら、
少し安心した。

何の理由もなく、
ただ否定されるのは、正直、怖かった。

でも理由がわかれば、
受け入れられる。

それだけの理由があると
理解できるからだ。

「あとケインや私のことも
あると思う」

カーティスは話を続ける。

「私もあまり誰かに執着することは
なかったし、ケインも…そうだな。

あいつはエルヴィンと出会うまでは
常に一人で行動していたようだからな」

なんとなく想像できてしまう。
ケインは人付き合いが苦手そうだし、
一見、厳しくて怖そうな印象がある。

自分にも相手にも厳しくて
真面目なところがあるから
きっと友達を作るのが苦手だったんだろう。

エルヴィンはそういうのを
すべて壊して、人との距離を
縮めてしまう元気良さがある。

「クリスがこの街で何をしているのかは
まだわからない。

明日、私はまたクリスの屋敷に
行くことになっている。

おそらく、この街の問題とやらを
解決するために動くことになるだろう」

「私も一緒に行く」

「いや、いい」

ユウをそばで守りたいが、
逆に危険な目に合わせてしまうかもしれない。

カーティスはそう言った。

「街の問題の危険度もわからない。
クリスがユウに何をするかもわからない。

何が危険なのかもわからない状態で、
ユウを連れてはいけない」

クリスさんに対する危険視の
度合いが容赦ない。

けど、私も気軽に大丈夫、とも言えない。

「宿でじっと待ってて欲しいけど、
きっとそうも言ってられないから」

カーティスは優しく笑った。

「今日みたいに、
ユウがあの大通りで
この街の人たちの芸を見たいなら
明日も見に行けばいいと思う。

あの大通りとこの宿は一本道だし
大通りは人通りが多いだけでなく
芸を練習する人間であふれかえっていた。

あれだけ人の目があれば
妙なことにはならないだろう。

ただし、大通りだけだ。
それ以外の道には行かないように」

約束できる?
と聞かれて、できる!と私は良い子の返事をする。

カーティスは
ほっとしたような顔をした。

「神殿も王宮も、
汚く醜い人間の欲がうごめく場所だ。

私はユウにはそういうのに
関わらせたくないし、
無縁でいて欲しいと思っている。

だが、私も、ヴァレリアンも
スタンリーも。

にまみれて生きている。

ケインもおそらく
そういった現実に気が付いているだろう。

今回のこの街の問題も、
王宮か神殿がらみの可能性も否定できない。

もしかしたら私はユウの前で…
冷酷で醜い姿を見せてしまうかもしれない。

ユウの前では、私は常に優しいカーティスで
いたかったが…」

「カーティスは優しいよ」

私は立ち上がり、カーティスの隣に立った。

そして、身をかがめて
そっとカーティスを抱きしめる。

「カーティスは優しいから
苦しくなったりするんだよね」

元の世界で、私を蔑んできた視線に
敵意と拒絶しかなかった私とは
物凄い違いだと思う。

「私は、カーティスが大好きだから。
どんな顔を見ても嫌いにならないし、
何があっても、傷付いたりもしない」

大丈夫、って、顔を見て笑って見せる。

「だから、私が一緒に
行動できるってわかったら
また一緒にいてね。

危険な真似はしないで、
私のそばに戻ってきてね」

そう言うと、
カーティスに抱き寄せられる。

「ユウ、ありがとう」

「うん」

カーティスの背中に
回した腕の力を強める。

大好き、って気持ちを込めて。

カーティスの腕の力も強くなった。

嬉しくなって。
お互いの顔を見て、
ふふ、って笑った。

空気が、やわらかくなる。

「もう少し…飲む?」

甘いお酒のことかな。

「うん、飲む」


柔らかで優しい空気を
もう少し堪能したい。

私はコップを持ち、
カーティスがフルーツ酒を
入れてくれるのを待つ。

そして、カーティスの隣に座り、
甘い香りを楽しんだ。

ふいに、唇が重なったけど。

それすらも甘く感じた。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

【完結】かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜

倉橋 玲
BL
**完結!** スパダリ国王陛下×訳あり不幸体質少年。剣と魔法の世界で繰り広げられる、一風変わった厨二全開王道ファンタジーBL。 金の国の若き刺青師、天ヶ谷鏡哉は、ある事件をきっかけに、グランデル王国の国王陛下に見初められてしまう。愛情に臆病な少年が国王陛下に溺愛される様子と、様々な国家を巻き込んだ世界の存亡に関わる陰謀とをミックスした、本格ファンタジー×BL。 従来のBL小説の枠を越え、ストーリーに重きを置いた新しいBLです。がっつりとしたBLが読みたい方には不向きですが、緻密に練られた(※当社比)ストーリーの中に垣間見えるBL要素がお好きな方には、自信を持ってオススメできます。 宣伝動画を制作いたしました。なかなかの出来ですので、よろしければご覧ください! https://www.youtube.com/watch?v=IYNZQmQJ0bE&feature=youtu.be ※この作品は他サイトでも公開されています。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました

白兪
BL
前世で妹がプレイしていた乙女ゲーム「君とユニバース」に転生してしまったアース。 攻略対象者ってことはイケメンだし将来も安泰じゃん!と喜ぶが、アースは人気最下位キャラ。あんまりパッとするところがないアースだが、気がついたら王太子の婚約者になっていた…。 なんとか友達に戻ろうとする主人公と離そうとしない激甘王太子の攻防はいかに!? ゆっくり書き進めていこうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...