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章間<…if>
18:クリスの過去
しおりを挟むカーティスはクリスさんの話をした。
クリスさんは女神ちゃんへの
信仰心が厚いケインの一族には珍しく
神官でもなく、聖騎士でもない。
神殿も王宮も毛嫌いしていて
本人が言っていたように
若いころは冒険者だったらしい。
それがケインが生まれたころ、
その腕の良さを買われて
騎士になったそうだ。
「私も父から聞いた話だから
本当かどうかはわからないけどね」
とカーティスは前置きをした。
クリスさんが神殿も王宮も
毛嫌いしている理由の一つとして
考えられる事件が、
クリスさんと愛した婚約者さんの
結婚式の話だ。
クリスさんは今では恋多き人だと
王宮では有名なのだが
以前はたった一人の人にだけ
愛を捧げた愛情深い人だったらしい。
その相手は水色の髪の、
とても美しい人だったそうだ。
その人は女神の信仰心が厚く、
美しい神官として
大神殿でも一目を置かれる
存在だったとか。
当時はクリスさんも神官で、
その人とクリスさんが結婚する時には
すぐに子どもが欲しいからと、
『聖樹の実』を神殿から授かったらしい。
だが、結婚式の前日にその実を食べ
結婚式を挙げた婚約者さんは…
式の最中に倒れ、
帰らぬ人となったらしい。
理由はわからない。
『聖樹の実』が悪影響をもたらしたのか、
それとも、実が悪意ある者に
よってすり替えられたのか。
もしくは、『聖樹の実』は
まったく無関係だったのか。
わかっているのは、
ケインの一族は神殿では
かなりの力を持つ一族だということ。
婚約者さんと結婚することで
さらに力を持つことに危惧する王宮派と、
ケインの一族を蹴落としたい
神殿派がいたこと。
そして、どんなに神殿に…
女神に祈っても、
クリスさんの婚約者は目覚めなかったこと。
そして、クリスさんは
神殿も王宮も拒絶して旅に出たらしい。
そこで冒険者になったのだとか。
クリスさんの婚約者の事件以降、
この世界では、明らかに『聖樹』が
衰え始めた。
ケインが生まれたころには
『大聖樹』でせさえ、その実を付ける数が
極端に減っていたのだとか。
そのせいか、国には魔物や魔獣が増え、
景気も落ち込み、治安もどんどん
悪くなっていったらしい。
そう言った経緯から
王宮がクリスさんに
聖騎士として戻ってきて欲しいと
打診をした。
クリスさんは、冒険者として
報酬を貰って人々を守るのではなく
騎士として民衆を守ることを選んだそうだ。
ただし、聖騎士ではなく、
騎士として。
そのあたりからクリスさんは
王宮で恋の浮名を流すようになったそうだ。
そしてクリスさんは
少なくとも魔獣の脅威が減り、
自領の治安が回復するまでは
騎士を続けた。
それ以降は騎士を引退し、
そのまま自領に引きこもったたそうだ。
その自領には
婚約者と出会った街があり、
二人で過ごすために建てた
屋敷があるのだと言う。
間違いなく、世界の崩壊…
人間の負の感情が増え、
<闇>の魔素が増加した事件だろう。
これが無ければ
私はこの世界に来なかったし、
『聖樹』も枯れることは無かったはずだ。
まさか、こんなところで
クリスさんと繋がっていたとは…。
それにしても、女神ちゃん。
なんでこうなるまで
人間たちを放置していたのだろう。
死んだ人を生き返らせるとかは
きっと無理だと思う。
でも人間たちの負の感情が
『聖樹』を枯らし、世界を崩壊させると
わかっているのだから
もっと早く対応できなかったのかと思ってしまう。
いや、たぶん。
対応できなかったとかじゃなくて
あの女神ちゃんのことだ。
何も考えずに
やりたいことをやった結果だろう。
人間たちの感情など考えずに
『イベント』と称して
色々やらかしたに違いない。
きっとクリスさんは
神殿も王宮も嫌っているだろうし、
女神ちゃんのことも
恨んでいるのかもしれない。
いや、女神と言う存在そのものを
信じていないかもしれない。
そして、
女神ちゃんの愛し子と呼ばれる私は
クリスさんにとっては
憎むべき存在だということか。
うん。
拒否されて当たり前か。
……私には何の関係もない理由だけれど。
理由がわかったら、
少し安心した。
何の理由もなく、
ただ否定されるのは、正直、怖かった。
でも理由がわかれば、
受け入れられる。
それだけの理由があると
理解できるからだ。
「あとケインや私のことも
あると思う」
カーティスは話を続ける。
「私もあまり誰かに執着することは
なかったし、ケインも…そうだな。
あいつはエルヴィンと出会うまでは
常に一人で行動していたようだからな」
なんとなく想像できてしまう。
ケインは人付き合いが苦手そうだし、
一見、厳しくて怖そうな印象がある。
自分にも相手にも厳しくて
真面目なところがあるから
きっと友達を作るのが苦手だったんだろう。
エルヴィンはそういうのを
すべて壊して、人との距離を
縮めてしまう元気良さがある。
「クリスがこの街で何をしているのかは
まだわからない。
明日、私はまたクリスの屋敷に
行くことになっている。
おそらく、この街の問題とやらを
解決するために動くことになるだろう」
「私も一緒に行く」
「いや、いい」
ユウをそばで守りたいが、
逆に危険な目に合わせてしまうかもしれない。
カーティスはそう言った。
「街の問題の危険度もわからない。
クリスがユウに何をするかもわからない。
何が危険なのかもわからない状態で、
ユウを連れてはいけない」
クリスさんに対する危険視の
度合いが容赦ない。
けど、私も気軽に大丈夫、とも言えない。
「宿でじっと待ってて欲しいけど、
きっとそうも言ってられないから」
カーティスは優しく笑った。
「今日みたいに、
ユウがあの大通りで
この街の人たちの芸を見たいなら
明日も見に行けばいいと思う。
あの大通りとこの宿は一本道だし
大通りは人通りが多いだけでなく
芸を練習する人間であふれかえっていた。
あれだけ人の目があれば
妙なことにはならないだろう。
ただし、大通りだけだ。
それ以外の道には行かないように」
約束できる?
と聞かれて、できる!と私は良い子の返事をする。
カーティスは
ほっとしたような顔をした。
「神殿も王宮も、
汚く醜い人間の欲がうごめく場所だ。
私はユウにはそういうのに
関わらせたくないし、
無縁でいて欲しいと思っている。
だが、私も、ヴァレリアンも
スタンリーも。
そういうのにまみれて生きている。
ケインもおそらく
そういった現実に気が付いているだろう。
今回のこの街の問題も、
王宮か神殿がらみの可能性も否定できない。
もしかしたら私はユウの前で…
冷酷で醜い姿を見せてしまうかもしれない。
ユウの前では、私は常に優しいカーティスで
いたかったが…」
「カーティスは優しいよ」
私は立ち上がり、カーティスの隣に立った。
そして、身をかがめて
そっとカーティスを抱きしめる。
「カーティスは優しいから
苦しくなったりするんだよね」
元の世界で、私を蔑んできた視線に
敵意と拒絶しかなかった私とは
物凄い違いだと思う。
「私は、カーティスが大好きだから。
どんな顔を見ても嫌いにならないし、
何があっても、傷付いたりもしない」
大丈夫、って、顔を見て笑って見せる。
「だから、私が一緒に
行動できるってわかったら
また一緒にいてね。
危険な真似はしないで、
私のそばに戻ってきてね」
そう言うと、
カーティスに抱き寄せられる。
「ユウ、ありがとう」
「うん」
カーティスの背中に
回した腕の力を強める。
大好き、って気持ちを込めて。
カーティスの腕の力も強くなった。
嬉しくなって。
お互いの顔を見て、
ふふ、って笑った。
空気が、やわらかくなる。
「もう少し…飲む?」
甘いお酒のことかな。
「うん、飲む」
柔らかで優しい空気を
もう少し堪能したい。
私はコップを持ち、
カーティスがフルーツ酒を
入れてくれるのを待つ。
そして、カーティスの隣に座り、
甘い香りを楽しんだ。
ふいに、唇が重なったけど。
それすらも甘く感じた。
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